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岩が崩れるような轟音と、町の人達のざわめきが聞こえてきたのはがちょうど、おやつにアイスクリームを食べていたときだった。
町の人達の様子から、どうやらただごとではなさそうだ、と察知して、アイスを一気に頬張って騒ぎの方へ向かう。頭がきいんと痛んだ。


「あぁちゃん、大変なんだ!」
「それは、見ればわかるよ…!」


目の前に広がっていたのは、瓦礫の山だ。白い石でできた建物がひとつ、無残にも半壊している。その建物は、が気に入っている、あのシーフードオムライスのお店だった。
どうしてこんなことに、という呟きは隣の人にも聞こえていたようで、隣の野次馬とみられるおばちゃんは「あの建物も随分古かったしね…そういえば天井にヒビが入っているって誰かが言ってた気も…」と暢気に呟いている。
を見つけて、店の従業員と思われる男が駆け寄ってくる。


「ああ、海兵さん!店が…」
「店の人達は?」
「崩壊の前に、天井からぱらぱら砂礫が落ちてきてて…店長が危ないからって皆を外に出したんで…」
「じゃあ怪我人は居ないのね」


ほっと胸を撫で下ろす。これだけ豪快に崩れたというのに、怪我人が居ないだなんてラッキーとしか言いようがない。
あの大柄な店長の野生の勘のおかげというやつか。いやそれならばもっと早くに改装工事とかをしておけばよかったのに…。


「いやあの、それが…」
「なに?」
「店長が、包丁を取りに店に戻ってしまって、それで」
「ええっ!じゃあ中にいるの!」


今、引きずり出そうとしてる最中で…と言って従業員が指を指した先には、男達がわらわらと集まっていた。そこに駆け寄れば、一昨日まで豪快な笑顔を見せていたあの店長が、苦悶の表情を浮かべて倒れている。
その両脚が、完全に瓦礫の下に埋まってしまっていた。


「ああ、置いてけぼりの海兵さんかい…」
「だからその呼び名…!ああもういいよ、おじさん大丈夫?じゃないよね…」
「格好悪いところ見せちまったな…」


ぜいぜいと息を荒げながら、無理に笑ってみせる店長に、安堵と悲しさが湧き上がる。
周りのおとこたちが、瓦礫を持ち上げようと踏ん張っているところだった。


「わたしも手伝う!」
「すまん、そっち持ってくれ」
「いくぜー、せーのっ」


顔を真っ赤にしながらみんなで瓦礫を持ち上げようとするも、重すぎて全く持ち上がらない。てこを使ってみても、そのてこが折れてしまう始末だった。

上のほうの瓦礫から順番に下ろしていくしかないか?無茶だ、そんなことしている間に店長が死んじまう。どうすればいいんだ…。

絶望的な状況に、周囲に不安が広がっていく。どうすればいいのか、検討もつかない。大佐だったらモクモクで瓦礫を持ち上げることもできるかもしれないけれども、力技でこれだけの瓦礫を除くだなんて、一般人には無理だ。たしぎ曹長だったら、この瓦礫を斬って小さくすることができるかもしれない。
でもには無理だ。

…自分が、大佐や他のひとみたいに強かったら、もっと何か他に能力があれば。
何もできない悔しさに、目頭が熱くなる。
弱いことが、悔しい。


「いい、…両腕さえありゃ料理はできる。いいからこの脚、切ってくれ」
「馬鹿いうなよ!」
「切れるわけないだろ!」


店長はもう、諦めてしまっているようだった。
諦めないで!…そういう言葉ならばいくらでも言えるが、現状ではそれ以外に道がない。諦めないで、なんて綺麗事は今、なんの役にも立たないのだ。


「…何の騒ぎなの?」


ふと、聞き覚えのある低くのんびりした声が響いた。
後ろを振り返ると、そこに居たのはオレンジ色のつなぎの白熊と、それからあの海賊、トラファルガー・ローだった。何の騒ぎか、と聞いたのは白熊らしい。
反射的に身構えてしまったけれども、今はそれどころではないということを思い出して、構えを解く。


「それが、建物が突然崩れて店長が…」


道端に居た通行人が、ご丁寧に彼等に状況の説明をした。
今は構っていられるか、とはまた瓦礫の下に手を入れて持ち上げようとする。けれど、やっぱりびくともしない。女の非力ではどうしようも、ない。


「海兵さん、もういいからよう。はやく脚を」
「やだ…!!」


だんだん、指先が痛くなってきた。
自分は無力だ。海賊と戦う力も無ければ、瓦礫を動かす力もない。だけど、無力であることとやらないことは別だ。それが、が大佐の下で学んだことだった。
指も腰も痛い。泣きそうだ。痛みじゃなく、悔しさに。
人の役に立ちたくて海軍に入ったはずが、このざまだ。目の前の怪我人ひとり、助けられない。



「…おい海兵屋、どきな」



その声と、それから半透明のサークルが広がったのは一瞬だった。
目の前にいたはずの店長が、一瞬ばらばらになったように見えて、それから忽然と消えた。
そのあとに店長が居た場所に現れたのは、大きな樽だ。

「え…?」

一番最初に会った時と、同じだ。何の能力か知らないが、ものの位置が入れ代わった。
もしかして、と思って振り返ると、案の定、彼の足元にはあの店長が倒れ伏していた。


「店長!!」
「おじさん!!よかった!!」


周囲から歓声が上がって、おじさんのところへ人が集まり始める。
トラファルガー・ローはその集団から避けるように、すい、と横によけた。
すぐに担架が運ばれてきて、おじさんを乗せて診療所へ運んでいく。
は呆然と、それを見ていた。

その様子を見届けて、トラファルガー・ローがその場から離れようとする。
思わず、は海賊達に近付いていった。


「…あ?なんだ、また剣でも抜く気か」


海賊は、酷く面倒くさそうな、やれやれまたか…、という顔をする。
だって、これ以上あいつと関わりたくない。
けれど、聞いておかなければならないことがあったのだ。



「どうして助けたの。…海賊なのに」



海賊なのに。
そう、の中で、海賊とは悪以外の何者でもない。
正義はいつだって海軍にあるのだ。
海賊イコール略奪者、として海軍で教え込まれてきた。それなのに彼は略奪行為をするどころか、人を助けて見せた。それが納得できない。
トラファルガー・ローは、片眉を上げて、息を吐く。



「…どうして助けなかった。海兵だろうが」



トラファルガー・ローが、いつもの薄笑いではなく真顔で言った。
その言葉が、ぐさりと胸に突き刺さる。
悔しいが、事実だった。海賊である彼が助けて、海軍であるは何も、できなかったのだから。正義であるはずのわたしは、何の役にも立たなかった。
無意識のうちに、拳を握り締める。


「…悔しい、けど、お礼を言うわ」
「お前のためじゃねえよ」
「知ってる」


悔しくてたまらないけれども、認めなくてはならない。
感謝なんてしたくなかったけれども、彼がいなければ、あのおじさんはきっと脚を切るか、そのままあそこで死ぬことになっていただろう。
複雑な気持ちだった。海賊に、お礼を言うことになるだなんて。
もちろん、トラファルガー・ローが自分のために助けたわけではないことなんて重々承知だ。
それでも、それはなりのけじめのつもりだった。

俯きながら通りのモザイクタイルを見つめていると、ふ…、と喉の奥で笑う音が聞こえた。
ちらりと見上げると、いつものあの、にやり笑いがこちらを見つめている。



「…ベポがまだ食ってねぇからな」
「は?」
「オムライスだ」



オムライス。思ってもみなかった言葉に、目を丸くする。
彼はそれだけ言って、太刀をがちゃりと動かして後ろの戦闘員に合図を送る。
そうしてまた気だるげな雰囲気で歩き始めた。
ベポ、とはあの白熊だろう。…ベポがオムライスを食べていないから、あの店主を助けたとでもいうのだろうか。
白熊が「シーフードオムライス食べてないの船長でしょ」とぼやいて、トラファルガー・ローが太刀の柄で白熊を小突いたのが見えた。


「…爪、割れてるぞ」


こちらを振り向きもせずに、最後にそれだけ言って、彼等は姿を消した。
なんのことかと自分の爪を見ると、さっき瓦礫を無理に上げようと奮闘したせいか、両手のあちこちの爪が割れて血が出てしまっていた。擦過傷も腕のあちこちについている。

(海賊のくせに…)

海賊はどこまで行っても海賊だ。
大佐の言葉を思い出す。
…だけどあの、ハートの海賊団は、の知る海賊とはちょっとだけ違っているように思えた。






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(090915)