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「、だな」 お役人風の人達がやってきたのは、ちょうど夜の仕込みが終わったときのことだった。白い服と青のライン、それからかもめのようなマークの入った帽子。 海軍のしるしを掲げた男達の後ろには、明日海賊にコックとして連れていかれる予定になっていた若い男が、恨めしそうな目をして立っていた。 「海軍だ。お前を連行する」 「な、なんで?」 「海賊への便宜を図り、奴等に与する行為を行った容疑だ」 「え?」 「知ってのとおり、海賊に味方する者は海賊と同じ刑罰を負うことになる」 「は?え、あたし何もしてな…」 「よってお前を連行する。異議は認めん」 威厳たっぷりの真面目顔をしたその海軍を名乗る男は、後ろに控える海兵に手を挙げることで何かしらの合図を出し、の腕を縛り上げた。 わけも分からず抵抗も出来ず、はやってきた海兵と、それからスケープゴートとなったコックの姿を見比べる。 そのままぐいぐいと腕を引かれて歩き、横を通り過ぎる瞬間、若いコックが低く呟いた。 「お前のせいだ、お前みたいな海賊の娘がいるから、おれが貧乏くじを引くことになったんだ…」 il gran giorno 連れてこられた海軍駐屯所で、は後ろ手に縛られたまま呆然とその場に座っていた。 一体何が起こったのかもよく理解できない。 ぼんやりと思うのは、たぶんあの若いコックがを通報したのだろうということだ。 そもそも、彼がスケープボートとして貧乏くじを引くはめになったのは、があの日厨房で料理の練習をしていたからだ。あれがなければ、このレストランではなく他の場所からコックが引き抜かれていくことになっただろう。 おまけに、が海賊の娘であることはレストランのコックの全員が知るところ。 それに対する嫌悪感も相まって、こんな結果になったというわけだ。 床にぺたんと座り込んで、これからのことについて考える。 海賊と同じ刑罰って、なんだろう。 思い浮かぶのは縛り首や斬首だけれども、この駐屯地にはそういった施設はない。 まさかこの場でいきなり首を落とされることはないだろう、と楽観視する。…楽観視できる状況ではないわけだが。 の目の前では、あの若いコックが、この駐屯所のトップと思われる人間に、必死に訴えていた。 「お願いしますよあんた海兵なんだろ!あの海賊たちをなんとかしてくれ!」 「と言われてもね…」 「俺、このままだと明日の朝には海賊に連れていかれちまうんですよ!」 「ここの装備じゃあの海賊をどうにかするのは難しい」 「なんだよ、あんた海軍じゃないのかよ!」 コックの言い分に、もまったくだと頷いた。を捕まえるだなんてそんな面倒なことをしているくらいだったら、海軍らしく表の海賊を叩きに行けばいいのに、だなんて思う。 それと同時に、ここの海兵のレベルで彼等に勝つことは無理だろうな、と冷めた頭で考えていた。 あのキッド海賊団は、明日の朝に出航するらしい。 出来れば出航のときに無理矢理にでも乗り込んでやる、と思っていたのだが、この状況ではそれも無理だろう。 どんな罰を与えられるものやら、少なくともこれでが海に出られるチャンスは無くなった。あの、夢の中の宝石のような海を探すことは出来なくなってしまったのだ。 万一、ここから解放されたとしても、どの道あのレストランには戻れないだろう。 海賊に与した女として一度海軍にしょっぴかれた者を、置いてくれる店があるだろうか。 縛られた腕を動かすと、ぴりりと痛みが走った。 色んな思いが溢れてきて、自嘲気味の笑みが漏れた。 「なに笑ってんだ!お前のせいだぞ!」 「すいませんね」 「知っているんだぞ、昨夜お前海賊の仲間にしてくれって交渉してただろう!」 若いコックが、怒りの矛先をこちらに向けた。 お前のせいだといわれても、にそのつもりはない。 ただご飯を出しただけだ。おまけに、本気で海賊に与しようとして、昨夜素気無く断られてしまっている。海賊として海に出ることも出来ず、それなのに海兵には"海賊の仲間"として捕まっているのだ。 自分は相当運の悪い星の下に生まれたらしい。 半分自棄になって、ふんと鼻を鳴らすと、海軍のお偉いさんがこれ見よがしに溜息をついて寄越した。 「…まったく、親が海賊なら子も子だな。黙ってれば平和に静かに暮らせたのに」 「すいませんでしたね!」 「海賊王になるなんて粋がる海賊も海賊だが、オールブルーなんて御伽噺に踊らされるお前もお前だ」 「オールブルーはあるの」 「お前の父親も、最後の最後までそう言ってたぞ」 ふう、と煙草の煙をふかして、海軍がそう言った。 一瞬だけ、息が止まる。 いま、この男は何を言ったのだろうか。 「…さいご?」 「ん?」 「なに?何のこと?」 背中に、手に、嫌な汗が流れた。 心臓がばくばくと、大きな音を立てて鳴っている。 酷く胸騒ぎがして、一番最悪な言葉が彼の口から出る予感に、背筋が震えた。 「お前の父親が乗ってた船だが、お前を置いて海へ出たところですぐに海軍が捕まえたんだよ」 最も聞きたくなかった言葉に、全身が震えた。 海軍に捕まっていた、父が? 周りの全ての音が消えて、込み上げる、名のつけられない感情に視界が狭まった。 「海賊の末路は共通だ。お前の親父さんは、最後の最後までオールブルーとかいう夢物語をうっとりしながら語ってたぞ」 「…」 「お前さん、知らなかったのか。そりゃあ悪いことをした」 全くそうは思っていない口調で、海軍がまた煙を吐く。ふわ、と煙草のにおいが広がった。 全身から力が抜ける。知らず、乾いた笑いが漏れた。 死んでいたのか。とっくに。 オールブルーも見つけられないまま。島から離れてすぐの場所で。 死んでいたのか。 優しい父の面影が脳裏に過ぎる。 あのひとは、あまり海賊には向かない人間だったのだと思う。 ただひたすらに、オールブルーを求めて船に乗っていた。 「お嬢さん、人間には身の程ってもんがある」 『、オールブルーって知ってるか?』 頭に、あの時の父の記憶が蘇る。 はるかに続くサファイアブルー。 パールホワイトの波。 海中に翻る、ルビーやエメラルドの大きな鰭。 この世の全てが揃う、宝石箱のような幻の海。 その海は、と父親の、夢の海だ。 「オールブルーっていう幻の海があったとして、あんたみたいなひよっこには、到底辿り着けるわけがないのさ。あんたの親父さんにもな。」 父はどう思ったのだろうか。夢半ばで果てた父は。 海の上で死ねたのだろうか。それとも陸で? 「幻想に生きるのはやめて現実を見ろ。こんなところで馬鹿やって、人生を棒に振るな」 を諭そうとする海軍は、猫撫で声でそういった。 まるで、物の道理を分かっていない子供に、ゆっくり教えるような調子だ。 それが、酷く腹立たしかった。 分かっていないのは、そっちだ。そう思った。 「…わかってないのは、そっちのほうよ」 「なんだって?」 涙が溢れる。何に対する涙なのかは分からない。 父の死だろうか。 親子の夢を否定されたことか。 それとも、こんなところで捕まっている事実にだろうか。 いったいどれに対する涙なのか分からなかったし、全てに対するものであったかもしれない。 ただ、どうしようもなく心が溢れた。悔しさと、怒りと、耐えられないほどの感情のうねりに頭が白くなる。 「こんなところで、こんな自由も何もない陸で、現実見ながら死体になるのを待つだなんてまっぴら御免だって言ってるの!」 「な…」 「夢も見れない人生なんてそんなクソつまんないものなら要らないわ!」 「…ほら見ろ海兵!こいつは結局海賊の娘ってことだ!はやく牢屋にでもなんでもぶちこんでくれよ!」 若いコックも、怒りを露わにして語尾を荒げた。 せっかく諭してやっているのにそれを聞きもしないに呆れたのか、海軍も眉間に皺を寄せている。 海賊の血だなんだと、蔑むのならばそうすればいい。 吹っ切れる、というのは多分こういうことなんだろう。 涙は止まらないし、鼻水も出てきてる感じがするし、頭が茹だったみたいに興奮しているけれど、妙に清々しい気分だった。 「…、気持ちは分かるが現実を見てもいい時期だ。オールブルーなんて夢ばかり…」 「なら、夢じゃなく現実にしてみせる!オールブルーはあたしが見つける!」 「何言ってんだこいつ!見つける見つけないの話以前に、お前は海賊容疑で捕まってるんだっての!」 若いコックが声を荒げてそう言った。 だからも負けじと声を張り上げる。 「だからっ!そんなことは分かってるっての!」 「じゃあ無理だろ!オールブルーとか妄想も大概にしろよ!」 「あたしが見つけたあとに吠え面かくんじゃないわよ!」 「だからそんなものは無ぇって言ってんだろ!」 「探す勇気もない腰抜けのくせに!」 「お前こそ今の自分の状況見てみろよ!」 まるで子供の言い合いだ。駐屯地のお偉いさんも、やれやれと肩をすくめている。 そのときだ。 突然表がざわめいて、一人の海兵が泡を食ったように焦りながら部屋のなかへと入ってきた。 余程急いだのか、白い海兵の制服を土埃で汚したその男の一言で、部屋の空気がまるで凍ったように固まった。 「か、か、海賊です!!」 <<< >>> (090922) |