何がなんだか分からないままに、前を歩く信じられないくらい凶悪な顔の海賊達のあとを小走りで付いていく。
こっちは生まれて初めての戦闘を見て腰抜かしてもおかしくないくらいだっていうのに、海賊達は歩みを止める様子も待つ様子もない。
なんで付いてってんだろ…と途中で足を止めようとしたが、まるで呪いの人形みたいな人相のドレッドがこちらを振り返り、来い来いと手招きするものだから、ついて行くしかなくなった。
彼等は来いという動作をするばかりで、声すらかけてこない。

街が見えてきたとき、ついにのほうから口を開いた。


「あ、あの…助けてくれてありがとうございました…」
「フン」
「あと、コックはいいんですか?あそこに置いてきちゃって」


そう言うと、赤い髪のキャプテン・キッドが「あァ?」と呆れたような目でこちらを初めて振り返った。それきり、また前を向いてずんずんと進んで行ってしまう。
何も言わないキャプテン・キッドの代わりにか、キラーと呼ばれていたマスク男が溜息をついた。


「お前だ」
「え?」
「うちのコックはお前がつとめろ」
「え、えええええ!」
「最初に乗りてェと行ったのはテメェだろうが」


素っ頓狂な声を上げたに対して、苛立たしげに赤い髪の海賊が言った。
そうだけど、そうだけれども。
弱い女はいらんとか、雑魚は必要ないとか、散々言っていたではないか。いったいどういう心境の変化なのだろう。
黙って従えば良かったのかも知れないけれど、はおもわずそれを口にしてしまった。


「女は要らないんじゃ…?」
「文句あんのか」
「ないです…」


ドスの聞いた声でそう一蹴されて、は黙った。
文句はない。だが、なんというか、あまり納得は出来なかった。
じゃあ最初からを乗せるといってくれれば、こんな面倒は起きなかったはずなのに。

そのまま黙って歩いていると、今度はあの赤い髪の海賊のほうから口を開く。


「海賊王の船が一番オールブルーに近いんだろうが」
「え?」
「じゃあおれの船に不満はねェな」


笑みさえ含んだ、不敵な声だった。
言われた言葉の意味が理解されるまでに、少しだけ時間がかかった。
海賊王の船が一番オールブルーに近い。そう言ったのはたしかにだった。
だけど。


「…あると思いますか?」
「あァ?」
「オールブルー、あると思いますか?」


誰も信じてくれなかった、鼻で笑って無いと言った、と父の夢の海。
この世の宝石。
全ての料理人が心に描く楽園。


「ンなもん知るかよ」


彼は鼻で笑った。
だけどそれは、今までのような「そんなものあるわけないだろ」という嘲笑とはやはり違う。



「分からねェから探すんだろうが」
「さがす…」
「テメェが見つけるんだろ?」



ふかふかのコートから、振り返りにやりと笑った口元が見えた。
赤い上弦の月だ。
不敵で、怖いもの知らずの、海賊の笑み。

胸の内から何かが湧き上がっていた。
歓喜とか、感動とか、そんな陳腐な名前じゃおさまらないくらいの熱い感情だ。
これが、の中に流れる海賊の血なのか。
ひどく熱い、わくわくするような、楽しいことの前日のような、そんな堪らない高揚感。

胸からせり上がったその思いはあっという間に目から溢れ流れた。鼻からも。


「う、う、うう…」
「海賊がめそめそと泣いてんじゃねェよ」
「き、きゃぷて、あたし一生ついて行きますううう!!」


その時は、もう胸を支配した高揚感に突き動かされて、それがどんなに命知らずなことかあんまり考えていなかった。
ただ、どうすることもできない溢れる熱い気持ちが苦しくて、目の前の赤黒いコートに思い切り飛びついてしまった。


「テメェ、何しやがる!」
「う、うわぁあああん!!」


夕焼け空が、街を真っ赤に照らしていて、彼の髪がまるで炎のように見えた。
この赤を、ひとは血の色だと思うのだろう。
だがにとっては全ての始まりを告げる暁光の赤だった。
ここから始まるのだ、の夢への第一歩が。


「放せ!殺すぞ!」
「キッドの頭落ち着いてくれ!せっかくのコック殺してどうするんすか!」
「放しませんもうずっとついてくからああ!」
「この野郎…!」


ぎゅうと握り締めたコートから、ドレッドが力ずくで引き剥がすまで、わたしはコートに顔を埋めてわんわん泣いた。
悲しいわけでもないのに、涙が止まらなかったのだ。
嬉し泣き、とも違うような気がする。
胸が高揚して、どうしても我慢できなかった。

ようやくわたしをキャプテンから引き離したあと、ドレッドが疲れたように一言だけこう言った。


「やっぱりお前、いい度胸してるぜ…」




Dio solo lo sa




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(090922)