久方振りにお城からお団子とお饅頭の注文を頂いた。朝、夜が明ける前からおばあさんと共に粉を練って饅頭を蒸かす。砂糖醤油のかおりと、甘い餡のかおりが食欲をそそる。腕が鳴るねえ、と笑うおばあさんはとても嬉しそうだ。も嬉しかった。自分のせいで、この先店がお城からご贔屓にされなくなってしまったらどうしよう、と心配だったからだ。

太陽が昇って間もない薄明るい空の下を、風呂敷につつんだ饅頭を抱えて歩く。作りたての団子と饅頭はほかほかと熱くて、暑い夏の温度と相まって背中に汗が滲んだ。
お城までは少しだけ登り坂になっていて、たくさんのお菓子を持って歩くのはちょっとだけ辛い。ふと、土に塗れた自分の足を見て苦笑した。あのひとのお嫁さんになるひとは、きっと足を土で汚したことなんて無いに違いない。

いつも、お城から注文があったときはおばあさんが持っていっていたから、はこんなにお城の近くに来るのは初めてだった。大きな門を眺めて、改めて驚く。ああ、彼はこんなに大きなお城の主様だったんだ。

戸を叩くと、大きな門の脇についている小さくて少しかがまなくては入れないような門が開いた。そこからひょっこりと現れた顔を見て、は酷く驚いた。


「お疲れさまー」


後ろに流したオレンジ色の髪と、灰がかった緑色の着流し。読めない笑みを浮かべて門から出てきたのは、以前茶屋での団子を注文してくれた男だった。まさか、お城のひとだったなんて。は挨拶をするのも忘れて、ぽかんと口を開けてそのひとの顔を見つめた。


「はい、これお代ね」


包まれた御代を差し出されて、慌ててそれを受け取る。持っていたお菓子の包みをひょいと受け取って中を確認しながら、、オレンジ色の髪の男のひとは「ああそうだ」と思い出したようにこちらを向いた。



「佐助」

「え?」

「俺様の名前。こっちだけちゃんの名前知ってるってのもなんかね」

「佐助様、ですか」



「やめてくれ、様、なんて身分じゃねえよ」と彼はひらひらと手を振りながら苦笑した。(失礼な話だけれども)その態度から、身分の高いひとだったりするのかな、と思ったのだけれど違うみたいだ。お侍ではないだろうけれども、小姓や下働きのひとでは無いような印象を受けたのだが。
佐助さんは、戸口に寄りかかって、何を言わずにただこちらを見ている。有難うございました、これからもどうぞご贔屓に。そう言って立ち去ってしまえば良かったのだけれど、以前あんな話をしてしまったからだろうか、何故か口からぽろりと言葉がこぼれてしまった。



「あの、このお団子を注文したのは…城主様、ですか」



胸がどきどきと高鳴る。これを注文してくれたのが幸村さんだったら、と。勝手な話だが、それでも。
けれど、佐助さんは少しだけ目を細めてこちらを見つめたあと、「違うよ」と静かな声で言った。
全身から一気に力が抜けた。そうか。違うんだ。幸村さんが言ったわけじゃ、なかったのか。
そうですか、と答えた声は、随分と小さく掠れてしまっていた。

気分が落ち込む。この期に及んで、僅かな望みにしがみ付いて期待していた自分が居たことに気が付いた。自分から避けておいて、なんてみっともない話だろうか。
懐から、小さな巾着袋を取り出して、佐助さんに差し出す。中に入っているのは、硬質で薄い円。いつか、幸村さんに貰った六文銭の一部だ。
佐助さんは首を傾げてそれを受け取り、中のものを指先で感じ取って眉を顰めた。



「あのこれ、以前城主様からお預かりしたものなんです」

「…で?」

「大事なものなのだそうです。渡していただけないでしょうか」

「なんで返すの?」

「わたしじゃなくて、他のひとが預かるべきものだって思うから」



佐助さんは、わたしの顔をじっと見て、そして手の中の巾着を見て、「…分かった」とそれを懐に収めた。預かったあの一文が佐助さんの懐に消えるのを見て、きり、と胸が痛んだ。胸元がすかすかと空虚になった気がする。
これは多分、これから幸村さんの近くに居るひとが持ってあげるべきものだ。もしくは、幸村さんの首元に戻らなくてはならないもの。それに、いつまでもこれを持っていたら、きっと自分は前に進めない。

「宜しく、お願いします」と深く頭を下げて、佐助さんの返事も聞かず、振り返らずに城を後にする。

じゃりじゃりと土を踏みしめて歩く足が速くなり、やがて知らぬうちに走り出していた。
終わった。これで終わった。そう言い聞かせても、喉が詰まって視界が滲む。草履の中に石が入って、足を踏み出すたびにずきずきと痛かった。





走り去る後姿を見ながら、戸口に寄りかかった男は溜息をついた。懐から取り出した巾着袋を見やって、思い切り眉を顰める。
「ああ、めんどくせえ。なんで俺様がこんな気を配らなきゃならねえんだ」
忌々しげな言葉と共に、小さな扉が乱暴に閉められた。








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(080813)