ただもう、目の前のおんなを泣き止ませる方法がわからない。
こんな、まるで世界の終わりだとでもいうような泣きかたを、彼は知らなかった。何を失ったとて、そんな風に泣いたことなどなかったからだ。
失うことに慣れ、奪うことに慣れてしまった凍ったこころに、その大きな泣き声はまるで鉄槌のように感じられた。断末魔なら聞き飽きた。命乞いをする悪魔の引き裂くような泣き声も。
「どうして欲しいんだ、お前は」
「お前、じゃなっ、い!!」
「、何がしたいんだ。いい加減にしろ」
おんなは答えず、ただ泣き喚いている。怒ってみたり、無視してみたり、宥めてみたり、果てはもういい加減に泣き止んでくれと頼み込んでも(ありえないことだ)、おんなはただ声が枯れてしまうのではないかという程の大音量で泣くばかりだ。
プライドも恥もあったものではない。泣くことだけが自分に許された唯一のことだとでも言いたいかのように。
「そ、そん、なっの、自分のむね、にっ、手をあ、当てて考えてみ、みなさいよっ」
あまりに激しく泣いたからか、よく聞き取れない音を発する唇すら涙に濡れている。
といっても、もうその顔に流れているのが涙なのか鼻水なのかよくわからない。
「酷い顔だ」
「バージ、ルの、せいっ、でしょ」
「この冷血漢」と言ってまたおんなは泣いた。もういい加減、こんな意味のわからないおんななんて放っておいて、とっととここを去ってしまえという声が頭に響く。それはそうだ。(こんなくだらない事にいつまでも付き合う義理はない)
だが、どうしてだか彼の足は根が生えたかのようにそこから動かない。
彼の口からまた、大きなため息が出て、それを聞いたおんなの泣き声もまた大きくなった。
(冗談じゃない)
策は尽きた。彼は大きな泣き声を閉じ込めて塞いでしまうために、おんなを抱き寄せてその頭を自分の胸に押し付けた。
自分の心配だけしていればいいのに「コートが汚れるから放せ」と言って腕の中のおんなは暴れた。そんなことを気にするくらいの余裕があるのなら、いい加減泣き止んで欲しい。
「お前が黙れば放してやる」
「放せっばかバージル!」
罵声を飛ばしつつ、泣き声はだんだん小さくなってきている。洟をすする音が聞こえた。コートが汚れる。だがこのおんなが泣き止んでくれるのならばそれくらい安いものだと思う自分が馬鹿らしい。
どうして色気のかけらもない泣き方をするようなこのおんなを、を放っておけないのか、その執着の名は朧げに解ってはいるが、口にするのも不愉快だ。本当に冗談じゃない。