朝起こせよ。絶対起こせ。

の恋人である男がよく言う台詞のひとつが、それだ。
彼は朝が壊滅的に弱いらしく、一限の講義に出れた回数なんて数えるほどしかない。
朝起きられないのならば夜早く寝ればいいのではないかと思うのだが、寝付けないとかなんとか言いながらいつも深夜まで起きている。
時折それに付き合わされて自身も寝不足になったり、朝のほうが近いくらいの時間にベッドに潜り込んで来た彼のせいで目が覚めてしまったりと、正直ちょっと、いやかなり迷惑を被っている。

昨夜も彼…トラファルガー・ローは午前3時も過ぎたころにベッドに潜ってきて「明日の朝起こせ」の一言のためにを起こした。
ならこっちが眠る前にそう言ってくれと思うけれど、注意したって直る気配もないからもう諦めた。

そして朝。
大学の一限目よりも早い時間に学校が始まる小学生達が、朝から大騒ぎしながら登校している。その声とテレビのニュースをBGMに、昨夜「絶対起こせ」と凄んでみせた男は布団を頭の上まで被って徹底抗戦の意志をに示していた。


「ロー、起きて!おーきーろー」
「…まだ早ェだろ…」
「あと三十分で講義始まるよ!ご飯どうするの、わたしもう食べたよ」
「飯いらねぇ…」


だからあと十分、とまるで子供のような駄々をこねて、彼はさらに布団に潜った。
このまま放って置いたら、確実に彼は昼まで惰眠を貪るだろう。そして昼過ぎにの携帯に電話がかかってくるのだ。「お前、なんでおれを起こさなかった」と。
理不尽な話だとは思うのだけれども、起こさなかったときに被る被害を考えると、ここで諦めるわけにはゆかない。


「ほら、起きる!」


ぐい、と布団を引っ張るが内側でローががっちりと掴んでいるらしく、剥がせない。
ぼんぼんと叩いてみても無反応。本当に、徹底抗戦の構えだ。
枕元で思い切り目覚ましのアラームを鳴らすと、布団からにゅうと伸びた腕が叩き壊しそうな勢いでアラームを止めて、そうして布団の中に引きずり込んでしまった。


「ねえ!起きて!講義行くんでしょ」
「あァ…行く…」
「じゃあ起きる!はい!」
「んん…」
「講義出欠取るんでしょ!誰かに代返頼む?」
「…嫌だ…」
「じゃあ起きろ!」


ローの頭のあたりをぼんと叩くが、やはり無反応だ。こいつ、絶対起きる気がない。

もういい、諦めよう。たとえローが欠席したってそれは彼の自業自得というものだ。
そう思って、自分自身の準備を始めた。ローの講義とは別だが、も今日は一限目から講義がある。いつまでもこいつにかかりきりになって自分が遅刻したんじゃ格好がつかない。

完璧に準備を終えて時間を確認すると、講義15分前だった。幸いアパートから大学までは5分の距離だ。十分間に合うだろう、は。けれどおそらくローは、アウトだ。

家を出る前に、ローに最終確認をする。


「ロー、あたしもう行くよ。今起きないんだったらもう起こさないからね」


枕元で身をかがめながら念を押すようにそう言うと、まるで蓑虫のように布団にくるまっていたローが、ようやくもぞもぞと顔を半分だけ覗かせた。
目の下の隈が酷いのはいつものことだが、半目で睨むような顔が、とても怖い。
本人としてはそんなつもりは全くないようだけれども、素で目つきが悪いのだ、この男は。


「起きた?」
「……あー…」
「もうあたし行くからね」
「…今何時だ」
「あと15分で講義」
「……間に合わねェじゃねえか…」
「ローはね。お弁当テーブルの上にあるから」


じゃあね、と言い残して立ち上がろうとすると、がし、と腕を引かれる感覚があった。
見ると、ローの刺青の入った浅黒い腕が伸びて、こちらの腕を掴んでいる。
はなせと言う間も与えず、彼はその腕を思い切り引っ張った。

「ちょっ、ちょっと、倒れる!」

間抜けな声を出しながら、あたしの身体は成す術もなくベッドの上に倒れこんだ。
倒れこんだあたしを抱えながら、ローは眠そうな目のまま薄笑いを浮かべている。正直、不気味だった。


「ちょっと、あたしもう行くんだけど」
「どこ行くんだよ」
「講義!」
「おれは間に合わねえのにお前だけ出席なんてずるいだろ」
「はあ!?」


どこまでも理不尽で俺様思考の彼にあきれ果てながら、その額をはたく。
「いてぇ」と痛くもなさそうな顔をしたローは、何を思ったのか布団を捲って、その中にを引きずり込み始めた。


「だからもうあたし行くんだって!」
「今日は欠席だ」
「勝手に決めるな!」


ぎゃあぎゃあと抗議している間にも、ローは長い手足を使ってこちらの身体を完全に拘束する。寝起きで温かいローの体温と温い布団はとても気持ちがよいが、それに流されるわけにはいかない。
必死で抵抗するあたしを抱え込んで、彼は「寝るぞ」とそれがまるで決定事項であるかのように言い放った。


「いや寝ないから」
「寝ろ…」
「寝ないから!」


抱きかかえられてもまだ抵抗していると、ローが小さく舌打ちをして、あろうことか綺麗に結ばれていたあたしの髪に手を差し入れてぐっちゃぐちゃにかき回し始めた。
これには流石に本気で悲鳴を上げた。

シュシュを取って床に放り投げ、手に当たったピンを邪魔そうに引き抜いてはそれも無造作に放り投げる。
髪を指で梳きながら、邪魔なピンやゴムの類が全てなくなったのを確認して、ローはもう一度「寝るぞ…」と言った。

朝にセットした髪が無残な姿になったのを感じて、はとうとう観念した。
たぶん、講義までは残り10分。今から髪を直していては間に合わないが、ぼさぼさのまま行くだなんて絶対いやだ。


「いい加減諦めたか」
「…最悪だ…」
「結構じゃねえか。寝ようぜ…」


こちらがもう諦めて抵抗をやめたのを確認すると、ローは羽交い絞めにしていた腕や足を解いてごそごそと布団の中に潜り、今度はこちらの胸に埋まるようにして抱きしめてきた。
を抱き枕にして寝るつもりなのだ、この男は…。

はああ、とこれ見よがしに深い溜息をつきながら、ぐちゃぐちゃになった布団を綺麗に掛け直そうと動くと、抱きしめる力が強くなった。
見ると、胸元に顔を埋めていたローが上目遣いというには凶悪すぎる、むしろ睨みつけるような目でこちらを見上げていた。


「……まだ諦めてねえのか…」
「布団かけるだけだってば」


動きにくい身体でなんとか綺麗に布団を直すと、ローがぼそぼそと何かを呟きながら抱きしめる力を強くした。


「なに?」
「ねみぃ…」
「あっそ」
「あったけえ…」
「はいはい。もう起こせってあたしに頼まないでよ、絶対起こさないからね」
「…そんなん知らねえ…」
「絶対起こさんからな」
「…んん……」


悪態をつきながらも、布団のあたたかさと、それから離さないと言わんばかりに抱きついてくるローにちょっとだけ幸福感を感じる。
ローと違っての出席は皆勤賞並みだったしまあ一日くらいいいかなと思ってしまうは、結局のところ彼に甘いのだろう。


「…ずっとこのまま死ぬまで寝てえ…」
「ひとりで永眠してください。あたしはやだ」
「……墓場まで引き摺り込んでやる」
「絶対やだ」


擦り寄ってくる様子がまるで猫みたいでちょっとだけかわいい。
頭に掠める程度のキスを落とすと、胸元でローがくつくつと笑った。
短い髪を撫でてやったら、かすれた声が「やべぇ、まじで寝そうだ…」と小さく呟く。
これで暴君みたいな性格じゃなければもっとかわいいのに、と思ったが口には出さなかった。






眠り王子







「あのさあ…ロー…」
「なんだよ…」


ちょうど一限目が終わったときに、の携帯が軽やかなメロディでメールが届いたことを知らせた。と同じ講義を取っていた、キッドからのメールだった。
それを見て、なんというか、絶望した。


『ぬきうち小テストみたいなやつやったぞ』


句読点もない、飾り気のないメール本文を覗き見て、ローが喉の奥で笑った。
こいつもう、絶対起こしてやらない。
絶対絶対、起こしてなんかやらない。

はこの日、そう心に誓った。






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