流石は元海軍とも言うべきか。
最初の一撃で敵襲を察知した彼等の動きは素早かった。そこいらの海賊よりも、統率もとれている。…当然といえば当然だろう。元は海兵だったのだから。
その場に留まっていては絶対に見付かる、と判断して、一発撃っては場所を変え、また一発撃っては場所を変える。
なんて非効率な、と自分でも思うけれども、それ以外に太刀打ちできる方法がないのだ。
なにせは、…体術ではおそらく海軍でも最下位を争うほど、弱い。
離れて戦う以外に道がない。


見付からないように逃げるために、神経を擦り減らす。
昨日割れた爪から血が滲んでいるらしく、いつのまにか指先に巻いた包帯が赤く染まっていた。弾を装填しようにも、そのおかげで指が滑る。
…いや、指がすべるのは血のせいじゃなく、手が震えているせいだ。
正直、は怯えていた。怖かった。逃げられるものなら逃げたい。けれどこの強情なこころがそれを許さない。
まったく、損な性格だと自嘲したくもなるというものだ。

狙撃銃の弾は、最後の一発だ。これがなくなれば、残っているのはリボルバーが12発、あとはカットラスだけ。
武器屋に寄って補充しようにも、海賊達が全部持っていってしまっているから、補充もできない。…現実的に考えて、弾の切れ目が命の切れ目だ。弾が切れたら、どこかに身を隠したほうがいいかもしれない。


最後の一発を確実に当てたあと、その狙撃銃は捨てて、は階下へと走り出した。





「おい、どこへ行った!」
「まだその辺に居る筈だ、探せ!」

すぐ傍を、海賊達が怒鳴り散らしながら走っている。大きな樽と樽の間に身を潜めて、はこのままやり過ごそうかと考えていた。
リボルバーの12発は、すぐになくなった。あとはカットラスだが、たぶん一人も止められずあえなく撃沈することになってしまうだろう。
街の人間も避難しているはずだ。
だから、明日までもここに隠れて…

そう思ったとき、海賊のひとりが漏らした。


「おい、街の住人の避難場所が見付かったらしいぞ」


つう、と背中に汗が流れたのがわかった。
見付かってしまったのか。もう、既に襲撃を受けているのかもしれない。


「扉が頑丈らしくてな。人手がいるからそっちに回れって話だ」
「わかった」


どうやらまだ、攻撃は受けていないらしい。どこに隠れているのか…けれどもう場所は見付かっているのだ、攻撃は時間の問題だろう。

心に、迷いが生まれる。
が出て行っても、死体がひとつ増えるだけだ。
…以前、あのトラファルガー・ローが言ったように、海賊に逆らった女の末路は悲惨だ。ただ殺されるだけじゃすまないかもしれない。

(そうだ、行っても殺されるだけ…)

膝をかかえて、ここで待とう。明日には大佐が来る。そうしたらあの海賊達を捕まえてくれるだろう。それまでの辛抱だ。

(でも、そしたら街の人達は…?)

昨日命を取りとめた店長も、宿屋のおじちゃんも、市場で「置いてけぼりのちゃん!」と声をかけてくれていた商人さんたちも。
明日、大佐が来るまでには死んでしまうかもしれない。
そうしてひとりが、生き残るのか。






―どうして助けなかった。海兵だろうが。






頭の中に、声が響いた。
あの毛皮の帽子を被った目つきの悪い海賊が思い浮かぶ。

昨日、は目の前の怪我人を見ていることしかできなかった。今日もまた、同じように見ていることしかできないのだろうか。…いや、見ていることしか、しないのか。
出来ないことと、やらないことは違う。

海賊が人を助けて、海賊に堕ちた海兵が人を襲う。
そうして現役の海兵は今、樽の隙間で膝をかかえて震えている。
…それで、いいのだろうか。それがの目指す正義の在り方なのだろうか。


(いいわけない…)


立ち上がろうとした膝が震える。身体が怖がって逃げ出そうとしている。
どれだけ戦っても、援軍は来ない。
だけど、それでも、は、海兵なのだ。














「なんだ、この島の海軍はもう次の島に向かったって聞いてたんだがな…」


カットラスに手をかけて、大通りの中央に仁王立ちをしているを見て、海賊のなかでも一際大きな男がそう言った。
もう運が良いと言えばいいのか悪いと言えばいいのか、が路地を飛び出し立ち塞がった相手は、どうやらこの海賊の船長であろうようだった。
大きな斧を持ち、肩にかけているのは「正義」と書かれているはずの、将校のコート。
その大男がそれ纏っていることに、は怒りを覚えた。


「まだわたしがいる!海軍として、あんたたちを見過ごすわけにはいかない!」


叫んだ声は、思ったほど震えはしなかった。けれど、カットラスにかけた手は勿論震えている。大男もそれをわかっているらしく、絵に描いたような嘲笑を浮かべた。
「あいつ震えてやがるぜ」
だなんて、周りを取り囲んだ海賊も笑っている。
笑いたければ笑えばいい、でも一歩も退いてやるものか。
怖くて怖くてたまらないけれども、どうしてだろう、これまで感じたことのない闘志が湧き上がっていた。目の前にある悪を許したくないという気持ちから生まれてくるのかもしれない。

ずる、と大きな斧を引き摺り、それをこちらに向かって片手だけで真っ直ぐ構えた大男が、口の端にいやらしい笑みを浮かべた。


「勇敢と無謀は違うぜ、お嬢さん」
「海賊に逃げた海兵なんかの言葉に耳は貸さないわ」
「言ってくれるねえ」


ぎゅう、とカットラスを握る。
どこまでやれるだろうか。否、もうここまで来てしまえばやれるやれないの問題じゃない。
やらなくてはならないのだ。


先に走り出したのは、のほうだった。
どうやら船長以外の海賊は、高見の見物に徹するらしい。汚い言葉を吐きながら見ているだけで、動こうとはしなかった。

海賊の大きな斧が、振り下ろされる。
それを横っ飛びでかわせたのは奇跡といっても良かっただろう。
窮地に追い込まれて火事場のなんとやらが出たのかもしれない。
大男の懐に飛び込んで、カットラスを抜く。


……もらった!


そう思った。このまま抜いたカットラスで大男の首を落として、それで終わりだ。
だけど相手は海軍の将校だった男だ。
当然、そんなに上手くはいかなかった。

斧を持たない片方の手が、の腹に一撃を加える。

そうして視界の端に、振り下ろされて地面にめり込んだはずの斧が持ち上げられ、横凪ぎにこちらへ向かってくるのがまるでスローモーションのように見えたのと、



「ROOM」



という低い声が響いたのはほとんど同時だった。







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(090915)