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初めて話をしたのは、忘れもしない夕暮れの廊下。 その日、わたしは生まれて初めて書いた、ラブレターなるものを好きな人の机に入れた。 彼の机の前に立つのもどきどきして、過呼吸になるんじゃないかと思いながら机の中へ。 赤くなる頬を隠しながら帰ろうとすると、キッドとすれ違った。 わたしとキッドは仲が良いどころか同じクラスだというのに話したことも全くなくて、挨拶するのも微妙なくらい接点がなかったから、そのまま何事もなかったかのようにスルー。 けれど、少し廊下を行ったところで、キッドが「おい、」と声をかけてきたのだ。 その右手の中にあったのは、さっきわたしが、トラファルガー君の机の中に確かに入れたはずの手紙だった。 「これ、入れ間違ってるぞ。あれはおれの机だ」 トラファルガーの机は、ひとつ後ろだ。 にや、とあからさまにからかっているような顔をしたキッドの髪は、夕焼けと同じ紅色だった。 彼と彼女の 「ほら、早く撮って!」 「うるせぇな…わーってるよ」 デジカメをキッドの手にきつく握らせて、わたしはその大きな背中をばしんと叩いた。 いってえ、という抗議の声は黙殺する。 「はやく!今!ちゃんと撮ってくれないんだったら今日お弁当なしだからね!」 「あーはいはい」 「ほら今!見た!?シュートしたよ…!」 「んな急に撮れっかよ!」 わたしの秘密。トラファルガー君への恋心。 それを知ったキッド君は、わたしに「協力してやろうか」と悪魔の囁きを投げかけた。 交換条件は、毎日キッドのお弁当をつくること。 実家が定食屋をやっていることもあって、クラスの中では一応料理上手な女子としての地位を確立しているわたしと、毎日菓子パンでお昼を済ませていたキッド。 キッドはトラファルガー君と腐れ縁のようなものらしくて、いつも一緒につるんでいる。 そんな二人の利害が一致して、キッドはわたしの恋を取り持ってくれることになったのだ。それが、つい2ヶ月前の話。 「ちゃんと撮れた!?」 「あー撮れた撮れた。つーかよ、なんで写真なんか…しかも体育の時まで撮る必要あんのか?」 「ある!写真欲しいんだもん!」 「自分で撮れよ…こんぐれえ」 「だ、だって…」 自分で撮ると、下手糞だから全部ブレちゃうんだもん… 俯きながらそう告げる。トラファルガー君を見てるだけでいっぱいいっぱいで手が震えるんだ。写真なんてとても無理だ。 とにかく、出来る限り無限大数枚の写真を撮って欲しい。 そうしつこく念を押して、は女子のチームに戻った。 面倒な体育の時間が終わって、昼休み。 弁当寄越せとやってきたキッドの袖をぐいとひっぱって、耳元でこっそりと件の写真について尋ねる。 「撮った?!」 「あー」 「見せて!」 「ほらよ」 「ちょっと全然いいショット撮れてないじゃん!へたくそ!」 「ピント合ってるだけマシだろうが。文句あんなら自分で撮れ!」 「てか何これ!女子の写真じゃん!」 「野郎ばっか撮ってられっかよ」 「今日のお弁当ハンバーグだけどいらないの?」 「…」 口をへの字に曲げたキッドに、自分よりも一回り大きい弁当箱を渡す。 それと一緒に、デジカメも押し付けて、「トラファルガー君のご飯風景撮って来て!」 と命じ…いや、お願いした。 「くそ…何が楽しくてトラファルガーの写真なんか…」 「そういえば今日はプリン付きだったのですがーどうしますかね」 「寄越せ」 「できれば目線をこっちに向けてる写真撮ってね!」 「めんどくせえな」 そう言いながらも、キッドはちゃんと撮って来てくれる。 見た目とは違って、案外優しい人間なのだ、このユースタス・キッドという男は。 がさつで口も悪いけれども、意外にもフェミニストで気のきくところを、は大いに評価している。 元々そんなに男子と仲良くできるほうではなかったけれども、キッドに関しては、あるいは女友達よりも素直にものを話すことが出来る関係になっていた。 「綺麗に撮れてたら、明日キッドの好きなおかずにする!」 「肉」 「肉はいっつも入ってるじゃん」 「角煮」 「かっこよい写真できたらね!」 「おい、ユースタス屋早くしろ」 向こうからそんな声が聞こえてきた。 間違える筈がない。 トラファルガー君だ。 彼は教室の入り口に背を凭れさせて、呆れたような顔でこちらを見ている。 みて、いる。 と、トラファルガー君が。 こっち、を。 途端に顔がぼんと赤くなった。 キッドの影に隠れるようにして、小声で「こ、こっち見たよ!」とキッドに伝える。 上から、「はぁ…」と呆れた溜息が降って来た。 「こんなんでいちいち赤くなんなよ…」 「だ、だって…!!」 「あーわかったわかった。」 「そのカメラがあたしのだってこと、言わないでよ!」 「わーってる」 キッドが「今行く」と言って、わたしの席から離れていく。キッドが離れたことで壁が失われ、トラファルガー君の姿がばっちり見えた。 彼は相変わらず扉のところに寄り掛かって腕を組んでいる。 その様子すら、ひどく様になっていてかっこよかった。 ちら、とトラファルガー君の視線がこちらに向けられる。 そうして、あろうことか、にやりという笑顔が、わたしに、む、向け、 「〜〜〜!!」 咄嗟に顔を背けてしまう。 トラファルガー君とキッドの話し声が、だんだん遠ざかっていくのが分かった。 まだ、耳がじんじんと、熱い。 利害関係 「なんだそりゃ、写真部にでも入ることにしたのか、ユースタス屋」 「るせェな、趣味だ趣味」 「おれは野郎に写真撮られる趣味はねェ」 「黙って食ってろ」 から預かったデジカメで、おれは面白くも何もない野郎の写真を撮りまくった。 最初は気にしていなかったトラファルガーも、途中から「きもちわりい」と盛大に顔をしかめている。 きもちわりいのはお互い様だ。 何が楽しくてこんな奴の写真なんか。 「うお、今日もすげえな!」 いつもトラファルガーの周りをちょろちょろしてるキャスケットが、おれの弁当箱の中身を覗き見て声を上げた。 まるでどっかに注文したような本格派の弁当だ。 の家は定食屋をやっているから、あいつも相当料理が上手い。 「そういえばユースタス屋、お前なんでに弁当頼むようになったんだ」 「それ、おれも気になってた」 「家が近ェからだ」 「言うほど近いか?」 「うるせェな、テメェはさっさと自分の焼き蕎麦パン食ってな」 ここで、「お前も頼めばいいんじゃねえか」とトラファルガーに言えば、こいつは「そりゃ名案だ」なんて言いながらあっさりとに話しに行くだろう。 そうしても、あの顔を真っ赤にさせながら二つ返事でYESと返す。 そうした方がにとっては良い結果になるだろう。 それは十分に分かっているが、おれの口からはその言葉は出なかった。 理由はひとつ。トラファルガーにあいつの弁当を食わせたくねえからだ。 「おい、もう撮んな。キモイんだよ」 「おれの勝手だ」 なんだってこんな、言わば「恋敵」の写真なんて撮らなきゃなんねえんだ。けれどさっきのの赤い顔と、恥じらいながらも懸命な様子を思い出すと無碍にも出来ない。 おれは半分自棄になってシャッターを押し続けていた。 とっととメモリが一杯になって、撮れなくなっちまえばいい。 馬鹿なことをしていると、自分でも思っている。 最初、に「協力してやろうか」と申し出たときには、こんなことになるなんて思ってはいなかった。 面白いものが見れるかもしれないという好奇心と、それから料理上手と名高いの弁当が食ってみたかった、というただそれだけのはずだった。 それが… 『トラファルガー君がね』 『い、いま、こっち見た!』 『今日、トラファルガー君と挨拶できたよ!』 あろうことか、トラファルガーを想って一喜一憂し顔を赤らめ、どこの漫画だとつっこみたくなるくらいの初心な反応を見せるに、惚れてしまうなど。 こんなこととっとと終わりにしようと思いながらも、ここで関係が途切れてしまうことを恐れて、結局ずるずると引き摺ってしまっている。 「なあ、ユースタス屋ァ」 「あんだよ」 「それ、本当にお前のデジカメか?」 焼き蕎麦パンに食らいつきながら、トラファルガーがじろりと探るような目線を寄越す。 それを睨み返しながら、「…そうだ」と答えた声は自分が思ったよりも低い音だった。 「ふーん」 「なんだよ…文句あんのか」 「いや。おい、そのハンバーグ一口寄越せ」 「テメェはそのパンで我慢するんだな」 「そんなにチャンの手料理をおれに食わせたくねえのか」 「…野郎と一緒に弁当仲良く分け合うなんざ御免だ」 トラファルガーのにやにやという笑いが癪に障る。 「心の狭い男だなァ、ユースタス屋」 そう言いながらずずずと牛乳を飲みながら「得たり」という表情をする。 こいつはおそらく気が付いている。 このカメラがおれのものでは無いことにも、そして、の気持ちにも。 あいつは分かりやすすぎる。あんなにも過剰反応すれば、「トラファルガーのことが好きだ」と公言しているも同じことだ。 …そうして、さらに腹が立つことに、トラファルガーはもう一つのことにも気が付いている。 すなわち、おれがをどう思っているか、だ。 「おれもに頼んでみるかな、弁当」 「……好きにすればいいだろ」 「フフ……学食のパンも捨てがたいからまた今度にする」 くそ、と内心で悪態をつく。 にやにやと癇に障る顔をしているトラファルガーを思い切りにらみつけた後、弁当の中に入っている砂糖の入った卵焼きに齧り付いた。 (091124) |