背筋につう、と汗が流れるのが分かった。握り締めたライフルの冷たさが心地良い。
は、トラファルガー・ローとその一味が向かう方向に先回りをして、物陰に身を顰めていた。
目的はもちろん、海賊を捕えること。
たった一人きりとはいえ、も海軍の一員だ。目の前の海賊を見過ごすことは出来ない。
人通りの多い場所を抜けて、の予想通りに彼等はこちらにやってくる。
心臓がばくばくと高鳴る。それなのに頭がすうっと冷たくなった。

一発だ。一発で仕留めなくてはならない。
それに、今はトラファルガー・ローだけでなくその仲間もいるのだ。続けざまに攻撃を加えて一気に落とさなくては、攻撃に気が付いた彼等にやられてしまうだろう。
こんなに緊張する狙撃は初めてだった。

だんだんと彼等が近付いて来る。
そのときだ。

「わん!」

路地に隠れているの脇から犬が駆け出していって、海賊達に足元にじゃれ付き始めた。
しまった、ばれた!と一瞬心臓が冷えたけれども、どうやらばれてはいないみたいだ。
一味の一人、キャスケット帽を被った男が犬を撫でてやっている。
足元の犬に気を取られているのか、一味が足を止めた。

絶好のチャンスだ。目標が動きを止めてくれるなんて。

すかさずライフルを構えて、トリガーに手をかける。
(…もらった!!)
そう思った、瞬間だった。



「…ROOM」



ブゥン、と不思議な音がして、突然奇妙なサークルが広がった。
何事、と当たりを見回すと、半透明の奇妙な円があたりを取り囲んでいる。
そうして、


「シャンブルズ」


とまた低い声が聞こえたかと思うと、突然当たりの景色が変わり、は地面に投げ出された。
一体何が起こったのか、状況がまったく読めなかった。
這い蹲る地面は、モザイクストーンで舗装してある。
さっきまで薄暗い路地にいた筈なのに、どうして自分は今こんな、道の真ん中に…

「わん」

と犬の鳴き声が横から聞こえて、目を向ければ先程まで自分が居た路地に、あの犬が尻尾を振って座っている。
どうして、犬が、あそこにいるんだ。


「…おい」


低い声が、頭上からかかる。地面には、以外の何者かの影が濃く落ちていた。
最悪な状況を予感しながらおそるおそる顔を上げると、そこには白い熊と、キャスケット帽子と、ペンギンの帽子を被ったつなぎ三人組と、それから…にやりと笑みを浮かべる海賊、トラファルガー・ローの姿があった。


「ここで何してる」


…最悪の状況だ。
一瞬の内に犬と自分の場所が入れ替わってしまったそのカラクリは理解できないが、おそらくは悪魔の実の能力者なのだろう。
億超えのルーキーなのだ。当然といってもいい。
わかっていたはずなのに、それを予測しなかった数十分前の自分が恨めしかった。


「船長、海兵だよ」


白い熊が喋った。内心驚いたけれども、世の中もっとすごいビックリ人間だっているのだ、熊が喋るくらいなんでもない。
ぎゅう、と唇を噛み締める。
多勢に無勢。…たとえ相手が一人だって、こんなに近くで接近戦なんてしたら勝ち目はない。一般人にだって負けるくらい弱いのだ、は。


「海軍はもう出航したはずじゃないのか」
「駐屯地があるのか」
「いやないはずだ」


キャスケットとペンギン帽が、そんなことを話し合っている。
その間も、トラファルガー・ローは目つきの悪い目線でこちらを見下ろしながら薄ら笑いを浮かべていた。


「随分と可愛らしい海兵がいたもんだな。…ごっこ遊びも程ほどにしねェと怪我するぜ」


完璧に、を小馬鹿にしている顔でトラファルガー・ローがそう言った。
その様子に、かあっ、と頭に血が上る。
(ごっこ遊びですって…!?)
相手が女一人だと思って、馬鹿にしているのだ、この海賊は。
そりゃあは、体術はからっきし、剣も駄目、遅刻はして皆においていかれてしまう駄目海兵かもしれないけれども、この仕事を遊びだと思ったことは一度もない。


「今だったら見逃してもいいぜ。とっとと失せな」
「……じゃない」
「…あ?」
「ごっこ遊びじゃない!」


怒りのままに身体を起き上がらせて、がちゃ、とライフルを構える。
後ろに居た戦闘員が、身構えてこちらへ向かおうとしてきた。
…けれど、薄笑いを浮かべたトラファルガー・ローは腕をだらりと掲げて、それを押し留める。
目の前で銃を突きつけられているのに、随分と余裕だ。まだ馬鹿にされているのだろうか。
どちらにしろ、もうにはどうでもいいことだった。
海賊に銃を向けてただですむだなんて思っていない。
でも、ただでやられるなんて御免だ。


「死にたいのか」
「不利な状況であろうと、海賊に屈したりしないわ!」


どうせやられるなら一矢報いてやる。そう思いながら彼を睨みつけた。
銃口ががたがた震える。背中には滝のような汗。
それでも、逃げることだけはしたくなかった。小馬鹿にされて侮辱されて、それでも命惜しさに歯を食いしばって耐えられるほど、は我慢強い女じゃない。
トラファルガー・ローは、何を考えているのか分からないような目でこちらを見ている。目を逸らしたい気持ちを抑えて、唇を噛み締めた。
震える指を、トリガーに掛ける。

ふらりと彼の身体が揺れて、じゃき、と剣が鳴る音がした。


「しまっ…!!」


しまった。
そう言葉を発する間もなかった。目を閉じる余裕も。
能力を使ってくるのかと思いきや、トラファルガー・ローは持っていた剣を抜いて、目にも留まらぬ速さでそれを振り、そしてまた鞘に納めた。

斬られた。

構えていたライフルがばらばらに斬られて、崩れ、地面に落ちる。
けれども、身体に痛みは無い。
呆然と、言葉も出ず身体も動かないを尻目に、トラファルガー・ローは悠然と歩き出す。
止めなければならないのに、身体がほんとに動かない。


「お子様は帰って寝な。今度おれの前に立ったらその時は…」


の横を通り過ぎる、低い声。
目で追うこともできなかった。


「…お前の頭を犬の頭とすげ変えてやるよ」






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(090914)