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扉を開けると、カラン、と扉についた鐘が涼しい音をたてた。
まだ昼間だというのに、その店のなかは涼しく、薄い橙色のライトが暗い店内を申し訳程度に照らしている。
暗さに目が慣れず、店内の様子がほとんど見えない。

「おやおや…海兵さんとはいえ、ここはあなたのようなお嬢さんには合わない店ですよ」

カウンターから、上辺だけは上品なバーテンが声をかけてきた。それを無視して、ようやっと暗さに慣れた目を凝らしながら、店内を見渡す。
カーテンで仕切られた奥の部屋に、目当てのつなぎを見つけた。
「そちらは他のお客様が…」
と忌々しそうに止める店員には目もくれず、はずんずんと大股でそちらへ歩き、深い臙脂色のカーテンを勢いよく開けた。


「…あ?なんだ」


そこに居たのは目当ての人物、トラファルガー・ローとその一味だ。
豪奢(に見える)なソファに悠々と腰掛けた彼の両脇には、綺麗な女の人がふたり。他の戦闘員の横にも何人かの女の人がついていた。
「なぁに〜あのひと…」と妖艶な赤い唇が甘えた声でそんなことを言っている。
…まったく、昼間からいいご身分だ。は今なら額に青筋が立てられそうだと思った。

は無言で、お酒の並んだテーブルの上に握り締めていたお金をバンと大きな音をたてて置いた。

無造作に並んだ小銭を見て、トラファルガー・ローがまたあのにやり笑いで口を開く。


「…賄賂には足りねえな」
「違うっての!借りを返しにきたの!」
「あ?…借り?」


本気で分かっていない様子のトラファルガー・ローに、あの白熊が小さく「船長船長、昨日のレストランの…」と説明するも、彼はまだ首をかしげている。


「シーフードオムライスの代金よ!」


腕を組んで仁王立ちしながらそう言い放つと、彼の横の女の人が「オムライス?」と言ってくすくす笑った。笑いたければ笑うがいい。あのオムライスの味を知らないお前達のほうが哀れだ!と内心で毒づいた。
トラファルガー・ローはようやく昨日の出来事に思い至ったようで、あァ、とつまらなそうに息を吐いた。


「どうせなら身体で払ってくれても良かったんだがな」
「ふざけないで。わたしは海兵よ」
「無銭飲食のな」
「…!」


また馬鹿にする発言をしたトラファルガー・ローにかちんときて、思い切り睨みつけながらそう言い放った。そう、だって腐っても海兵だ。オムライスであろうと奢られっぱなしは我慢ならない。
彼はにやり笑いをくずさずに、気だるげにソファの背に肘をついて、酷く優雅な動作で小さなグラスを煽った。


「…まぁそう怒るな海兵屋。座れ」
「もう帰るの。さようならトラファルガー・ロー」


そう言って踵を返そうとすると、ぐい、と首の後ろを引っ張られる感覚。何事かと思って振り返ると、あの白熊がの襟元を掴んでいた。
「船長が座れってさ」
と言いながら、有無を言わさず襟首を引っ張って、をソファにぼすんと沈めた。
背中を思い切りぶつけて、思わず咳き込む。


「気を楽にしろ…」
「冗談言わないで」


小さなグラスをまた黄金色の液体で満たしながら、いろっぽいドレスを着た女の人が顔をしかめるのが見えた。しかめたいのはこっちだ。
トラファルガー・ローは、喉の奥で笑いながら足を組みなおした。…それがまた様になっているものだから腹が立つ。きっとが同じことをしたところで、失笑を買うだけだろう。


「他の海兵はどうした」
「あんたなんかに何の情報も漏らさない」
「置いてけぼりの…ってのはお前のことだろ?」
「…」
「鈍くさいにも程があるぜ…」
「うるさいっての!」


白熊の手が襟元からはなれたのを見計らって、身体をばねのようにして飛び起きる。
また引っ掴まれないように距離をとって、悠々と酒を飲むトラファルガー・ローを睨みつけた。


「…そう睨むなよ、屋」
「どうせ大佐が来たら、あんたたちなんか一網打尽なんだから!」
「海軍の船が来るのは3日後だろうが。こっちはあと2日で出航だ」
「!」
「残念だったな」


なら、すれ違うときに…と思ったけれど、海流の関係できっとハートの海賊団と大佐の船は擦れ違ったりしない。このまま、取り逃がすことになるのだろうか。
唇を噛み締めながら、腰に佩いたカットラスに無意識に手をかける。
きゃあ、と声を上げながら女達が自分の一番近くにいる戦闘員たちに腕をからませた。


「海軍ってやつはこれだから…。自分を正義だと信じて疑わねぇ」
「海賊は悪だもの!放置できない!」
「フ…そうか」


から、とグラスの中の氷が音を立てる。
それをテーブルに置いて、トラファルガー・ローが両手の指を絡ませ、悪い目つきでこちらを覗き見てきた。
絡ませた指に見える「DEATH」の刺青。


「…なあ海兵屋。海賊に楯突いた"女"がどんな目に合うか、考えたことはあるか」
「……!」


トラファルガー・ローが何を言いたいのかを察して、顔がかあっと赤くなった。羞恥よりも、怒りに、だ。
ここで剣を抜いて、が勝てる可能性はゼロだ。
大佐の顔が頭に浮かぶ。こんなところで犬死するより、大佐の役に立つところで死にたい。けれどもう、退くに退けなかった。

が剣に手をかけているところは店側からは丸見えだ。店内がざわめき始め、焦った店員が「お客様、暴力は…」と止めてくるまでにそう時間はかからなかった。
店員の言葉を受けて、はしぶしぶカットラスから手を離す。
…けれど正直、退くきっかけをくれた店員には感謝の気持ちすら沸いた。

海賊を、野放しにするしかできない自分の弱さが悔しい。
はそのまま何も言わずに、彼等に背をむけた。
後ろから、白熊が「ばいばい」と声をかけてくる。

ああそうだ、ばいばい、だ。けれどいつかお前たちみんなあたしが捕まえてやる!
そう思いながら、は逃げるように店内から出ていった。






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(090915)