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★6 街を襲った海賊達は、同じく海賊達の手によって捕えられた。皮肉な話だ。だけど、海兵であるだって、彼等に助けられたのだから文句は言えない。 今日中に、大佐の船が到着するだろう。それで今回の件は一件落着、だ。 「トラファルガー・ローも、もう出航したのかな…」 なんだかんだで、お礼は言えず仕舞いだった。 彼も、今日大佐が着くことを知っているはずだ。昨日の夜か、今日の朝のうちにはもう出航しているだろう。 も、その大佐の船に乗って、この島を去る。 延長したのはたったの6日間だったけど、随分と長いことこの島に滞在していたような気がする。宿屋に置いてあった荷物を整理して、すぐにでも発てるように準備は済ませた。 たいして美味しくも無い紅茶を淹れて、それを啜りながら窓の外を眺める。 どうしてだか、酷く空虚な気持ちだ。 この6日間でいろいろなことがあった。ありすぎた。億超えの賞金首にさんざん苛められて、自分の無力を痛感して、そうして助けられて…。 これまでのことが走馬灯のように思い出される。 そんなことを考えていると、こんこん、と部屋の扉を叩く音がした。 もしかして、海軍が到着したのだろうか。 「はいはい!」 急いで立ち上がり、扉に手をかける。 …普段から、あまり物事を確認しないのは自分の悪いところだ。はこのときも、何も考えず扉を開けてしまった。 そして、開けてから後悔した。 「…よう、屋。生きてるか」 そこに立っていたのは、今の今まで考えていた人物、トラファルガー・ローだった。 思わず扉を閉めようとしたけれども、それを片脚で簡単に止めて、彼がずかずかと中へ入ってくる。…足癖の悪い男だ。 「な、なん、なんで…!?」 「お前に用がある」 「な、何の用」 「ログが溜まった。今日出航する」 ログが溜まったのは昨日のはずだ。出航することなんて知っている。まさかそんなことを伝えに来たのだろうか。 トラファルガー・ローは、歩みを止めずどんどん近付いて来る。だからもそれと同じだけ後ろへ下がった。…が、途中でそれ以上下がれなくなる。背に壁が当たってしまった。 それでも、彼は歩みを止めない。 そうして、ばん、との顔の両脇に腕を付いた。 驚きに、ひ、と小さな声が出てしまった。 「お前、おれの船に乗れ」 「は…はぁっ?」 突拍子もない一言に、思わず噴出した。一体何を言っているのだろうか、この海賊は。 おれのふねに、のれ。 それがどういう意味なのかは考えなくてもわかる。 海賊になれ、そう言っているのだ、この男は。 「おれと来い。海軍には勿体ねぇ」 「気でも狂ったの?いかない!」 「聞かねえな。おれは海賊だ。欲しいものは奪う、それだけだ」 低い声が囁く。心臓が、ひどい速さで鳴った。 うばう、だなんてまるで人を物のように! ゆっくりと、トラファルガー・ローの顔が近付く。こんな展開は予想していなかった。 自分の顔が熱くなって、きっと真っ赤になっているだろうことを知る。 海賊。海軍。海賊…。 これまでのことを思い出す。スモーカー大佐の顔、たしぎ曹長の顔、それから、海軍の教え、絶対的な正義。 大佐はいつも言っていた、俺は俺の正義を貫く、って。 目を閉じて、息を吐く。 そうして次には、目の前の海賊を睨みつけて、言い放った。 「海賊が、悪に限らないってことはわかった。 海軍の全ては、いつも正義や善じゃないってことも。 だからわたしは、海軍として正義を貫くの!」 トラファルガー・ローは、視線を外さない。だからも、外さない。 は言い切った達成感で胸がいっぱいになったのを感じた。 至近距離で見詰め合って、数秒。 ふ、と笑ったトラファルガー・ローが、酷く愉しそうに口を開いた。 「その目が堪らねぇんだよ…」 一気に距離が詰まって、息が塞がれた。 彼のパーカーを引っ張っても、びくともしない。 突然の唇を奪ってみせたトラファルガー・ローが、一度唇を離してまた覗き込んできた。 唇がまたくっつきそうな距離で、まるで全部を見透かされているような目で見つめられて、の心臓が、悲鳴を上げた。 大きな手が、の顎にかかる。 「な、なに、やめてっ」 「おれに命令するな」 不遜な声音でそう言い放って、また唇がくっついた。それどころか、ぬるりと何かが口の中に入り込んでくる。 それが舌だと気付いて抵抗してもまるで効かず、あっさりと押さえ込まれてしまった。 時折息継ぎに離れる唇の間で、トラファルガー・ローが荒い息を吐く。 は酸欠で、半分意識が飛びかけた。 パーカーを掴んでいた手が、ずるずると落ちる。 ちゅる、と唇を離して、ようやく解放されたかと思ったら、今度は腕を引かれてずるずると引っ張られた。 外へ連れ出されるのかと思いきや、連れてこられたのは部屋の真ん中に陣取るテーブルだ。 「ちょっとなんなのほんとに!」 「黙ってろ」 がし、と腰を持たれて、テーブルの上に座らされる。 突然の展開に大混乱のを余所目に、トラファルガー・ローはテーブルの上に置いてあったの紅茶セットを、まるで箒で掃くみたいに手でどかして床へ落としてしまった。がしゃん、と陶器の割れる音がする。 「聞こえなかったの!?やめなさい!」 「聞こえなかったのか、おれに命令するな」 テーブルに押さえつけられて、また息が塞がった。 圧し掛かられて、抵抗もできない。ぴちゃ、と音がするたびに背筋がぞくぞくして、力が抜けた。 振り払うために彼のフードを引っ張っていた手からもまた力が抜けて、腕が首に巻きついている様子はきっと端から見ればが抱きついているように見えるに違いない。 やっと唇が離れて、二人で荒い息をつく。 彼は笑っている。 トラファルガー・ローの手がの顔から離れてくれないから、目を逸らすこともできない。 そのまま、また彼の顔が近付いてきたときだ。 外が俄かにざわめき始めた。町の人達の声がする。 その中に、「海軍の船がきた!」という言葉が聞こえて、はハッとした。 大佐が、戻ってきたのだ。思っていたよりも随分早い。 このままだと、トラファルガー・ローは捕まるだろう。 だというのに当の本人はまったく気にしていないのか、性懲りもなくの目元に口付けてきた。 「ト…トラファル、」 「ローだ、」 「…ロー」 上出来だ、と言いながら首に噛み付くローに「海軍が来たんだよ!」と伝えるが、全く反応がない。 なんでが、こんな海賊の心配をしなくてはならないのだろう。 べろ、と首を舐められて、「ひぁっ」と声が出る。それに満足したらしいローが、また低く喉で笑った。 このままだと、本当にローが捕まってしまうかもしれない。 は必死になって自分の服の中を探る。 そしてようやく探し当てた冷たい鉄の塊を、懐から引き抜いた。 「…何の真似だ」 「今なら見逃してあげる。この距離なら外さないから」 ぐい、とローの胸に押し当てたのは、リボルバーだ。 昨日の戦闘で、弾切れになってしまったリボルバー。…おそらく弾が入っていないことは、彼もわかっているだろう。 唇が触れそうな距離で見詰め合って、また数秒。 ようやく、ローがにやりと笑った。 「んむっ」 最後にもう一度だけ口付けて、ようやく海賊は身体を離した。 いつのまに置いたのか、壁に立てかけていた太刀を担いで、振り向く。 「…見逃してやるのはおれの方だ、」 低い声に、また心臓が跳ねる。 外の喧騒が一段と大きくなる。 それだけ言って部屋を出ようとする背中に、思わず声をかけた。 「…覚悟してなさい、次に会った時が、あなたの航海の終わりよ!」 「やれるもんならやってみな。次に会った時は力ずくで船に乗せてやる」 振り向きもせずにそう言った背中が、ドアの向こうに音も無く消える。 そうして近付いてくるのは、海軍の船の到着を占める汽笛の音だ。 <<< >>> (090915) |