「うっ、」

船長室のドアを開けると同時に、鼻に劈くツンとした匂い。


「また塗ってるの?キッド」


一塗りした刷毛を小瓶に付けながら私の顔をチラリと見て、喉を鳴らされた。


「そう嫌そうな顔すんじゃねーよ。爪が割れねぇ様にするためだ」
「わかってまーす。昼間戦闘になっちゃったもんね」


金属を集めて戦うキッドの手は、いくら頑丈といっても傷つくことが多い。
いつの日か、いつも手当てする私がぽろっと「マニキュアでも塗れば爪も多少は強化できるよ」といったのが始まり。絶対「そんな女々しいこと出来るかよ」といわれるかと思ったんだけど、口紅も塗ってる船長だ、なるほどと頷いて次に降りた島で一緒にマニキュア選びを手伝わされたのも大分前のことの様に思う。


「今回は赤?」
「あァ。」


刷毛を持って次の指へと色を走らせる。よく見れば周りにはファブリックやら速乾性のスプレーやら、私もよくわからない小物がたくさん並べられていた。色だって、黒や赤ぐらいしかないんだけど、黒だけでも数種類(本人に言わせたら色が全然違うんだと)ある。女の私でもよくわからない。ようするに、見た目に反してマメで乙女なのだ、この大男は。


「ねーキッド、塗らせてよ」
「前も塗らせたけどお前失敗すんだろーがよ」
「前は前!今は今!」
「めんどくせーやつ。はみ出たらどうなるかわかってんだろーな」
「…お手柔らかにお願いしまーす」


しぶしぶだけど結局はいつもやらせてくれるキッドは優しいと思う。なんでそんな怖い顔してるの?ギャップ狙ってるの?知ってるのかなーそんな船長に私はメロメロだってことにさ!あ、もちろん男らしいところも大好きです。


「何ニヤニヤしてんだよ」
「べ、別にキッドのこと好きだなんて考えてないんだからねっ!」
「きもい」
「さ、やるぞ!」


私はがっしりと、キッドの何でも掴めそうな、ささくれ立った大きな手を取った。






「あっ」
「……」
「…、あれっ、ちょ、…まぁいいか…」
「おい」
「うわー…、え、何?」
「はみ出まくってるしムラ作りすぎだ」
「えーまぁまぁいけると思ったんだけど!」
「不器用すぎんだよお前は」
「これでも船医ですが」
「胸はんなよ(手術の腕は確かなんだがな…)」


ああ、危なっかしくて見てらんねぇ。なんだよその塗り方。第一一塗り目は薄くていいんだよ何回も重ね塗りしてんな乾くまで待て。刷毛も乾いてきてんだろうが、その筆自体ダメになんだろうが、ああ、ったく!


「もう終わりだ」
「えー!」
「ありがとよ、全部塗ってくれて」
「えへへ、どういたしまして」
「おかげで塗りなおしだ」
「ひ、ひどい!」
「(…ま、はげるまではコイツでいいか)」


速乾スプレーをがたがたの爪に吹きかけていると、まだ横に座ってじっとこっちを見てくるやつが一人。


「ンだよ、塗りなおさねぇって」
「ん」


こいつが塗ったマニキュアをはがすまいと見ているのかと思い、恥ずかしながらも口にした言葉はどうやら違っていたらしい。そして左手を目の前にいきなり突き出された。…なんとなくの想像は、つく。


「あ?」
「はい」
「なんだよ」
「キッドの塗ったからさ」
「…」
「だから私の手も塗って?」


ほらな、やっぱり。俺はいつものことにため息をついて、声を荒げた。


「お前が塗らせろって言ってきたんだろうが!」
「だ、だってキッドとおそろいがいいんだもん!」
「……、」


……ちくしょう、上目遣いでかわいいこと言やァ俺が落ちると思うなよ!


「チッ、左手貸しやがれ」
「はーい!」


うきうきした顔しやがって。ああもう、癪だ、癪だが、まんざらでもねぇなんて思ってる自分がいやがる。


「…ちいせぇ手」
「キッドの手が大きすぎるんだよ」


俺とは違う、小さくて白い、柔らけぇ手。この手で俺と同じように海を渡ってんのかと思うと、すげぇと思う。小さい手にあるいくつもの傷を見たら、頑張ってんだなと頭をなでてやりたくなる気持ちになる。


俺はリムーバーを手に取り脱脂綿を湿らせ、ちいせぇ爪を拭いていく。ベースを薄く塗った後に、俺と同じ色を丁寧に一塗り一塗り色を入れる。その作業をしているときは、珍しくこいつは一言も喋らずずっと手元を見ていた。


やり始めたら俺の細かい作業が好きな心がうずき、黙々と塗っていった。小さいが爪の形はきれいで塗りやすかったし、第一マニキュアはやっぱり女のほうが似合うってもんだな。パール入りの柔らかめの赤と混ぜてグラデーションにしてやった。速乾性のスプレーを出来るだけ優しくかけて、終いだというように爪に小さく息を吹きかけた。


「おらよ、出来たぜ」
「は、」
「あ?」
「…見とれてた」
「…そーかよ」
「キッドすごいすごい!すっごいかわいいよこれ!わぁ…!」


目の前に両手を広げて部屋の明かりにキラキラと照らし移す。こいつの顔も輝いてるように見えて、俺は小さく笑った。


「気に入ったかよ、お姫様」
「うん!すっごく!」
「そりゃよかった」



くすりびマジック
(そいつの仕掛けに気付いてみろよ)
(あれ、左手のくすりゆびだけ、色がちがう?)


ナチさんから頂きました!