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縁日の意義どおり、社を参拝するひと。 通りに出る香具師たちの屋台を目当てに歩く者。 上田の城下はいつだって人で溢れている。けれど、今日は特別多い。 はあまりひとだかりが好きではなかった。だがどうしてだか、今日はそんなことは全く気にならない。 「今日は人が多い。はぐれぬようにな」 そう言って、とても優しい笑顔を向けてくれた幸村の掌は、温かくて少しだけ湿っている。 元居た世界にも、こういったお祭りがあった。雰囲気は同じだが、香具師の売っているものはまるで違う。 縁日とは関係ないような、あやしげなものだったり、良い匂いのする木だったり、綺麗な簪だったり。 中には、一体どうやって使うのかわからないようなものまで置いてあって、それに気をとられて店の前でついつい足を止めてしまう。 幸村はとくに急かすようなことはせずに、その歩調に合わせて歩いてくれた。 あれはなんだこれはなんだという質問にも、面倒くさがらずに答えてくれた。 その様子を見て、香具師のお兄さんが「ねえさんは、余程田舎から来たとみえる」と笑っていた。その言葉に応とも否とも答えられず、曖昧に笑って誤魔化した。 ぎゅうとしっかり手を握って引いてくれる彼の、半歩後ろからついてゆく。 気付かれないように、店を見ていない間はずうっと幸村の横顔を見ていた。 まっすぐに前を見て、背筋を伸ばして歩く彼は堂々としていてやっぱり格好良い。 視線に気付いたのか、幸村が横目でこちらに視線をよこしたので、あわてて目線を前に戻した。 ふ、と彼が笑った気配がした。 そこかしこに、楽しそうな親子、睦ましい夫婦、にこにこと笑顔が耐えない男女の姿が溢れている。 ふと、この中で自分と幸村とは、どのような関係として見られているのだろうかと考えた。 兄と妹だろうか。それとも… 「どうだいにいさん、隣のいい人に、綺麗な帯飾りでも買っていかねえかい」 唐突に、横から威勢の良い声がかかる。 いいひと。 その言葉に、顔が熱くなった。そうか、そう見られているんだ。 なんとも答えられず黙っていると、幸村が「見てみるか?」と声をかけてきた。 えっ、と内心悲鳴を上げながら幸村を見上げる。 いいひと、とはつまりは恋人同士ということだろう。まずそれを否定すべきではないのだろうか。 「ほれ、これなんてどうだい。そちらのねえさんには、珊瑚のがよく似合うと思うんだけどさあ」という香具師の言葉に、幸村も「そうだな」なんて頷いているものだから、どこから突っ込んで良いやらわからなくなる。 そのうちに、これは買ってくれそうだと思ったのだろうか、香具師のお兄さんがどれひとつ着けてみなよと珊瑚でできた綺麗な飾りを、こちらへ差し出してきた。 にはこちらのものの金銭的価値というものがよくわからないのだが、どう見ても値が張る一品だ。 幸村がとても仕立ての良い着物を着ているから、こんな高価そうなものを勧めてきたのだろう。 「あ、あの、わたし結構です。幸村さん行きましょう!」 このままでは、幸村が流れに任せてそれを買うと言いかねない。 その前に退散しなくては、と半ば強引に幸村の手を引いて、はその場を立ち去った。 幸村は少々驚いたような表情をしながらも、特に抵抗はせずにそのままついてきた。 「ど、どうしたのだ殿」 「だってあのままじゃ幸村さん、ぽんと買っちゃいそうで」 「あの飾りは、お気に召さぬか」 「そ、そうじゃなくて…」 ずれた言葉を返す幸村に向かって、「そんな、買って頂く理由もありませんし…」と呟くと、彼は少しだけ悲しそうな顔をした。 それを見て、胸が痛む。だってそうじゃないか。恋人同士でも兄妹でもなく、城主様とただの水茶屋の娘なのだから。 その後、ご縁日の本当の目的である社への参拝をして、また香具師の店をぶらりと見てまわって、気が付けば空も赤く日が暮れようとしていた。 「そろそろ戻らねばなるまいな」 烏が黒い点をつける赤い空を眩しそうに見上げて、幸村がぽつりと言った。 ああ、もう終わりなのか。あっというまの時間だった。 「そうですね」と同意する声が思ったよりもずっと落胆したような響きを伴っていて、それを聞いた幸村がすこしだけ強くぎゅうと手を握った。 「名残惜しいな」 今が夕暮れでよかった。赤くなった顔に、気付かれずに済む。 ぱらぱらと、境内に集まっていた人々が散っていく。 夜になっても、提燈に火を灯してまつりは続くのだろうが、さすがに親子連れなどは帰り支度を始めていた。 ゆこう、茶屋まで送る、と幸村が手を引く。 道に伸びる二人の影が、とても長い。 露天の店もまばらになってきたところで、幸村が突然手を離して、ここで待っていてくだされ、と言って傍を離れた。 どこへいくのかと見ていると、子供の玩具を並べている香具師のところで何やら話をしている。 言われたとおり大人しく待っていると、話を終えた幸村がこちらへと駆け戻ってきた。 その手には、先程までは無かった、赤と橙色の混じった風車が握られている。 「これを」 「え?」 「殿に」 すい、と差し出されたそれを取り敢えず受け取る。同じように、風車を手にした子供が横を走り抜けて行った。 どうしてこれを自分に渡すのか、どうして風車なのか、からからと回るそれを手に幸村を見上げる。 幸村は、少しだけ迷ったような表情をしたあと、ふ、と口元を緩めた。 「何か、今日の記念にと思ったのだ」 「記念?」 「某とここへ来たこと、それを忘れぬように」 本当はあの珊瑚の飾りをと思ったのだが、と幸村は頬を掻いた。 からからと風車がまわる。 「その風車ならば、受け取って貰えるだろうか」 少し不安そうにこちらを見つめる彼が、突然とても可愛らしいひとに思えた。 あんな高価なものは貰えない、そう言わたのだと思って、それならばとこんな童の玩具を買ってくれたのだ。 正確に言えば高い安いの話ではなかったのだが、今度は素直にそれを受け取った。 「ありがとうございます。今日の思い出、ですね。大事にします」 「…!」 ほっとした顔で、幸村は笑った。沈みゆく夕日のせいだろうか、その笑顔がとても眩しくて、も笑った。 手を繋ぎなおして、茶屋への道をことさらゆっくりと歩く。 また来たいな、と呟くと、また連れてこよう、といういらえがあった。 気持ちの良い風に吹かれて、風車が音を立てる。 繋がれた手が、わかれを惜しむように強く絡まる。 夕日にひかる幸村の髪が、まるで炎のようだとは思った。 <<< >>> (080402) |