「わたし、トラファルガー君に告白しようと思う」


偶然一緒になった帰り道で、がいつになく真剣な表情でそう言った。
情けねえことに、それに対しておれは「へえ」と溜息のように返すだけで精一杯だった。




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もうすぐ冬。すぐに冬休みが来て三学期がきて、あっという間に春になる。
春になったらクラス替え。そうなれば、またトラファルガーと同じクラスになれるかも分からない。いや、なれないだろう。
は文系、トラファルガーとおれは理系。
進路によってクラス編成が変わる三年では、とトラファルガーは確実にクラスが離れる。

クリスマスとかいうイベントが近付いていることもあり、校内ではくっついたり別れたりとそういう動きが活発になってきている。
大方も、その流れに押されたんだろう。


誰も寄り付かない、外に面した非常階段、いつもの場所で音楽を聞きながら昼寝をする。
だが全く眠気はやって来ず、おまけに曲も耳になんか入っちゃいなかった。
シャカシャカの音だけを漏らすイヤホンをむしりとって、コンクリートの壁に寄り掛かりながら目を閉じる。
昼休みが終わるまでまだ時間はある。
だが、ゆるゆるとようやくやってきた眠気はある声によって切り裂かれて霧散した。


「と、トラファルガー君!」


見なくても、それが誰だかすぐに分かった。
だ。
そうしてもうひとりは、トラファルガーだろう。
コンクリートの壁に隠れて、おれの姿はあちらからは見えないんだろう。当然、おれからもそちら側は見れないわけだが。


「なんだ、。キッドなら今どっかで…」
「キッドじゃなくて!トラファルガー君に用事なの」
「へェ、おれに?」


にやにやとトラファルガーの笑みが頭に浮かぶようだ。
くそ、とおれは内心毒づいた。
こんなタイミングで来るとは思わなかった。なんで昼休みなんだ。これでフラれたら、午後どうするつもりなんだ、の奴。


「あの、わ、わたし…!」


あいつは今、顔を茹蛸のように真っ赤にしているんだろう。
いつものように。これまで、トラファルガーと目が合うだけでそんな事態になっていた女だ。今気を失っていないのが奇跡だとしか言い様がない。


「わたしね、と、トラファルガー君のことがっ」
「…」
「トラファルガー君のことがね、」
「好きなんだろ?」
「!」


のあまりのまだるっこしさに痺れを切らしたのか、トラファルガーが先手を打った。
当然だ、アイツはの気持ちにとっくに気が付いていた。
なんとも表現しにくい気分だった。
雛の巣立ちを見守る親としての気持ちと、それから、の惚れている男としての気持ちと。知らない内に、ぎり、と奥歯を噛んでいた自分に気付く。


「そ、そうです…」
「で?」
「え?」
「どうしてぇの?」
「あ、ええと…」


どうしてぇ、なんて聞いたところでが答えられるわけねえだろうが!
心の中で盛大にトラファルガーを非難する。
好きだと言うにもこんだけ焦れる女なんだ。分かっていてそんなことを聞いてるんじゃねえよ。


「つ、つ、付き合ってほ、し」
「正直おれはのこと全然知らねェ」
「…そうでした…」


歯に衣着せない物言いに、の声が途端に萎む。
おれはトラファルガーを殴りたくなった。


「だから、そこはおいおい知っていくことにする」
「…え?」
「付き合いてぇんだろ、おれと」
「あ、はい」
「いいぜ」
「!!」


が、声にならない声を上げたのが分かった。
可という返事を貰ったことに死ぬほど驚いたんだろう。

…おれも、心底驚いた。

実のところおれは、がトラファルガーに告白したところで、上手くなんていきっこねェと思っていた。
トラファルガーはのような女はそもそも好みではないし、そもそもあいつはいつも適当な女子とは遊ぶが特定の女は置かない。本気のレンアイなんてものは幻想だと思っている冷めたタイプの男だ。
だから、心のどこかで安心していた。
所詮、おれがどんなに協力してやったところで、がどんだけ頑張ってみたところで、上手く行くはずがねえ。と。


「え、でも、ほんとに?」
「あァ」
「ゆ、ゆめ?」
「夢じゃねェよ。じゃ、放課後にな」
「ほうかご?」
「なんだ、一緒に帰んねえのか」
「帰ります!」
「じゃあな」
「は、はい!」


今にもスキップでも始めそうなくらい舞い上がったの足音が、遠ざかっていく。
対しておれは、頭ん中がカラッポになったような気分だった。
の足音が離れて、代わりにもったいつけたような足音が、非常階段をゆっくりと上がってくる。
こつん、こつん。


「……よォ、ユースタス屋。聞いてたのか」


にやにやと笑っているトラファルガーを見て、確信した。
こいつ、おれが此処に居ることに気付いてやがったな。
トラファルガーは一段下の階段に腰掛けて、仰々しく足を組んだ。


「というわけで、と付き合うことになった」
「…よかったな」
「そう思うか?」
「テメェが誰と付き合おうと知ったことかよ」
「だろうな」


バサバサと雀か何かが飛び立つ音がした。それが止むと、切り取られたような静けさが戻ってくる。
トラファルガーが振り向いて、灰色の目がじいとこちらを探ってくる。
その視線に苛立って、おれはまたイヤホンを耳に突っ込み昼寝の態勢をとった。


「今日はと帰るから、カラオケ行かねえ」
「誘ってねぇよ、馬鹿が」
「じゃあな、ユースタス屋」


勿体つけて立ち上がったトラファルガーは、尻をぼんぼんと叩いて埃を舞わせたあとに、悠々と階段を下りていった。
残されたのは、面白くもねえ喚き声ばかりを送り出すイヤホンと、昼寝も出来ずに目を閉じるばかりのおれだけだ。

…くそったれが。





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「キッド、あのね!わたしね…!」
「皆まで言うな。見りゃわかる」


掃除の時間、だるそうに雑巾を絞っているキッドに駆け寄って、幸せ報告をした。
キッドはなんだか機嫌が悪そうだったけれども、わたしのテンションはマックスだ。
なんたって、生まれて初めての告白をして、しかもOKを貰って、今日、生まれて初めて彼氏が出来た。
の人生のなかで一番幸せだった日だと言っていい。


「なによう!せっかく上手くいったんだから祝ってくれてもいいじゃん」
「…」


キッドはめんどくさそうにこっちを見つめて、それから息を吐き出した。
ぼん、と大きな手が頭に乗せられて、ぐちゃぐちゃとかき回される。


「ちょっと!キッドいま雑巾絞ったばっかじゃん!」
「だから手ェ拭いてんだよ」
「さっ、最悪!最悪!」


キッドから素早く離れて、ぐちゃぐちゃになった頭をなんとか直す。
この男、わたしに対する扱いが酷すぎる。
ぎいぎい文句を言ってるとキッドが少しだけ笑って、早く床掃け、とわたしを小突いた。


「一緒に帰るんだろ。早く終わらせねえとトラファルガーに置いてかれるぞ」
「えっ!ど、どこで聞いたの…一緒に、帰るって…」
「…トラファルガーに直接聞いた」
「わ、わー…」


トラファルガー君話したんだ…、と熱くなった頬を自分の両手で包む。
恥ずかしい。何て言ったんだろう。
恥かしさを紛らわすのに、前髪を弄りながら「と、トラファルガー君、何て言ってた…?」と尋ねると、キッドは笑いながら「鼻の下伸ばしてたぞ」と言った。
ますます恥かしくて、その場にうずくまりたくなる。


「…よかったな」


キッドの大きな手が伸びてきて、さっきまで弄っていたわたしの前髪にそうっと触れた。
恥かしくて顔を上げられなくて、その時キッドがどんな表情をしていたのかわからない。
ただ嬉しくてそれだけで、わたしは「うん」と笑いながら頷いた。










(091125)