わたしの船長は絶対に振り向かない女に恋をしている。
船長はその女のことが好きで、好きで、どうしようもなく好きで、盲目的に愛しているのだ。
そこにわたしの入り込む余地なんてどこにもない。
隙間ほども、他の女のために空けている場所なんてないのだ。


「思えばわたしも随分と不毛な恋をしているんだなあと思うわけですよ」


昼間からブランデーを舐めていた船長は、急に何を言い出すんだ、という顔をしながらこちらを見た。
赤い髪が日差しを反射して、目に痛いくらいだった。
空は快晴。島が近いのか、グランドラインにしては驚くほどにここ数日の気候は安定していた。死にそうなアクシデントやイベントが盛りだくさんの航海は御免だか、いつもが忙しいだけにこうも何もないと、なんだか拍子抜けしてしまう。
いつもながらにこの海は気紛れだ。気紛れでガレオン船を砕いて沈め、気紛れでいかだを島へ送り届ける。


「たとえばわたしがうまいこと船長の恋人の座に納まったとして」
「安心しろ、そんな日は来ねえ」
「…仮定の話ですよ!まあそんな日が来たとして、わたしは結局永遠の二番手なんです」


ああ、切ない。
そう言いながら欄干に肘をつき、潮風に目を細めた。
海の上を吹く風は、人の肌を焼き、鉄を木を腐らせる。それでもこんなに気持ちいいと感じてしまうのは、この海の魔力のひとつなのだろう。

横を見ると、船長も目を細めながらぎらぎらと容赦のない太陽を見上げていた。
夜の闇のなかでは真紅に見える船長の目は、陽にあたるとオレンジ色にも見える。
は赤という色がとても好きだった。船長に出会う前からずっと好きだった。
だから、赤い髪に赤い目に赤いコートを翻して青い海を赤く染めていくこの人に惚れたのはもはや必然だったのだろうと思っている。

ワンピースになんて興味はない。

そう言い放ったわたしを、彼は船に乗せてくれた。

ワンピースには興味がない。
だけど、あなたが王になる姿を見てみたい。

はそう言った。
そう、この赤い髪の上にはきっと王者の冠がよく似合う。
ひどく凶悪な悪魔のような笑みを佩いて、この世界の頂点に立つ彼が見てみたい。
金属を自在に操る彼の腕が、まるで鉄屑のように世界を自由に扱う様を見てみたい。

けれどきっと、そうやって手に入れた全てを、彼はあの女にくれてやってしまうのだろう。
世界と彼女とは同義なのだ。
船長、ユースタス"キャプテン"キッドはあの女の全てを手に入れて、そうして手に入れた全てをあの女にくれてやる。
キッドはかのひとを手に入れて、そうしてかのひとのものになる。
…いや、もうとっくに彼女のものになっていると言ったほうがいいのかもしれない。


「船長の一番好きな女は、船長のことを毛嫌いしてるんですよ」
「…」
「それなのにその女に夢中になってる。海賊なんてみんなそう」


すぐ近くに、その女よりもずっとずっと彼のことを愛している女がいたって、男はそれに気が付かない。
彼女に魅せられ憧れて、船を駆って乗り出す。
陸に愛を置き去りにして、彼女に夢を見にゆくのだ。
そう、海という女の腕に抱かれるために。


「悪魔の実の能力者なんてその最たるものですよ」


愛した女に嫌われて、その腕に抱かれれば死ぬと分かっているのに、それでも海賊は彼女を愛し、愛されようと躍起になる。


「海に嫉妬するなんざ、身の程知らずもそこまで来れば大したもんだ」


ハハ、と船長はあの凶悪な顔で笑った。
夜闇で見ると恐ろしげな船長の顔も、陽の光の下で見れば随分柔らかく見える…なんてことはあるはずもなく、やっぱり底冷えするほど怖い。
けれど、ぞわりと背筋を這うそれの名前が、恐怖ではなく畏怖であるとは知っている。
銀色のボトルに入ったブランデーをまた一舐めした船長が、わたしから彼女へと目線をうつした。

彼女を、海を見るとき船長の目は恍惚とした色を放つ。
海の青を映してもまだ赤い彼の目が、まるで初恋に胸をときめかせる少女のように、焦がれるような羨望を滲ませる。


「どんなに愛したって、船長は海に落ちれば死ぬんですからね!」
「承知の上だ」
「相手は船長なんて愛してくれませんよ。溺死させる気満々ですから」
「上等じゃねェか。だから力ずくでおれのモンにするんだよ」


力ずくで、おれのものにな。

そう言い放った船長は、酷く格好よく、そして男のにおいがした。

船長に限らず、世界中の男達が彼女を自分のものにしようと船を駆る。
彼女を畏れないものは光の届かぬ闇の底に沈み、彼女を恐れるものもまた冷たい水の中で腐った屍になる。
気紛れで偉大で世界で一番美しく、恐ろしくも畏ろしい、海という名の魔性の女。

あーあ、海に向ける愛情の十分の一でもいいからあたしに向けてくれないかなあ。
非難の交じった溜息とともに盛大に文句を吐き出すと、赤い目が青い海からわたしへと移った。


「あたしこのまんまだと、好きな男というか船長に一生振り向いてもらえないまま胸を焦がしてさみしく死んでいくしかないんですけど…」
「残念だったな」
「ひどい!」


まったく悪びれてもいない船長は、舐めていたブランデーの小さなボトルを懐に仕舞って、欄干から離れた。船室に戻るのだろうか。
胸を焦がす赤が離れて、憎い恋敵である青とを置き去りにしてゆく。


「島が見えたぞ!」


見張り台から威勢のいい声が響いて、上陸が近いことを知らせた。
次の島はどこなのだろう。できれば、あんまり綺麗なお姉さんが居ない島がいいな…とそんなことを考える。

ふと、何かに気が付いたように船長が足を止めて、こちらを振り返った。



「一番の女を手に入れたら、テメェもついでに貰ってやってもいいぜ」



どくん、と心臓が高鳴った。
軽く手を上げいつものように悪魔の笑みを残して、彼は大きな声で船を陸に着けろと指示を出す。
どんなに頑張っても永遠に二号です、という宣言をされたというのに、それでもいいかなと思ってしまうはやはり現金な女だ。

青い海と青い空、その調和を乱す赤が重い靴音を響かせて、海の上ではあまりにも頼りない木の床を歩く。
いつか彼がこの空も海も全てを手にいれたとき、ついでにも手元に置いてくれるというのならば、永遠の二号もそう悪いものじゃないのかもしれない。







永遠の二番手








(091015)