好きな人と恋人になれた。
もうそれだけで、世界が昨日とはまるで違って見えるのだから不思議だった。


「と、トラファルガー君、おはよう」
「ああ、


ただの挨拶、昨日とまったく変わりない挨拶なのに、ちょっと違う。
トラファルガー君が手を挙げて小さく笑う。
それだけだっていうのに、まるで学校が天国みたいに思えてくるのだ。
胸がどきどきして、苦しい。息が止まりそうだ。
ああ、恋ってすばらしい…
今日は一日中、そればかり考えて過ごした。の人生は現在進行形で薔薇色だった。

昼飯一緒に食おうぜ。
そう言われたとき、うずくまらなかったのが奇跡だ。
昨日までのわたしだったら、羞恥と嬉しさに悶えながらその場にしゃがみこんでいたことだろう。
お昼休みが楽しみ過ぎて、授業の一時間一時間がまるで半日のように長く思えた。
午前最後の授業が終わったときに、ガッツポーズでもしそうになってしまったくらい。


「キッド!」
「あん?」


キラー君たちと一緒に教室の外に出ようとするキッドを呼び止めて、来い来いと手招きする。
キッドは顔をしかめながらも渋々といった様子でこちらに歩いてきた。


「これ」
「…は?」
「今日のお弁当」


ぷらん、とキルトの弁当袋に入ったお弁当を揺らす。
キッドは目を丸くして、心底驚いたような顔をしていた。一体どうしたのだろう。


「……馬鹿か、お前」
「え?なんでよ、要らないの!」
「要らねェよ」
「……え?」


キッドの返答に、今度はわたしが死ぬほど驚いた。
要らない、なんて言われると思っていなかったのだ。
どうしてキッドが急にそんなことを言い出すのかわからなくて、一生懸命考える。


「今日、生姜焼きだよ?」
「そうかよ」
「え、要らないの?なんで?今日はみんなと学食なの?そうならそうと昨日の内に」
「そうじゃねえよ」


キッドは呆れたような溜息をついた。
せっかく作ってきたのに要らないと言われてしまって、むっとする。溜息をつきたいのも、眉間に皺を寄せたいのもわたしの方だ。
キッドは首の後ろを掻きながら、まるで小さい子に言い聞かせるように「いいか」と声を出した。


「お前、トラファルガーと付き合ってんだろ」
「しっ、声大きいよ!まだ秘密なんだから」
「どうだっていいんだよ。とにかく、弁当ならトラファルガーに作ってやれ」
「じゃあキッドは?」
「あのなぁ…」


キッドは青筋でも立てそうな勢いで、不機嫌そうに息を吐いている。


「おれとお前の交換条件は、おれがトラファルガーとの仲を取り持つ、お前が俺に弁当を作る。そうだったな」
「うん」
「もうお前はトラファルガーと付き合ったんだろ。だからアレはもう無効だ」
「…あ、そうか」
「それでなくても、彼氏持ちが他の男に弁当なんて作ってんなよ」


キッドの言いたいことがようやく飲み込めた。
確かに、正論だった。
はもうトラファルガー君と恋人になれたのだから、キッドに仲を取り持ってもらう必要もないし、それに彼氏じゃないひとにせっせと弁当をつくるというのも変な話だ。


「で、でもじゃあこれは…?」
「トラファルガーにでも食わせてやれ。あいつ、お前の弁当食いたがってたぞ」


じゃあな、とキッドは軽く手を挙げてキラー君たちのところに戻っていってしまった。
キッド用にと持ってきた弁当と、それから自分用の弁当を机に並べて途方に暮れる。
呆然。
そんな言葉がぴったりだったと思う。
いつもいつも「今日中身何だ?」と聞いてきてたキッドが、要らない、だなんて。
この流れはきっと、とても自然なことなんだろう。でもすぐには受け入れられなかった。
トラファルガー君が声をかけてきたのにも、一瞬気付けないくらいに。


「おい。寝てんのか」
「え、あ、ごめんなさい!」
「飯屋上で食おうぜ。その前に学食寄っていいか、パン買ってくる」
「あ、うん…」
「…その弁当、どうした」
「え」


トラファルガー君が、机の上に置いてあった弁当を見つけた。
上手い言い訳も見付からなくて、は正直に「なんか余っちゃった」と言う。
トラファルガー君は、ふーんと言いながら顎鬚に手をあてて少しだけ考えるような素振りを見せたあと、「余ってんなら食ってもいいか」と聞いてきた。


「えっ、でもあの、今日のお弁当適当だよ」
「別にいい」
「それに、余り物だよ」
「構やしねえよ。おれどうせ食うもん無いし」


いいだろ?と顔を覗きこまれれば、はオモチャみたいに首を縦に振るより他なかった。
…駄目、なんていえるわけがない。


天気は晴れていて、冬が近い分肌寒いけれども、屋上はとても気持ちが良かった。
夢みたいだ。
トラファルガー君とこうしてお昼を食べることができるなんて。
緊張して、動きがぎこちなくなっていたみたいで、トラファルガー君は「なに緊張してんだよ」と少し笑った。


「すげえな」
「これしか取り得が無いもので…」
「十分だろ」


お弁当を開けて、トラファルガー君が少し驚いたように言った言葉に、定食屋の娘として生んでくれた父親と母親に心から感謝した。
勉強もそんなに出来ないし運動だってからっきしだけど、これだけは自信を持てる。


「お茶あるよ、飲む?」
「あァ、ありがとな」


水筒に持ってきたお茶を渡す。なんだかまるで、遠足に来たみたいだ。


「うめェ。お前、いい嫁になれるぞ」
「よ、よ、よよ、嫁!?」
「あ?」
「ああり、ありがとう…」


いい嫁になれるぞ。その言葉が嬉しくてつい頬が緩んだ。
トラファルガー君が、ふ、と笑った気配がする。


「卵焼き、砂糖入れてんだな」
「あ、うん。嫌いだった?」
「いや」
「うちもずっと入れてなかったんだけどね、キッドが砂糖入ったやつが好きだったから」
「…ユースタス屋が?」
「あ、うん。……あ、でもキッドとはそういうんじゃないよ!!」
「分かってる」


恋愛等々そういうものに疎いわたしでも今のは拙かったなと思って、急いで言い訳をする。トラファルガー君はあんまり気にしていない様子だった。
…ただそう見えるだけなのか、本当に気にしていないのかは定かではないけれども。


「まじうめーな」
「う…ど、どうも」
「なァ、おれもの弁当食いたいんだけど」
「へ?」
「おれにも、作ってきてくんねえ?」


弁当。
そう言いながら、トラファルガー君のお箸がお弁当を指す。
もう嬉しいやら恥ずかしいやらで、またはオモチャみたいに首を上下させた。
トラファルガー君は、にやりと笑って、楽しみだ、なんて言っている。
わたしの心臓は口から出そうだと思った。


「じゃ、お弁当箱買いに行かなきゃ」
「いいだろ、これで」
「え、だけど」
「何かマズイのか?」


この弁当箱でいい、と言いながら生姜焼きを食べるトラファルガー君を見ながら、少しだけ迷う。
彼が今持っているお弁当箱は、臙脂色。
それは、最初にキッドと協力関係を結んだときに、キッド用にと買ったものだった。
そのお弁当箱は、キッドのだから。
キッドの、お弁当箱だから。
…なんて一言が言えるはずもなく、黙ってしまう。


「…?」
「あ、うん。トラファルガー君がそれでいいなら、それで…」
「別に何だっていい」


トラファルガー君がまた箸を動かし始める。
ごくりと飲み込む喉仏にうっとりしながらも、何か胸にひっかかりを感じつつ、は自分の弁当箱へと向き直った。









(091125)