もうすぐ、家の修理も終わる。正確に言うと、明日明後日中には完成してしまうらしい。
この奇妙な同居生活ともお別れというわけだ。
片付けても片付けても散らかってしまうキッチンに、気持ちの悪い置物が大量に飾られている不気味な事務所、決して座り心地の良いとはいえないソファとも。
散々な同居生活ではあったが、決して不快なものではなかった。
それどころか、毎日が楽しくてどきどきしてどうしようもなく眩しかった気がする。
(ダンテとも、お別れか)
あの日、もしダンテが倒れていたのが自分の家の前じゃなかったら。
もし、自分の帰りが遅くなって、見つけたのが他のひとだったとしたら。
そこまで考えて、それを打ち消すように首を振った。
仮定の話など必要ない。実際彼が倒れていたのは自分の家の前で、見つけたのも自分だったのだから。
(寂しいな)
ダンテも、と同じようにそう思ってくれるだろうか。
いや、あの女に困ったことの無い悪魔は、すぐに別の女を連れ込むのだろう。
(いやだ)
そこまで邪推している自分に気付き、溜息が出た。
どうせ明日明後日には、引越しの準備で忙しくなる。
今日は御馳走でも作ってやろうと意気込んで、はキッチンへ向かった。
「なんだ今日は?何かの記念日か?」
テーブルに並んだ豪勢な夕食を見て、ダンテが口笛を吹いた。
いつもだって手を抜いているわけではないが、今日は自分でも感心するほどの出来だと思う。
ダンテは早々につまみ食いをしようとしているが、今日くらいは大目に見ることにする。
「明日か明後日にはね、家修理終わるんだって」
その言葉を聞いて、ダンテの顔から表情が消える。
ダンテの目線が背中に突き刺さるようだったが、気付かない振りをした。
買ってきたワインのボトルを手に取る。
ワインの赤を見ていたら、何故だかどうしようもなく悲しくなってきて、言いたくもないことばかりが口から出て来てしまう。
素直に寂しいと言えたらいいのに、言えない自分のこの気質が恨めしい。
「これで、この事務所とも晴れてさようなら、ってこと!」
「ま、割と楽しかったよ」
「ダンテも、小煩いのとお別れできて、」
言いかけた腕を強く引かれる。
咄嗟のことに対応できなくて、ワインのボトルが床へ落ちる。
ガラスと赤い液体が広がる。
「本当に、そう思っているのか?」
青い目に問い詰められて、一歩後退る。
その目を直視できなくて、は顔を逸らした。
「お前はすぐにそうやって逃げる」
「ちが…っ」
「だが生憎と、今日ばかりは逃がすつもりはないぜ」
ダンテの手が髪へと差し込まれ、後頭部に鈍い痛みが走る。
髪を後ろに引っ張られ、強引に上を向かされた。
「まあそのうちに、と泳がせてきたがそれももう限界だ」
「な…」
「言葉と身体で無理矢理にでも繋いでおかないと、分からねえってことだろ、?」
「ん、ぅ!」
上から降ってきたのはまるで獣のような乱暴なキス。
突然のことに頭がついていかないは、ただ翻弄されるばかりだった。
顎を押し下げられ、口内にぬるりと侵入してくる舌を止める術もない。
苦し紛れにダンテの胸を拳で叩くが、そんなもので抑えられる筈もなかった。
「好きだ、。お前が欲しい、欲しくて堪らない。他のはいらねえ、だから行くな」
キスの合間に聞こえるダンテの声が脳髄を侵していく。
こんなにも誰かに激しく求められたのは初めてだった。
いつもジョークばかり言っていたダンテの内に、こんな感情があることなど知らなかった。
頭が混乱する。わたしは、わたしはどうすれば。
ふいに、ダンテの手がの腰を撫でた。それがを朦朧とした意識から覚醒させる。
「い、や!!」
自分でもどこにそんな力が、と驚くほどの強さで、ダンテを突き放した。
がしゃん、と何かが落ちて割れる音がしたがそんなことに頓着している余裕などない。
そのまま、ダンテの顔を見ることもなくは逃げるように自室へと戻った。
(馬鹿…)
扉に寄りかかり、ずり落ちるように膝をつく。
心のうちで呟いたその言葉が、自分に向けられたものなのか、それともダンテに向けたものなのかは解らなかった。
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