「そんなに難しいこと言ってるわけじゃない」


こういう言い方はちょっと卑怯だったかなと思う。
の目の前で、バージルがなんとも複雑そうな表情をしている。
眉間に皺を寄せて、怒っているみたいな表情。でも分かってる。怒ってるんじゃない、困っているんだ。
バージルの微妙な表情の違いを理解すること、それはの特権のひとつ。
それができる人間なんて、この世にただひとり、だけだ。(半魔である彼の双子の弟を含めなければ、だけど)
その事実がの心をきゅう、と満たす。


「高層ビルの最上階から飛び降りろっていうような無理難題言ってるわけじゃないんだから、そんなに思いつめた顔しないでよ」


がため息混じりに言うと「それは別に無理でもなんでもない」と返ってきた。
ああそうだ、彼は悪魔だった。人間の尺度で測ってはいけない。


「好きだよ、バージル。一番好き。すごく好き。多分、バージルが思ってるよりもずっと」
「…」
「でさ、多分あなたもあたしのこと好きなんだよ。バージル自身が思ってるより、たぶん、ずっと」


我ながら自意識過剰な発言だと思う。けれど、おそらく間違いではない。
その証拠に、バージルは否定しない。葛藤がありありとその顔に浮かんではいるけれど。
バージルは認めたくないに違いない。
自らが忌避し疎んできた、人間の血。
その人間に、自分が僅かなりとも執着しているだなんて。
きっと、屈辱だって思っている。
プライドの高い彼にとっては、自分の喉を掻き切ることよりも、高いビルから飛び降りることよりも、を好きなのだと認めることの方が恐ろしく困難なのだ。

それを認めることは敗北だ。彼の表情が、沈黙がそう言っている。

だけどここまで来たら、当然だって一歩も退けない。
崖っぷちとはまさにこのことだ。
自分の気持ちを欺いて今まで通りの関係を続けることは簡単だ。口を噤んでただにっこり笑っていれば良い。
だが、もはやにその選択肢は無かった。
今までずっと悩んできたのが馬鹿みたいだと思えるほどに、その言葉はすんなり口から出て行った。

好きだ。この悪魔が好きだ。

この思いが受け入れられなければ、バージルが認めてくれなければ、これで終わりだ。
隠し続けた恋心は断崖絶壁から真っ逆さま。もう地上に戻って来る事は無い。

バージルもそれを感じている。
ここで自分が首を縦に振らなければ、終わるのだと。

正直に言うと、「まさか」の一言で終わってしまうだろうと思っていた。
けれど、やっぱりバージルはに少なからず好意を持っている。
それは確信だった。


「ひとこと、あたしを好きだって言えば良いの。そしたら全部あげるから」


苦悩も喜びを温かさも命すらも、あたしが持ってるもの全部。
でもここで認めることを拒否したり、当たり障りの無い言葉で逃げたりしたら、何もあげないから。

退路は断った。
バージルの眉間の皺がさらに深くなる。
それを見て、ざまあみろ、と思った。



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