「こんなところで、こんな自由も何もない陸で、現実見ながら死体になるのを待つだなんてまっぴら御免だって言ってるの!」
「な…」
「夢も見れない人生なんてそんなクソつまんないものなら要らないわ!」


聞き覚えのある女の声が、外にまで響いていた。
船に乗せるはずだったコックが海軍駐屯地に逃げ込んだと見張りの者から報告を受けて、鈍っていた腕を慣らす目的も兼ねてやってきたはいいものの、周りを取り囲む海兵はどいつもこいつも腰抜けばかりだ。
銃を持つ手は震えて焦点も合っていない。
腰はひけて、今にも逃げ出すか、もしくはその場に座り込んでしまいそうな勢いだった。


「つまらねぇなあ」


口から黒い煙を吐きながら、後ろの海兵を炎で焼いた仲間がぼやいた。
まったく、つまらない。
だが、面白いものも見れた。いや、聞けたというべきか。


「…、気持ちは分かるが現実を見てもいい時期だ。オールブルーなんて夢ばかり…」
「なら、夢じゃなく現実にしてみせる!オールブルーはあたしが見つける!」
「何言ってんだこいつ!見つける見つけないの話以前に、お前は海賊容疑で捕まってるんだっての!」


こちらの襲撃に気付いているのかいないのか、中からはまだ威勢のいい声が響いてくる。
よろよろの海兵が撃った弾が、目の前でゆっくりと動きを止めた。そうして、弾はそのまま同じ軌道を辿り撃った本人を襲った。
ちらと横目で確認したキッドは、ひどく愉しげな笑みを浮かべていた。
…我が船長ながら、この戦闘狂には呆れ果てる。


「おいキラー。こいつら…邪魔だな」
「…ああ」


斯くいう自分も人のことなど言えないのだが。





Qui ti voglio





「か、か、海賊です!!」

息も絶え絶えにそれだけ伝えた海兵は、青ざめた顔でその場に膝をついた。
先程まで言い合っていた若いコックが、ごくり、と喉を鳴らす。
おそらく海賊は、こいつを連れに来たんだろう。も運が悪いほうだと思うが、この男も大概運の悪い男だ。
同情なんてしてやらないけれど。

ひい、と情けない声を漏らして、コックがその場に尻餅をついた。
男なんだからしっかりしろよ、と鼻を啜りながら呆れた視線を送る。
はといえば、なんだかもう恐怖も感じなかった。色々と吹っ切れすぎたのかもしれない。
来るなら来い。どうせあたしには何も出来ないんだから。
と、ポジティブなのかネガティブなのか判断の付きかねる心持ちだった。

駐屯所のお偉いさんが、銃を握り締めて立ち上がる。
それと、今まで聞いたことのないほどの轟音を立てて部屋のドアが吹っ飛ぶのはほとんど同時だった。

ぱらぱらと瓦礫が落ちて、白く立ち上った砂埃のなかから、まるで物語に登場する魔王や悪魔のようにゆらりと姿を現したのは、あの赤い髪の船長だった。


「よォ」


ぎら、と不気味に光る目が、部屋の中をじろりと睨みつける。
続いて現れたのは、派手なストライプのマスク男と、それからドレッド頭の海賊だ。
若いコックは、もうこのまま失禁するんじゃないかと思う程に震えていた。
それもそうだ。海賊から逃げるために海軍へやってきたのだ、彼は。
逃げたら承知しないと言い置かれていたにも関わらず。
あまりの怯えっぷりに、さすがのもかわいそうになってきた。


「ユースタス"キャプテン"キッドか」
「テメェに用はねェ。うちのコックを連れに来ただけだ…」
「海賊めが…」
「邪魔すんのか?」


一応駐屯地のトップを勤めているだけあって、他の海兵よりは幾分かましなようだ。
駐屯地のお偉いさんは、迷いのない手付きで銃を構えた。…とはいっても、額には玉のような汗が浮かんでいる。

と若いコックを挟んで、海軍と海賊がにらみ合う。
こんなところで銃なんて撃たれた日には、もこのコックも流れ弾に当たってあの世行きだ。
ここまで運が悪いと、もういっそのこと清々しかった。
若いコックは、撃つなぁ俺に当たるだろ!と喚いている。空気の読めない男だ。今更何を言っても無駄だと分からないのだろうか。



「それはおれのモンだ。返してもらうぜ」



「撃て!」
お偉いさんの号令がかかる。部屋の中にいた海兵がいっせいに撃鉄を上げた。
はそっと目を閉じる。


ああ、短い人生だった。
でももしここで生き残れて、さらにこの縄が外れたら、オールブルーを探しに出かけよう。
どの船でもいい。乗せてもらって。
船がなければ、自分で小船を漕いでもいい。
陸で干物になるよりよっぽどましだ。


ひゅ、と耳元を何かが掠めた。がしゃんがしゃん、という金属音が響いてくる。
もう戦闘が始まっているのか。その割には銃声がしない。

ふと目を開けると、目の前を一直線にカットラスが走り抜けていった。
誰かが投げたのだろうか。続いて、銃が飛んでいくのが見えた。
いくら諦めたとはいっても、銃を投げる馬鹿がどこにいるのだ、とは呆れた。

が、次にあの海賊の方へ目をやって、それらが投げられているのではないということを知る。
キャプテン・キッドがゆらりと上げている両手。
その両手に、銃、刀、剣、鉄球、鎖…ありとあらゆる金属が集まっていた。

夢みたいな光景に、目を疑う。
まるで強い磁石に吸い寄せられているようだ。
のポケットに入っていた小銭までもが、彼の腕めがけて飛んでいってしまった。そんな馬鹿な。小銭を盗まれた。

金属や武器の塊が海賊の腕を覆って、まるで巨人の腕のように(巨人なんて見たことないけど)見える。この部屋からだけでなく、窓を突き破って外からも武器が集まってきていた。

はその信じられない光景を、ぽかんと口を開けてみていた。
隣の若いコックも呆然と口を開けていた。
後ろの、海兵たちもだ。



「じゃあな」



赤い髪の、悪魔のような海賊がにやりと笑った。
次の瞬間、轟音とともに、その武器でできた巨大な腕が後ろの海軍に襲い掛かる。
とコックがいる場所を抱えるように、避けるように。
爆風にも似た強い風が、後ろからたたきつけられる。
背後から海軍の悲鳴が聞こえた。
衝撃に建物が揺れ、ぱらぱらと砂礫が天井から降ってくる。
ああ、今天井が崩れたら死ぬな。はそんなことを思った。


若いコックは、もう言葉も出ないという様子だった。
驚きすぎて、震えることも忘れている。も同じだった。

後ろの惨劇を振り返ることも出来ず、ただ目の前の悪魔のような海賊を見つめる。
不思議と、恐怖はなかった。驚きすぎたせいかもしれない。


「キラー」


赤く塗られた薄い唇が開いた。すると、ストライプのマスク男がこちらに向かってくる。
不思議な金属製のグローブのようなものに覆われたマスク男の腕から出てきたのは、鋭い鎌のような刃物だった。
ようやく事態を飲み込めたのか、若いコックが「ヒィッ」と蛙が潰れたような声を出して後ずさる。

あのコック死ぬな。なんて他人事のように思っていたら、キラーと呼ばれたマスク男がやってきたのはの目の前だった。
あ、死ぬのってあたしか。だなんて妙に冷静に考えてしまった。


じゃきん。


黒い刃が、ひらめく。

あ、死んだ。

そう思ったが、次に感じたのは腕から縄が抜ける感覚だった。
どうやら彼が切ったのは、ではなく、を戒めていた縄だったらしい。
赤く痕の残った手を擦りながら、これはどういうことかとマスク男を見上げる。
しかし彼は何も言わないまま、くい、と顎をしゃくって見せただけだった。


「おい、行くぞ」


暑そうなコートを翻して、にやり笑いのキャプテン・キッドが踵を返す。
若いコックには、目もくれずに。
マスク男も、彼に続いて部屋を出ようとした。


「何をしてる」
「へっ」
「早く立て」


マスク男が、この場には似合わぬ落ち着いた声でそう言った。
反射的に立ち上がると、身体がぎしぎしと悲鳴を上げる。
若いコックは瓦礫に隠れて身を震わせながら、こちらを信じられないという目で見つめていた。









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(090922)