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「なんだいなんだい海兵さん。随分と沈んでるみたいじゃないか」
「ほっといて…」
「あと数日で戻ってきてくれるんだろ?元気出して、ほら、食いな!」


海沿いのレストラン。シーフードオムライスが美味しいお店のカウンターで突っ伏していると、厨房から大柄のおじさんがオムライスをの目の前に置きながら大声で話しかけてきた。
海兵の一人が置いてけぼりを食らって、海軍の船がまた戻ってくる、という話は、町の中で噂になっているようだった。は誰にも言っていないはずなのに。
電伝虫を借りた店のおばさんがどうやらとんでもないお喋りだったらしく、が大佐に怒られていたことも、また船が戻ってくるということも、全部周りのひとに喋ってしまったらしい。
おかげで市場を歩いていても、商人達に

「おい、あんたが置いてけぼりのちゃんかい」

だなんてからかわれてしまって、穴があったら入って上から土をかけてほしい気持ちでいっぱいだ。海兵の制服を着ているからそんなことを言われるのだ、それなら制服なんて脱げばいい!と思ったのだけれども、制服以外の服はみんな船の中だし、新しい服を買おうにも、船が戻ってくるまでの食費や宿代を考えると無駄遣いはできない。
どこへいっても「置いてけぼりのちゃん」と言われて、のプライドも何もかも木っ端微塵に崩れ去ってしまった。

おまけに、昨日の敗北。
思い出すだけで泣きたくなる。悔しさに、だ。ライフルも失い、今の懐にあるのはリボルバー一丁と使えもしないカットラス。しかも弾だって残り少ない。もちろん新しいライフルを買うお金なんてない。
今度あの海賊と出会ったら、どうしよう。見過ごすこともできないけれども、に勝ち目はない。死ぬと分かっていて特攻するのはただの馬鹿だ。

「思い出すだけで腹がたつわ…」

美味しいオムライスを頬張りながら、ぼそりと呟く。
にやにやと薄ら笑いを浮かべながらを馬鹿にした言葉を吐く、あの海賊を思い出すと腸が煮えくり返る。あんなやつ、大佐がいればモクモクーッと捕まえてくれるはずなのに。

ソースまで残らずスプーンで攫って食べて、席を立つ。


「ごちそうさまぁ」


レジの前へ立つと、あのおじさんが「へいへい」と言いながら700ベリーだと伝えてきた。
ごそごそと、ポケットを探って財布を取りだ…そうとするが、見当たらない。

(…あれ?)

ズボンのポケットにないなら、上着のポケットだろうか。
そちらを探してみるも、無い。

…財布が、無い。

すられたのだろうか。いや、…そもそも財布が入っていたのは、この制服だっただろうか。
昨日、洗濯をするのに上着から財布を出して…今日宿を出るときに、持ってきた記憶がない。


「おやおやちゃん、まさか財布まで置いてけぼりにしてきたのかい?」


おじさんは苦笑いだ。は苦し紛れにその場にジャンプしてみるも、ちゃりんという音も聞こえない。…どうやら宿に忘れてきたらしい。
ショックだ。こんな不運が重なることってあるのだろうか。
もう死にたい…そんなことを考えたときだ。



「海兵が無銭飲食とは、世も末だな」



聞き覚えのある、…いや忘れたくても忘れられない声だ。
ぎ、ぎ、とさび付いた歯車のように首を回してみると、いつのまにか後ろにあの件の海賊、トラファルガー・ローとその一味が立っていた。
なんてことだ。この非常時にこいつに会ってしまうなんて。


「トラファルガー・ロー…」


あの薄笑いを浮かべ、肩に大きな太刀をかけた毛皮帽子が、隈のできた目でこちらを見ている。その後ろではがま口財布を持った白熊が、「はやくしてよ」とぼやいていた。
海賊が支払いのために並んでいるだなんてなんて滑稽な…と思いながらも、一番滑稽なのは海兵なのに財布すら持ってきていない自分だと気付いた。


「…こいつの分もおれが持つ」
「はぁ!?」
「ベポ」
「アイアイ〜」


おれがもつ、の意味を図りかねているうちに、さっさと前へ出た白熊が財布からお金を出してしまった。
はっと我に返り、白熊のつなぎを掴んで揺さぶる。白熊は困った顔をしながら「放してよ」と言った。可愛い顔をしているくせに、声は低い熊だ。


「ちょっとやめて!」
「なんで?」
「なんでって…あなた海賊でしょ!」


やめて!と言っているのに、店員のおじさんときたらニコニコ笑顔でベポと呼ばれた白熊からお金を受け取って精算を始めてしまった。
海兵が海賊に払ってもらうだなんて、冗談にもならない。


「海賊からの施しは受けない!わたし、海兵よ!」
「じゃあめでたく無銭飲食で犯罪者だな。…おれたちと同類だ」
「ふざけんな!」


またあの人を小馬鹿にした薄笑いで、トラファルガー・ローが口を開く。
確かに、無銭飲食は犯罪だけれども、それ以上に海賊に奢ってもらっただなんてほとんど賄賂にも等しい。そっちのほうが問題だ。…いや、どちらも大きな問題なのだけれども。
どうすればいいのだろう。どうすれば…
悩みに悩んで、は決断した。


「ちょっとあんたたち、そこで待ってなさい!いま宿から財布とってくるから!」
「…あ?…おれに命令するな、海兵屋」
「おじさん!その人達逃がさないでね!」


それだけ言い捨てて、レストランを飛び出す。目指す先は宿だ。幸い、ここから宿まではそう遠くない。

こんなに必死に走ったのは、海軍での陸上演習以来だと思いながら全力疾走して、案の定宿のベッドの上に放置されていた財布を引っ掴む。
そうしてまた、あのレストランまで全力疾走した。
途中で町ゆく人達が「あれ海兵さん、またどこかに遅刻しそうなのかい」だなんて言って来るのが腹立たしい。
遅刻よりもっと悪いわよ、と内心毒づきながら、あのレストランの扉をぶち開けた。


「はぁ、はぁ、はぁ…!」


息を荒げたまま、レストラン内部を見渡す。あのいけ好かない海賊の姿はない。


「おじさん!海賊は!?」
「もうとっくに行っちまったよ!それからおれは、おじさんじゃなくて店長だ!」


厨房から、お玉を振りながらおじさん…もとい店長が笑顔でそういった。なんてことだ。逃がさないでって言ったはずなのに!
手を膝について、前かがみになりながら、息を整える。

…海賊に、奢られてしまった。

白いレストランの床に、ぽつ、と汗が滴り落ちた。







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(090915)