が世話になっている老夫婦のやっている店は、水茶屋、というものらしい。
ちょっとしたお腹にたまる食事も出すし、お茶や菓子なども扱っている。
喫茶店のようなものだと思う。
お茶や団子などは、おばあさんとおじいさんが一緒に作っていて、の役目は、それをお客さんに運ぶこと。まあ、ウェイトレスのようなものだ。
大して役に立ててはいないような気がして申し訳ないのだが、老夫婦はとても喜んでくれている。
馴染みの客もの顔を覚えてくれて、少しずつこの町とも打ち解けてきたような気がした。

ある日、おばあさんから初めてこんな提案があった。
「うちで出すお団子なんだけどね、つくってみる気はないかい?」
おばあさんの作る団子は、このへんでもとても好評のようで、これを目当てにやってくる人がたくさんいる。
その作り方を、教えてくれるというのだ。
勿論、こんな有難い話はなく、一も二も無く「是非、お願いします!」と返事をした。
その日から、おばあさんとの特訓が始まった。

たかが団子、されど団子。
これがなかなか難しいのだ。
おばあさんの作る団子は、ふわふわ柔らかくて本当にマシュマロのようだ。
だが、どうしてだかが作ると、なんだか固い、ちょっと粉っぽい団子が出来てしまうのだ。
勿論、成功することもある。しかしそれはおばあさんが傍らに居た時であって、ひとりで成功させられなくては全然意味がない。

それでも、が団子作りに四苦八苦していることを知っている馴染みの客は、たまにおばあさんの作る団子ではなくて、の団子を注文してくれる。
勿論店の品書きには載っていないのだが、「どれ、どのくらい上達したのか見てあげるよ」とからかいながら、不恰好な団子を食べてくれるのだ。   
こうなると、ますます頑張らなくてはという気持ちが湧いてくる。



その日は、また馴染みのお客さんが「暫くぶりにちゃんの粉っぽい団子でも頂こうかね」とやってきた。
時間がかかる上に然程美味しくないそれ(それでも結構上達したのだ。おばあさんのお団子の足元にも及ばないけれど)を注文してくれる人足のおじさんは、口ではさんざんけなしながらも、あれこれとアドバイスをくれるし、何よりその表情がとても優しい。
「おいしくないって文句言わないでくださいよ!」と軽口を叩きながら、自分でもちょっぴり恥ずかしい不恰好な団子を出した。
おじさんは、やっぱりその不恰好な団子に一言二言文句をつけてから、それでもとても優しい笑顔で粉っぽいであろう団子を口に運んだ。
貰った感想は、やっぱり「少し粉っぽい」だった。


、ちょっとおいで」

「はあい。おじさん、粉っぽいとか言ってそれ残しちゃだめだからね!」


おばあさんの呼ぶ声に応えて、店の奥へと入る。入れ替わりに、おじいさんが店へと出て行った。
「こっちだよ」と言っておばあさんが見せてくれた鍋の中には、たくさんの小豆。
今日は、餡子の作り方を教えてくれるらしい。
本格的な作り方は、あとでちゃあんと教えてあげるから、とにかく今は見なさい。
見るだけでもけっこう勉強になるものだよ、とはおばあさんの口癖だ。
こうして、仕事の合間を縫って、おばあさんは色々なことをに教えてくれる。

甘いにおい。薪の弾ける音。
外からは、お客さんに対応するおじいさんの元気な声が響いている。



「いらっしゃい!…ああ、これはこれは…!」

「いつもの団子を、五つばかり包んでくれぬか」

「へい、かしこまりまして」

「おりん殿は息災か」

「ええ、幾つになっても口ばかり元気で困っているところでェさ…おおい、お前」

「いや、良い」



店からおじいさんがおばあさんを呼ぶ声がしたが、おばあさんは鍋で煮ている餡子を見ていてそれに気付いていないようだ。
のれんをくぐって、おじいさんが顔を出す。



「団子を五つだ。おい、真田様がいらしているぞ」

「あらあら!ちょっとこれ見ていておくれ」



ようやく気付いたおばあさんが、手を拭きながら急ぎ足で店のほうへと出てゆく。
誰が来ているのかと様子を伺おうとしたが、紺色に染めた暖簾が邪魔で見えなかった。
偉いひとならば自分も出て挨拶のひとつくらいするのが礼儀であろうが、おじいさんから声がかからなかったところをみると、出て行く必要は無いのかもしれない。

おじいさんとおばあさんの笑い声と、お客さんの声がここまで聞こえてくる。
こういう時に、少しだけ寂しさを感じる。
おじいさんとおばあさんには、たくさんの知り合いがいる。
店の馴染みのひと。お向かいの奥さん。遠くの町からやってくるひと。
けれど、違う世界からやってきたにとっては、知り合いといえば世話になっている老夫婦と、よくお店に来てくれる馴染みのお客さんだけだ。

鍋の中の小豆をつつきながら感傷に浸っていると、おばあさんが団子を包みに店へ戻ってきた。
おばあさんお手製の美味しい団子を五つと、そして…


「え、それ、あたしの…」


の作った、粉っぽいと評された団子を一つ。
間違えているのかと思ったが、おばあさんは首をひとつ振って「真田様からのご注文だよ」と笑った。
え、え?と焦るを尻目に、おばあさんは手際よく団子を包みさっさと店の方へ出て行ってしまった。
暫し放心した後におばあさんの言葉をもう一度考えて、さあ、と血の気が引いた。
そんなまさか、真田「様」だなんて偉そうな身分のひとに、あんな粉っぽいお団子を…!



「あ、え、ちょっと待って、うわ」



おばあさんを追いかけるように急いで菜箸を卓に置いて台所から出ようとしたが、無造作に置いたために菜箸が下へ転がり落ちてしまった。
「ああもう」と悪態をつきながら急いで戻り菜箸を卓の上へ拾い上げ、のれんをくぐって店へ出る。
丁度、おじいさんとおばあさんが店の外の方で頭を下げているところだった。
『真田様』とやらの姿は見えない。
「これ、店の中でそんなに埃を立てるものじゃねえよ」
というお客さんからの言葉も耳に入らず、外に走り出した。



「だ、誰が買ったんですか、あんなお団子…!」

「それ、そこを歩いてらっしゃるだろう。あれが真田様だよ」



そう言って、おじいさんが指さしたその先の人物の後姿。
それを見て、は声無き悲鳴を上げた。

ぷらぷらとその手に下がる笹の包み。茶色い髪に揺れる尻尾のような襟足。
の脳裏に、薄暗い朝の空の下、風をまいて駆ける馬上の青年の姿がよぎった。

ああ、あの人は、そんな、まさか、まさか!



「ああああ……っ」



両頬に手を当てて力なくしゃがみこんだに、「の団子は粉っぽい」と評価を下した馴染みの客が、おい大丈夫かと声をかけた。

大丈夫か、ですって?そんなこと、聞かないで!










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(080326)