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がしゃん!! 一瞬前まで精緻な花柄模様の美しさを誇っていたティーカップは、派手な音を立てて無残にも壁と激突し、粉々に砕けた。 「おい、何すんだ!危ねえだろうが!」 「うるさい!!」 抗議の声も無視して、あたしは掴んだ物を手当たり次第に目の前の男に向かって投げつける。 ティースプーンに、カップとお揃いのソーサー。 まだケーキの入っていた紙の箱。 一昨日買った、お気に入りの作家の新しい小説。咲き切ったスイートピーも、花瓶と一緒に。 でもそれで、優雅に午後のティータイムを楽しもうと机にセットしたものはなくなってしまった。 多分顔を真っ赤にして、酷い形相をしているはずのあたしを見て、キッドははぁ、と溜息を吐く。 「少しは落ち着いたかよ」 がしがしと頭をかいて視線を逸らしたのを好機とばかりに、あたしは一歩後ろに下がり、まだ熱湯の入っているやかんの取っ手に手をかけた。 あれで終わりと思うなんて、ちょっと甘いんじゃない? 「げっ」 よそ見なんてしてるからよ。 「ちょ、おま、それは…」 「うるさい!」 あたしの気持ちはやかん百個をぶつけたって収まらない。 ぐっと取っ手を握り、キッドの頭の上くらいに狙いを定める。 がん!どん! 「あっつ!」 蓋が閉まっていたからか中のお湯は出なかったものの、跳ね返ったやかんはキッドの背中を掠めた。 床に落ちたやかんを気にするキッドを尻目に、あたしは次なる武器を手にすべく引き出しに手をかける。 がん、と勢いよく開けたその中にあるありったけのフォークやスプーンやナイフを滅茶苦茶に投げつつ、隣の棚をも開けた。 しゃー、という音に何かを察したのか、頭を庇っていたキッドがはっとあたしを見る。 「おいおいおい……」 あたしの手の中にある、鈍い光を放つそれに、キッドの顔が些か青ざめた。 ざまあみろ。 これであたしの気持ちが少しくらいわかった? あたしがどれだけ頭にきて、どれだけ本気で怒ってるのかわかった? ひゅっ、とごく軽い動作であたしは腕を動かした。狙ったのは胸だ。 ナイフ投げに自信があるわけじゃないから、的は大きい方がいい。 けど狙いは逸れて、とす、と冗談みたいな音をたてて一投目の包丁は壁に刺さった。 「ちっ」 掠りもしない。あたしの気持ちをくみ取って、自分から当たりに行くくらいの根性見せろってのよ。 ゆらゆら揺れるそれは、びぃんと耳に余韻を響かせながら、柄の重みに耐えかねて床に落ちる。 からん、と鳴るのが耳に届く前に、あたしは続けざまに三本、キッドに向かって投げた。 初めは一本目の反対側、そしてさらにその反対、最後はきちんとキッドが避けた方向も計算して、真ん中に。 しかし悔しいことに、全てが一本目を同じく壁に刺さる。 華麗に、というよりはぎりぎりでだったけれど、とりあえず避けきったキッドは再びあたしを振り返る。 「お前、本気で刺すつもりかよ!」 「うるさいって言ってるでしょ!!!」 うるさい、うるさい、うるさい!!! あんたなんか、包丁が当たればいい! 水溜まりで滑って骨折すればいい! 鍋もフライパンも全部取り出して、何もかもをキッドに投げつける。 跳ね返ってきたものも、また投げる。 それなのにキッドは、一切抵抗しない。頭とお腹は庇っているけど、部屋を出ようともしないし、反撃しようともしない。悪魔の力だって、使おうとしない。 それにあたしは一層怒りを煽られて、ほとんど泣きそうになりながら、それでもキッドに投げ続ける。 「どうしてよ!」 無抵抗のキッドは、自分が悪いと思っているのだろうか。 「どうしてなのよ!?」 遂に戸棚の中に目ぼしいものが無くなって、それでもあたしの気持ちは収まらない。収まるはずがない。 こうなればキッチン中のありったけのものを投げてやろうと、あたしは視線は食器棚に向かう。 けれど一瞬攻撃が止んだ、その隙をついてキッドがあたしの手首を掴んだ。 「放してよ!」 「……」 「放してったら!!」 「……悪い」 掴まれた手を振り回すあたしの耳に、ぽつり、呟いたキッドの言葉が聞こえた。 瞬間、怒りの頂点にあったはずのあたしの頭は、怖いくらいに熱が下がる。 代わりに、冷え冷えとした感情が胸を覆った。 「何よ、それ」 「だから、悪い」 「何よそれ!」 乱暴に手を振り払って、あたしは埃のついたスカートを叩き、キッドに向かってにっこり笑ってやる。 「悪いと思ってるんだ?」 「…ああ」 「なら、連れて行くの止めてよ」 「それは、」 「出来ないの?」 「………」 「出来ないの?」 二度目の問いかけに、キッドは俯いていた顔を上げて、あたしの目を見てはっきり言った。 「出来ない」 「……」 「あいつは連れてく。俺の夢には必要だ」 「必要…」 「そうだ。それにキラーだって海に出たがって、」 「うるさい!!!」 キラー、の一言にあたしはまたかっとなった。 「あんたがお兄ちゃんの名前を口にしないで!! お兄ちゃんのこと何でもわかってるなんて顔しないで!!!」 ほんとはあたしだってわかってる。 こうやってキッドに怒鳴ってるのが、ただの子供の癇癪みたいなことだってこと。 あたしがどんなに泣いたって喚いたって、もう二人は心を決めてしまっている。 たとえ出発の日にしがみ付いて出航を止めようとしても、あたしの手を振り払って、憧れ続けるあの大海原と出て行くのだろう。 でも、納得なんて、到底出来ない。 「どうして連れてっちゃうのよ!!どうしてお兄ちゃんを連れてっちゃうのよ!!!」 キッド、あんたなんか大嫌い。 その目にチカチカする真っ赤な髪も、女の子にだって乱暴なくせに、あたしにだけは優しいところも。 わざわざお兄ちゃんのいない時にあたしに会いに来て、あたしの感情を全部吐き出させようとするところも。 それから、黙ってあたしの暴力を受け止めるところも。 全部、ぜんぶ、大嫌いよ。 「必要なんて言い方しないで!!お兄ちゃんはあんたのものじゃないんだから!!!」 お兄ちゃんが必要なら、あたしのことは? あたしはいらないの? キッドにとって、夢の役に立たなければ、あたしはいらないの? 全然、大事じゃないの? 「連れて行かないでよ!!!」 キッド。 ねえ、どうして、あたしの大事な人を奪って行くの? ぼろぼろぼろぼろ、あたしの眼からはとめどなく涙が零れ落ちるけど、それを全部、キッドのシャツが吸っていく。 「連れて行かないでよぉ…」 ねえ、お兄ちゃんを連れていくのなら、どうして、あたしも連れて行ってくれないの? どうして、付いて来いと言ってくれないの? 「行かないでよ……キッド」 ねえ、キッド。 どうしてあなたは、待っていろの一言すら、あたしにくれないの? 何も言わずあたしの背中を撫でるキッドの手があまりに優しすぎて、だから切なくて、あたしはさらに強く、その逞しい身体に抱きついた。 capricornusさま 作 --- 言葉も出ません嬉しすぎて。キッド君・・・!!!ブワワッ (091119) |