ドアを開ければヤツがいる

「ちょっと!」


事務所へのドアを大きく開けて、の口から出た声はほとんど怒声に近かった。

ここ2,3日間は急な仕事で家(といってもダンテの家だが)を開けていた。
疲労困憊で帰ってきて、冷たい水でも飲もうとキッチンに向かって、愕然とする。
そこには、一週間前の悪夢の光景が広がっていた。
積み重なったピザの空き箱。トマトジュースの空き缶。
4時間以上かけてぴかぴかに磨き上げた床は、その面影ひとつ残していない。
これだから嫌なのだ、家の中で靴を履く習慣のある欧米人は!


「あれは、何!」


デスクにまるで王様のように座っているダンテを問いただすようにして、キッチンを指差す。
ダンテは黒い万年筆を指でくるくると弄んでいた。


「何って、キッチンだろ」
「違う!あそこはキッチンじゃない」
「何が違うんだ」
「一週間前のキッチンじゃない!」
「そりゃそうだろ」


まったく反省の色ひとつないダンテに殴りかかりそうになる拳を必死に抑えた。


「なんでゴミ片付けないの」
「片付けただろ」
「………そう。にしてもピザばっかり…!少しは自炊したらどうなのよ」
「ピザ美味いからな」
「そういう問題じゃない」


テンポの良い会話も、ひとつも心和む要因になりはしない。
はがしがしと頭を掻いて、キッチンへと向かった。
この男に何を言っても無駄だ。きっと人間の事情など悪魔様には取るに足らないことなのでしょうとも。
掃除などという些末事は!


「いいよもう…」


は疲れた身体を叱咤して、掃除を始めようと腕捲くりをする。
何故か後ろからついて来たダンテのことは無視だ。ここを掃除するのがどれだけ大変だと思っているのか。
反省して謝ってくるまで口を利く気はなかった。


、腹減った」


呆れ果てた。この期に及んでそんな事を言ってくるとは。
あのね、と怒りの形相で振り向くが、それ以上の怒声は出てくる事は無かった。
振り向いた先、ダンテの顔が余りにも近くて驚きで一瞬息が詰まる。


「お前の作った飯以外食う気になれねぇんだ」


でも腹は減るからピザ食ってた、と言ってダンテは笑った。
だから作ってくれよと、上目遣いで頼まれれば断り難いと知っている、この男は狡賢い確信犯だ。


「…掃除終わったら作るから、待ってて」


は白旗を上げた。
ダンテはよっしゃ、と子供のようにキッチンから出て行く。
その背を見送って、今日何度目かの大きな溜息をついた。


自分の作る料理を心待ちにしてくれる人が居るということに、驚くほどの幸福感が湧き上がったが、そんなこと絶対あの男には言ってやるもんかと思った。






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