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気のせいだ、きっと気のせいだ。 そう思って歩いていたのだけれど、どうやらやはり気のせいではないらしい。 試しにかばんから携帯を出すふりをして足を止めると、後ろの足音もぴたりと止んだ。 日が落ちるのが早くなって、まだ18時前だというのにすっかり暗くなってしまった道の端に立って、自分の心臓が早鐘のように打つのを感じた。 (へ、変質者かな…) そういえばホームルームで先生が、最近変質者が出てるみたいなことを言っていた気がする。でも、自分には全然関係ないと思っていた。 変質者っていうのは、たとえばナミちゃんやビビちゃんみたいな美人を狙うものであって、自分には全く縁のないものだと信じていた。…のだが。 やはり、つけられているみたいだ。 どうしよう。どうしよう。 冷や汗が流れるのを感じながら、は走って、そこから一番近くのコンビニに逃げ込んだ。 これで変質者が諦めてくれればいい、そう思いながら、本のコーナーに立ってガラス張りのそこからこっそり外を見る。 電信柱の影に寄り掛かる暗い影が見えた。 どうしよう、どうしよう。 家に電話しようにも、今はきっとみんな忙しくしているころだろうからきっと出て来れないし… 焦りながら、さっき取り出した携帯を開く。 誰か、助けを求められる人、だれか… ナミちゃんやビビちゃんは、だめだ。女の子だもん。じゃあ、サンジ君?…彼ならきっと、女の子の危機をほっとけない人だから来てくれるだろう。でも問題はがそこまでサンジ君と仲良くないってことだ。 じゃあ、誰に連絡を、入れれば。 --- がらん、と小気味のいい音を立ててキラーの投げたボールが、並んだピンを悉く倒す。 あの野郎、ターキー決めやがった。 心なしか得意げなキラーを見送って、ボールを取りに立ち上がった時だ。 ヴー、とポケットの中の携帯が振動した。 ちらりと確認すると、そこに表示されていたのは「」の名前。 珍しいことにメールではなく、電話だった。 「…どうした」 「キッド?…ごめん、あ、遊んでた?」 「ああ」 バックに流れる音楽と、ドレッドたちの声が聞こえたんだろう。 は少し萎縮しているようだった。 「なんだ」 「いや、あの…遊んでたんなら、いいや…」 「あ?なんでもいいからとりあえず言えよ」 「ええと…あの…」 声は小さく、周りを気にしている様子だ。バックでは、コンビニの宣伝が流れている。コンビニに居るのか。 何か言いにくそうにしているに、もしかしてトラファルガー関係の話かと思い少しイラついた。こいつがこうしてどもっている時は、大抵トラファルガー絡みの話だからだ。 それでも短気を起こして切ったりしないあたり、おれは相当こいつに、甘い。 「あんだよ」 「あの……今ね、坂の下のところのコンビニに居るんだけどね」 「で?」 「…き、キッド、あの、」 「早く言え」 「むっ……迎えに、来て欲しいんだけど…」 おれは思わず、「はあ?」と声を出した。 キラーやドレッドが、一体何事かと言いたげに視線をこちらに向ける。 「ごめん、やっぱいい!」 「なんで迎えが必要なんだ」 「ええと、ですね…」 「…」 「なんか、人に付けられているような気が…」 「は?」 「自意識過剰って思ったでしょ今!わたしもそう思ったの!でもなんか、…い、今も外からこっち見てるし…」 「…」 ふと、今日のホームルームの連絡事項で、「最近変質者が…」というフレーズを思い出した。自分には全く関係のないことだからさらりと聞き流していたのだが、もしかして、あれか。 「……ごめんやっぱ自意識過剰だよね。ひとりで帰る」 「待ってろ」 「へ?」 「10分…5分でそっち行く」 「…いいの?」 「立ち読みでもしてろ」 「うん」 ぴ、と通話を切ると、話の流れをなんとなく察したのか、キラーが「行くのか」と聞いてきた。 「あー悪ィが抜ける」 「ああ」 おれの気紛れには慣れっこだといった様子のキラーが、さっさと行けと手を振った。 ポケットからチャリの鍵を出して、外へ向かう。 まだ18時にもなってねえってのに、外は冗談みてえに暗かった。 チャリをぶっ飛ばして言葉の通り5分少しでコンビニに到着した。 外に居るとか言っていたその変質者疑惑の男の姿はすぐに見付かった。 見るからに怪しい、中年というには少し若い男だった。 あっちもおれの視線に気が付いたようで、少しの間視線が合う。 睨みつけるように見ていると、まずいと思ったのか、その男はそこからのろのろと立ち去った。 チャリを押してコンビニに近付くと、ガラス張りのむこうで、本を立ち読みしていた様子のがこちらに気が付いた。 慌てた様子で本を棚に戻している。 おれがチャリをストッパーを下げるのと、がコンビニから飛び出してくるのはほぼ同時だった。 「おい、…」 「キッド!」 いやーごめんごめん、なんて悪びれもせずにやってくるだろうというおれの予想は、その時粉々に打ち砕かれた。 コンビニから飛び出したは、勢いも緩めずそのままこちらに突進してきたのだ。 突進、…すなわち、思い切り、おれの腹に抱きついてきた。 一瞬頭が真白になる。 「……大丈夫か」 「ごめん、ありがとう」 「別に」 の声は小さく、今にも消え入りそうだった。 相当怖かったのか、少し震えているような気さえする。 少しだけ迷いながら、抱きついてきたの背中を撫でる。くぐもり震えた声が「ちょっと怖かった」と訴えた。 少しの間、そのままで背を撫でてやっていると、ようやく落ち着いたらしいがほうと息を吐き出す。 ふと、店員がこちらを見ていることに気付いて、やんわりと肩を押して身体を離した。 ……名残惜しいが。 ちらちらとさっき不審者らしき男が居た場所を気にしている様子のに「もうどっか行った」と伝えると、安心したように大きな溜息をついていた。 「いつもつけられてんのか」 「今日はじめて」 「ったく…さっさと店員に言って警察でもなんでも呼んで貰えば良かったじゃねえか」 は今気付いたといった様子で、「あ」と口を開けた。 「馬鹿かテメェ」 「か、考え付かなかった…」 「それか、おれじゃなくてトラファルガーでも呼べばよかったじゃねえか」 「む、無理だよ!」 は顔を真っ赤にさせながら首を振った。 「トラファルガー君にそんな迷惑かけられないし、第一そんな仲じゃないし!」 と眉を下げながら必死に否定する。 「じゃァおれなら迷惑かけていいのかよ」 「だって、キッドなら来てくれそうだと思ったんだもん」 「おれは便利屋か」 「…キッドしかいなかったんだもん…」 拗ねたような声が、俯き加減な顔についたとんがり口から漏れる。 キッドしか、という部分に少しだけ優越感に似た何かを感じてしまったことに、おれは内心溜息をついた。 「…おら、帰るぞ」 「うん」 「後ろ乗れ」 「荷台お尻痛くなるよ」 「文句言ってんじゃねえ」 がちゃん、とストッパーを上げて自転車に跨り、後ろに乗るように促す。 は少しだけしぶった後、「お邪魔しまーす」と言いながら後ろに乗った。 つん、と上着が後ろに引かれた感触。 「おい、ちゃんと捕まってねえと落ちるぞ」 「落ちませんー」 「落ちたらその場に捨ててくからな」 「…」 カーディガンを羽織った腕が、おそるおそる腹に巻きついた。 背中に感じる熱に、心音がテンポを上げる。 ぐらりともせずに走り出した自転車が、坂を上り始めた。 --- 「あー重いんだよテメェ」 「頑張れキッド!その無駄な筋肉を生かす時がきた!」 「ふざけんなよ」 自転車をこぐたびに揺れるキッドの身体にしがみつく。 そうっと頬を寄せると、じんわりとした温かさが伝わってきた。 でかいやつだと思っていたけど、改めて、キッドの背中の大きさに驚く。 こんなに大きかったんだ。 さっきまでの恐怖はどこへやら。 実は、男の子と二人乗りなんて初めてのことだった。 二人乗りって、もっとぐらぐらして危険なものかと思ってた。 でも、慣れているのかそれともその筋肉の賜物なのか、ふたりを乗せた自転車は不安定に揺れたりせずに、真っ直ぐ走っている。 「キッドってさ」 「あ?」 「損してるよね」 「なにがだよ」 「顔が」 「ああ?テメェ喧嘩売ってんのか!」 「そうじゃなくて!」 キッドの顔はとても怖いしいつもつるんでいる男の子たちもガラが悪くて、俗にいう「不良生徒」のレッテルを貼られている。 だけどその実、彼はとても真面目だし、テスト期間前になるとちゃんと勉強だってしているし、案外世話焼きで、紳士だったりもする。 も、キッドと話すようになる前、つまり2ヶ月前までは、キッド=悪い生徒、怖い生徒、鬼番長、のイメージしかなかった。 「もっと優しい表情すればいいのに」 「キメェだろ」 「ちがいない」 「キラーの真似すんな」 ぎゅう、ともう少しだけ強く抱きつく。 今日のキッドはまるで、…こんな言い方もどうかと思うけれど、王子様みたいだった。 女の子の危機に颯爽と現れて、悪い人を追っ払って、白馬ならぬチャリに乗せてくれるキッド。 びっくりするくらい頼り甲斐があった。 「キッド、いいお婿さんになれるよ」 「あ?馬鹿かお前」 「今日、うちでご飯食べていきなよ!今日の定食カラスカレイだよ」 「……食ってく」 「助けてくれたお礼にタダ飯食わせてしんぜよう」 「ったりめーだろ」 緩い坂を上りきったキッドのぼろいチャリが、わたしを乗せてすいすいと走る。 キッドの、びっくりするくらい広い背中におでこを押し付けると、前方から「鼻水拭くんじゃねーぞ」と笑う声が聞こえた。 (091125) |