「嘘でしょ…」

昨日まで大きな船が泊まっていたはずの港で、は思わず膝をついてしまった。
目の前に広がる活気溢れる港には、漁のために小さな船が何隻かあるだけで、昨夜まであったはずの大きな船…正義の旗を掲げた海軍の船は、どこにも見当たらなかった。

『出航は、明日の朝5時だ』

そう言っていた、スモーカー大佐の言葉が頭を巡る。
そして、の腕時計の時刻は、既に14時を差していた。
は、なんとこの日に、人生で一番悲惨な朝寝坊をかましてしまったのだった。


★1


「はあ…」

落ち込むな、自分。今更どうしようもないじゃないか。
そう自分に言い聞かせながら、とりあえず喫茶店でコーヒーを啜る。2階にある喫茶店の窓際のこの席からは、街の市場が見渡せる。活気に溢れた街だ。
商人たちの威勢の良い掛け声がここまで届く。…だがその声すら、の鬱々とした気分を助長させるものだった。

電伝虫でスモーカー大佐に連絡をとったところ、…とても思い出したくも無いくらい恐ろしい剣幕で怒られてしまった。当然だ。
きっと、もうこのまま次に誰かがこの島に巡回に来るまで待たなければならないんだ…と真剣に悲しくなりつつ謝った。絶望的…。スモーカー大佐は近頃仕事熱心で、陸に居るよりも海に出て怒涛の勢いで海賊達を捕まえている。
どこかでスモーカー大佐に拾ってもらう…なんてことも暫くは難しいだろう。きっと、次にやってくる誰だかわかんない人を上司として働くことになるんだと思うと涙すら出てきそうだった。

けれど、大佐はこう言ってくれた。

「部下の乗船の確認を怠ったのは上司である俺の責任だ。今から迎えに行く」

は、もうスモーカー大佐に一生ついてく!と心に決めた。同時に、
「だが、このあたりは海流が複雑だ。海流を抜けるのに3日、さらに島に戻るのに3日かかる」
と言われて、この遅刻の失態は一生かけて償おう…とも思った。



ずず、とコーヒーを啜りながら、ぼうっと市場を見下ろす。
今、ここで海賊なんかがこの島にやってきたりしたらどうしよう。
は、海軍の末席に名を連ねている身とはいえ、戦闘能力はほとんどない。接近戦はまるでだめだ。唯一自慢できるのは狙撃の腕だけで、戦闘ではもっぱら後ろに下がって狙撃手として参加している。
いまここで海賊が大群率いてやってきたとしたら、たぶん、は死ぬだろう。

…縁起でもない自分の考えにぞわりと寒気がして、首を振る。
そうだ、住人だって滅多に外から人なんてやってこない、と言っていたではないか。滅多に外から人がやってこないこの島に、海軍と海賊が立て続けにやってくるだなんて、そんな奇跡は起こらないに違いない。たったの6日なのだから。

正直、心細さに折れそうな自分の心を一生懸命励ましながら、下の市場を見下ろす。
たくさんの人がいる。
綺麗なお姉さん、威勢のいいおじさん、よぼよぼして今にも転びそうなおじいさん、白い熊、それから…


「ん?」


流していた目線を、先程のところへ急いで戻す。見間違いではなかった。白い熊が、市場を歩いている。
着ぐるみだろうか。それにしてもこの夏島であれは、すごく暑そうで目立っている。
よくみると、彼の近くに居るひとたちも随分暑そうなつなぎを着ていた。
そして、つなぎを着ていないもう一人の連れは、毛皮の帽子を被っている。


「んん?…あれ?」


身を乗り出すようにしてよくよく目を凝らす。
心臓が高鳴った。よくない予感に、だ。
どうか、勘違いであってくれ…そう思いながら身を乗り出した。

白い熊と一緒に居る、毛皮の帽子の男の顔が、ばっちり見えた。

うそでしょ。

思わずそう、呟いてしまった。
最近、やたら新聞を賑わせている海賊。ルーキーと呼ばれる何人かの手配書に、彼と同じ顔を見たことがある。
どうやら、悪い予感は当たっているようだ。


今、市場を悠々と闊歩している男は間違いなく、ハートの海賊団船長、トラファルガー・ローだ。


滅多に外から人がやってこないこの島に、海軍と海賊が立て続けにやってくるだなんて、そんな奇跡は起こらない。数分前まで頭に絶対的確信としてあった暢気な考えが、がらがらと崩れていく。

眼下の海賊は、少しだけ暑そうに顔をしかめながら市場で名物のジュースを買っていた。








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(090914)