(現キッドクルーである女の子が過去へトリップしたとき。まだキッドが誰も信じない独裁者であった頃のおはなし。という名のパロディ)







「ほっとけ。大方、前から逃げる算段でもつけてたんだろうよ」


そう言って、目の前で悠々と足を組み、頭の後ろに腕を回した男を、わたしは信じられない気持ちで見ていた。
ドレッドと、数人のクルーが買出しから帰ってこない。
きっと、どこかに寄り道しているんだろう。最初はそう思っていた。けれど、彼等が買出しに出てから、既に一日半が経過している。
他に街に出たクルーも、彼等の姿を見ていないと言う。
どう考えても遅すぎる、心配だから探しに行こう。
そう言ったわたしに一瞥もくれることなく、赤い髪の彼はそう言い放った。


「え、なんで、逃げるとか」
「元々、叩きのめして無理矢理船に乗せたような奴等ばかりだからな」


おれはもう寝る、あっちいけとばかりに、彼…キッドは手を振る。


「え、いやそんなことないでしょ」


わたしのキッド海賊団…つまり未来でのドレッドは、心底キッドに惚れていた。
彼が海賊王になると信じてついてきていた。
ここが過去の世界だというのならば、キッドが言うように叩きのめして無理矢理、嫌々ついてきたなんてこと、無い筈だ。


「減った分はまた足しゃァいい。おれは寝る。テメェもとっとと…」
「ちょっと待ってよ」
「あん?」
「ドレッドはそういう奴じゃない。てか今の言い方気に入らない」
「なんだよ…おれに説教でも垂れる気か?ああ?」


キッドは口答えをされたことに苛立ったようで、口の端を歪めながらあの赤い眼で睨んできた。
彼の目は怖い。
けれど、自分の怒りのほうが大きかった。

減った分は、また足せばいい?

聞き捨てならない。それじゃまるで…


「クルーを、ものみたいに」
「何が違う。クルーはおれの物だ」
「違うよ。クルーは物じゃなくて、あんたの…」
「おれの駒だろ」
「仲間でしょ!」

「…くだらねえ」


張り上げた大声に、一瞬驚いたように目を見開いてから、キッドはそう吐き捨てた。
しん、と部屋を静寂が支配する。


「…何でもいい。とっとと出てけ」
「やだ」
「あ?」
「撤回して」
「して、どうなる」
「撤回して!今の言葉!」
「うるせェ女だな…」


ここで捨ててくぞ。
キッドが、吐き捨てるようにそう言った。
そこで、わたしは完全に頭に血が上ってしまった。ようするに、キレた。
視界が狭まり、頭が胸が目頭が一気に熱くなる。息が上がって、心臓が早馬のように鳴った。
がつがつがつ。
靴音を大きく鳴らしながら、悠々と足を組むキッドの元に向かう。
自分が何をしているのか、考える余裕もなくなっていた。


「あ?…なんだてめ」
「歯ァ食いしばれ!」
「!!」


ぶん、と風を切って繰り出された第一打は、あっさりと彼の大きな手によって阻まれる。
続けた二打目も、すい、とかわされた。


「テメェ…死にてェらしいな」


歯を食いしばり、獣のような唸り声を上げたキッドが立ち上がる。
わたしよりもずっとずっと背の高い男が、視線だけで殺せそうな威圧感を持って圧倒しようとしてきた。
けれど、その姿を見ても、恐怖のかけらすら沸いてこなかった。
畏怖も、恐れも。何も。
あったのはただ、怒りだけだ。

蹴りを入れてやろうと伸ばされた足はあっさり掴まれ、ふわ、と身体が浮く。
視界がぐるりと回って、轟音と共に背中に熱さと息苦しさを感じてから、ああ、自分はぶん投げられたのだ、と気が付いた。
壁に叩き付けられて、息が止まり、苦しさに喘ぐ。
それでも怒りは全く消えず、わたしはまた彼に向かって突進した。そうして、また投げられる。


「どうした、キッド!」


音に驚いてやってきたキラーが、扉を勢いよく開いて、キッドとわたしを見比べる。


「この女、此処で死にてェらしい」
「お前がいっぺん死んで来い、バカキッド!」
「ああ!?」


キッドの額に青筋が立っていた。わたしの額にも立っているだろう。
キラーは手を出すことも無く、とりあえずは静観することにしたらしい。けれど今はキラーの動向なんてどうでもよかった。あいつがキッドに味方するつもりなら、キラーも一緒にぶん殴ってやる。そう思った。
打ち付けた腰をさすりながら立ち上がり、目の前の赤い男を睨みつける。


「ふざけんじゃないわよ…」
「そりゃこっちの台詞だ、クソ女」
「おれの駒、ですって…」


たら、と何かが口の端から流れてきた。
手で乱暴に拭うと、そこについたのは赤い血。口の中が切れてしまったらしい。
いつもは嫌いじゃないこの赤も、今はとてつもなく憎々しかった。
頭も打ったせいで、ふらふらと足もおぼつかない。


「……なわけない」
「あ?」
「あんたなんかが、海賊王になんてなれるわけない」
「……もういっぺん言ってみろ」


!と、キラーが大きな声でわたしを止めようとする。
それは、禁句だった。
元の世界、未来のキッドにとっても、その言葉だけは禁句だった。
目の前の、過去のキッドにとってもそうだったのだろう。
でも、今はそんなこと構っていられなかった。

キッドは、あんな凶悪な顔をしていたけれども、誰よりもクルーを大切にしている男だった。仲間という言葉の意味を、に教えてくれたのも彼だった。
いつだってその両腕で、みんなを守ってくれていた。

だからこそ、心の底から、思う。
こいつが、目の前のこいつが海賊王になんてなれるわけが、ない。


「あんたみたいなチンピラが、海賊王なんてなれるわけないって言ったのよ!」
「…死にたがりが、望み通りにしてやるよ」


大きな手がにゅう、と伸びて、わたしの襟を掴んで持ち上げた。
標準よりもずっと小さいわたしの身体は、彼の腕一本で簡単に宙に浮く。
もう一本の腕が、喉を掴んだ。
ぐ、と気道が狭まる。


「…あ、ぐ…!」
「このまま海に捨ててやる」
「…っ、」


息が苦しい。
涙が滲んで、視界が歪んだ。

脳裏に浮かぶのは、キッドのことだ。
当然、この目の前の腰抜けのことじゃない。
青い海を従えた赤い海賊。
強くて、強くてかっこいい、世界一の海賊。
わたしの、海賊王。


「…あ、あたしの、キッ、ドは」
「あ?誰がテメェのだ」
「あたし、の、惚れた、キャプテン、キッドは、」


黙ってついて来い、
おれがお前に、世界を見せてやる。

そう言って振り返った、逆光の中で、赤い唇が弧を描く。
背中は大きく、なんでも背負ってしまえそうだった。
きらきらと光を弾いた海面が、彼を祝福する。海の王たれ、と。


「き、きらきらしてて、まぶ、しくて、おっきくて、あ、あったかくて」
「…なに言ってんだ、テメェ」
「自由と、海が、似合って、つ、つよくて、かっこ、よくて、みんなを守って、くれて」
「…」
「この、ひと、なら」


この人なら、連れて行ってくれる。
世界のどこでも、行けないところなんてどこにもない。
不敵な笑顔で何もかも蹴散らして、豪快に笑い飛ばして
その大きな手と力強い腕でわたしたちを守って、導いて
世界の全てを手に入れて、わたしたちに見せてくれるのだ。
それこそが、わたしの、わたしたちの、ユースタス・"キャプテン"・キッド。


「だから…っ、むかつくのよ、あんた、」


喉を掴む大きな手に、爪を立てる。
少しだけ、その力が緩んだ。


「キッドと…あのひとと同じ顔で、同じ声で、」


ぎゅうと閉じた目を見開く。
涙が溢れて落ちた。涙の消えた眼球が映し出す景色は、クリアだ。


「クルーも信用できないくそったれのチンピラのくせして、海賊王なんてデカイ口叩いてんじゃないわよ!」
「…っ!テメェ…!!」

「あたしが惚れた海賊王は!!キャプテン・キッドは!!!」


コップから水が溢れるみたいに、声が溢れた。
奥歯を噛み締めながら、虚をつかれた様子のキッドを睨みつける。
握った拳がギリリと鳴った。



「てめえみたいなケツの穴の小さいチンピラ男じゃねえええ!!!」



ぶん、と最後の力を振り絞って繰り出した拳は、目の前の男の頬に鮮やかにめり込んだ。

喉を掴んでいた手が離れて、も地面にべしゃりと落ちる。
ようやく酸素を吸い込み肺がふくらんで、激しく咳き込んだ。

涙目になりながら、キッドを見る。
彼は、呆然といった表情で、目を丸くしてこちらを見ていた。
元々肌が白いせいか、殴られた頬の赤みが酷く目立っている。

わたしは咳き込みながらも立ち上がって、その赤い眼に背を向けた。
足を引き摺りながら、扉へと向かう。


「…どこへ行く」
「ドレッド達、探しに行くの!」


静かなキラーの声にそう言い捨てて、わたしは船室を飛び出した。









(091127)