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「あれ、夏の大三角」 船の上でごろりと横になりながら、同じく隣で横になったキッドにむかってそう伝える。 星になんてまったく興味の無さそうな彼は、眠そうに欠伸をひとつ漏らした。 まったく、ムードも何もない男だ。 「あれがスピカっていうんだよ」 「ああそうか。ところでおれはもう眠いんだがよ」 お酒を飲んで帰ってきたばかりのキッドは心底迷惑そうだ。 そんなキッドの様子にちょっとだけむっとする。 久し振りの陸だというのに、にはお留守番をさせておいて、他のクルー達はみんな降りてしまった。 悪態をつきながら甲板に寝転がって雲ひとつ無い星空を見ながら感傷に浸っているところに、なぜかひとり戻ってきたキッドを捕まえたのは良かったのだが… この男、欠伸をしつつ文句を言うばかりで、全然星なんて見ようとしないのだ。 「ああそう。じゃ、おやすみ」 「てめぇはどうすんだ」 「もうちょっとここで星を見て行きます」 非難をたっぷり含ませながら鼻を鳴らす。 解放されたキッドはすぐに船室に戻るかと思いきや、そのまま横に寝転がっていた。 この男、ここで寝るつもりではなかろうか。 「お前、えらく星に詳しいな」 ご機嫌とりのつもりだろうか、キッドはそんなことを聞いてくる。 「星に詳しいわけじゃないけど」 「十分だろ」 「……これしかないからね」 満天の星空に手を伸ばしながら、そう言う。 横をちらりと見ると、キッドは眠そうながらも同じように星を見上げている。 どうしてそんなことを言おうと思ったのかわからない。 どうせ相手は酔っ払いだ。明日には覚えていないだろうということと、 それから、この星空に酔ったせいもあったのかもしれない。 普段は絶対に口にしないけれど、そんな気持ちになって、は口を開いた。 「ありがとね」 ああ?と柄の悪い声が横から響いてきた。 まったく愛想もムードも糞もない。 「船の掃除と洗濯と、学の無い連中に文字を教えること」 「なに言ってんだ」 「それと、紅一点として船に潤いを与えることと」 「与えられてねぇだろ」 「それから、星の名前。それで全部」 昼間はうるさい鳥の声もしない。遠くに波の音と、それから街の喧騒が僅かに届いている。 「あたしがこの海賊団のためにあげられるものはこれで全部」 「……」 「料理が出来るわけでもなし。戦闘だって強いわけじゃあない」 「まあ、弱ェな」 「あたしが持てるものなんてその程度だけど、みんなはあたしをクルーとして認めてくれてるわけだ」 「ふん」 「キッドもね」 キッドはこちらを向かない。だけどそれでいい。 酔っ払いなんだから、この会話は明日にでも忘れていてくれなくてはならないのだ。 こんな、ちょっと真面目で感傷的な会話をがしていたなんて、お笑い種以外の何にもならないのだから。 も空に視線を戻した。 はずなのだが。 突然、横から伸びてきた手にぐいと引っ張られる。 痛い、と喚いてから目を開ければ、そこに居たのはキッドで、どうやら自分はキッドの上に引き摺り上げられたようだ。 これではまるでがキッドを押し倒しているかのようだ。 キッドの上から降りようとするも、彼の太い腕がそれを許さなかった。 「まだ、あんだろ」 「何が」 「お前がおれに寄越せるモンだよ」 そう言ったキッドの舌が、赤い唇の上をちろりと這った。 その様子に、この酔っ払いが何を寄越せといっているのかを察して、その額を叩いてやった。 「悪ふざけも大概にしろ酔っ払い」 「酔ってねえよ」 「酔っ払いは皆そう言う」 「うるせえな。つべこべ言ってねェで寄越せ」 「…船長命令でしょうか」 ぐい、と首の後ろに掛かった手がの頭を引き寄せる。 焦点が合わないほどに、吐息がくすぐったく感じる程に引き寄せられているけれど、唇だけは、やはり触れない。 「寄越せ、」 「奪えばいいでしょ、海賊」 「それじゃつまらねェだろ…」 低い声に背がぞくりと震える。あきらかにそれを狙ってやっている様子のキッドは、くつくつと喉で笑っていた。 どうやら本当に、酔ってはいないらしい。 ああ、酔ってないならこんな感傷的な話なんてするんじゃなかった。後悔したってもう遅いのだけれど。 赤い舌が伸びて、の唇を舐めながら催促する。 「…わたし星を見に出て来てたんだけど」 「あぁ?」 「これじゃ、キッドしか見えないじゃん…」 「上等じゃねえか。おれにも星なんか見えてねえよ」 痺れを切らした海賊が、に残った最後のものまで奪っていく。 はあげられるもの全てを捧げていたつもりだったのに、ああ、海賊っていうのはなんて強欲な生物なのだろうか。 けれどきっと、噛み付く赤を逃がさないとばかりに引き寄せているだって、正しく海賊なのだろうから文句は言えないのだけれど。 (090930)化.物.語.12話に感動した記念 |