一歩一歩、魔界に近付きながら、バージルは未だ迷っていた。
勿論、魔界に入ることをではない。
後ろからついて来る小さな人間のことを、だ。

今までは、雑魚との戦闘の間にを省みることなどしていなかった。
足で纏いになれば置いていく、怪我を負ったら見捨てる、とには最初に言っておいた。
だが、進めば進むほどに無茶をしようとする彼女をどうしてだか放っておくことができない。
随分と甘くなったものだと、我ながら呆れ果てる思いだった。


頭上にぽっかりと開いた穴、それを取り囲む赤い空気。
魔界の瘴気が流れ込み、否が応にも悪魔の血が騒ぐ。
あそこに目指すものがある。
完全な悪魔の力、魔剣士スパーダの力の形見。
失わないための、護るための力だ。
(何を?)

バージルは後ろに立つに向き合った。ぴりぴりと感じる、この魔界の空気が不快なのだろう、は随分と渋い顔をしている。
仕方が無い、彼女は人間なのだから。


「…最後だ。来るのか」


バージルは問うた。この先に進めば、恐らく地上とは比べ物にならないような強敵とも出会うだろう。
自分はともかくこの人間の娘が耐えられるとは到底思えない。
それは最後の選択の機会だった。
このまま一応は安全な地上を選んで別れるか、それとも人ならざる者達の巣窟へと共に足を踏み入れるか。

生きることを考えれば、地上に残ることが一番賢い選択だ。にとっても、バージルにとっても。
がいくら努力したからといってその力は全く役に立つはずもなく、この先足枷以外の何者でもなくなる。

帰れ。引き返せ。
そう思いながらも、心のどこかで行くなと云う声が聞こえる。
無視出来ぬ程に大きくなってしまった内なる声は、この塔に入ったときからずっと聞こえていた。
(行くな、共に来い)


「ここをくぐれば後戻りはできん。今ならば間に合う。…お前は、」
「連れて行って。最初に、言ったとおり」


遮るようにして差し出された返答に、心臓が震えるような気がした。
疼くような痛み。それは他のどんな悪魔の刃よりも深く、バージルを苛んだ。
何故戻らない、愚かな、と蔑むような気持ちと歓喜が入り混じって、自分でもどれが本心なのか良くわからない。
だが、ついて来ると言うのなら。


「…条件を付けたな。覚えているか」
「足手纏いにならないこと、逆らわないこと、従うこと、泣かないこと」
「付け足す」


ついて来ると言うのなら。
安穏とした人間の生活よりも、血と断末魔に塗れた自分との道を選ぶというのなら。


「傍を離れるな。…死ぬな」


せめて自ら死を受け入れることはしないように、と。
何度も頷くに満足し、行くぞと背を向けると後ろから服を掴まれた。
バージルは振り向かずにの言葉を待つ。


「でもバージル、あなたに危険が及んだら、やっぱりわたしは」
「くどい」


この後に及んでまだ余計なことを言おうとするその先を聞きたくなくて、バージルはの唇をふさいだ。
そうして、何故、と問う声には答えずまた背を向けた。
(その答えなど既に与えた筈だ)