「履かせて」

自分でもなんて幼稚なことをしているのかと思った。椅子に座りながらただ俯くしかない。
散々駄々をこねて子供のように足をばたつかせた挙句、履いていた靴を飛ばしてそれを拾って履かせろという。
目の前の男は何も言わず見下ろしている。
その視線が突き刺さるようで、顔を上げることも出来なかった。
居た堪れない。けれど今更先ほどの発言を撤回することなどできず、黙ってその視線に耐えた。
バージルの次におこす行動はきっとこうだ。
まず、大仰に溜息をつく。その後に黙って私の目の前から消える。
残された私はいつものようにただひたすらに後悔するだろう。
いつまでも彼に釣り合う女性になれない自分を。

「靴、」

かすれた声でもう一言だけ。こんなことが言いたいわけではないのに、意志に反して舌が動く。

「履かせて」

ああなんて馬鹿な。この期に及んでこんなことを言う自分の舌を抜いてやりたいと思う。思うだけだけれども。
けれど満たされないのだ、どうしても。思い通りにならないこの男が憎らしい。
いつだって勝利は彼の上にある。何故なら惚れているのは、翻弄されて格好悪い姿を見せて最後にひれ伏すのはだからだ。
気の遠くなるような沈黙の時間(実際は30秒かその程度だと思う)が流れた後、バージルの口から溜息が漏れた。
そうして、踵を返して私の元から離れていった。
ほうら、思ったとおり。
彼は自室に戻って、わたしはこのまま此処で後悔とかその他色々なものに押し潰される。
進歩の無い稚拙な行動。いつか飽きられてしまうだろうに。

(またやっちゃった)

目を閉じて息をつく。
そこで、するり、と裸足の踵に誰かが触れるのを感じた。
驚いて目を開けると、いなくなったと思っていたバージルが戻ってきて、わたしの足をそっと持ち上げていた。
その傍らには、靴。
だがバージルは靴を履かせようとはせずに、黙って私の足の甲を見つめている。

「バージル?」

不思議に思って声を掛ける。すると、バージルは何を思ったかわたしの足の甲に口付けた。
それはまるで、女王に忠誠を誓う騎士か何かのよう。
信じられない思いで彼を見る。

「なに、を」

バージルはその問いには答えず、まるで壊れ物に触るような手付きで優しく靴を履かせてくれた。
そうして、跪いたままこちらを見る。彫刻のような、それこそ悪魔的に美しい顔。唐突にその頬に触れたいと思ったがやめておいた。



足に添えられていた手が離れ、指がつう、とわたしの頬を撫でた。
あ、それはわたしがやりたかったことなのに。

「次は何が望みだ」

薄い唇がゆっくりと言葉を紡ぐ。その様子に目が釘付けになるわたしはどうしようもなく彼に惚れているのだ。
低い声が耳に入ると、腹の奥が疼くような気がした。望みは何かと聞く言葉に強欲な心が暴れだす。

「キスして」

足じゃなくて、唇に。
忠誠は誓わなくて良いから、騎士になんてなってくれなくていいから。
でも、従って。そうして支配して。一緒に居て。

矛盾した思いがぐるぐると頭を回る。
そのうちに、顎に手が添えられ弧を描いた唇が近付いて目の前に青が広がる。
それが敗北なのか勝利なのか分からなかったが、その様子に満たされた気分になって目を閉じた。