だるい身体をゆっくりと起こす。
疲れ知らずである筈の身体も、どうしてだかこの時ばかりはいつも鉛のように重く感じる。
その理由が、彼の身体を流れる悪魔ではない方の血によるものだとしても、不快ではなかった。
部屋に篭もる空気は甘ったるくてどことなく淫靡な雰囲気を纏っている。
開けているわけではないのに窓の方から冷気が漂ってきて、火照った身体にはむしろ気持ちが良かった。






何かを求めたすこし前





(白い)


バージルは隣に眠る女の肩を眺めて、まるで石膏か何かのようだと思う。
つい先刻まで赤みを帯びて熱のこもっていた筈の肌は、まるで全て夢であったかのようだ。
うつ伏せになった女の背には、黒い髪が無造作に散らばっている。
その髪を払うと、次に現れるのは点々と残る赤い痣。


「満足?」


死人のような背が動き、くぐもった声が聞こえた。
この女、は事が終わった後いつも同じことを聞く。
その『満足』が何に対してのことなのかは解らない。
身体のことならばイエス。心のことならば、その答えはノーだ。


「さあな」


毎回同じ事を聞くに、毎回同じ答えを返す。
もう習慣のようになってしまったやりとりだ。
窓の外を見れば、空は夕焼けを通り越して既に暗い。


「いつ、満足するの」


そんなことを聞かれても答えることなど出来ない。
今は全てが中途半端だった。ただ心の赴くままに言葉も無くを組み敷いて貪って、それで終わりだ。
そこには恋人達の睦言や労りなどという小難しいものは存在しておらず、在るのはただ欲する激情のみだった。


「さあな」


いつ満足するかなど解らない。ただ、未だ満たされていないことだけは確かだ。
その証拠に、今のこの空虚な胸の内。あんなにも熱く煩わしいと感じていたシーツが冷たい。
更にもっとと欲する心が軋みを上げる。
何が足りないのかが解らない。
欲しいものならば全てが手の内にある。
は既にバージルのものだ。


「わからないの?」
「なにがだ」


はうつ伏せのままで、その表情を伺い知ることは出来ない。
その腕も首も肩も全てが血が通っていないかのように白く透き通っており、かろうじて呼吸に合わせて上下する動きが、彼女が生きているということを示していた。


「どうして満たされないのか」


白い手がシーツを握り締めるのを見た。
それを攫って、指先に口付けたい衝動に駆られる。
ずく、と痛みにも似た感覚が腹の底を走り抜けた。


「お前は知っているのか」


、と呼びかける声には反応せず、彼女はただ小さくため息をついた。
どうしようもなく空虚なこの内を満たす方法があるのならば、どんなことでもするつもりだった。
それ程までに、渇いた心が何かを欲している。


「どうすればいい」


バージルは、の黒髪を一房掬った。
指の間からするりと流れ落ちる滑らかな感触は、彼女の人種的特徴だ。
掬い取っては落とし、また掬う。


「一言、あなたがわたしに一言だけくれれば、」


その心を埋めてあげるのに、と。


最後の言葉は本当に小さくて、聞き取るのが困難だった。


「お前のことで、俺がまだ手にしていないものがあるとでも?」
「あるよ」


目を細めてを見下ろす。
ならば寄越せという声に、は小さく嗤った。
それに苛立って、些か乱暴にの身体を反転させる。
見上げる顔さえも、白く能面のようだった。


「バージル」


の手がバージルの頬に伸びる。
触れた手が恐ろしく冷たく感じたのは、自分の身体が熱い所為なのか。


「わたしも、同じように満たされない」


伸ばされた冷たい指先が、頬を辿って目尻を撫でる。
バージルは磁石で吸い寄せられるようにして、その唇を甘く食んだ。

啄ばむように触れ合う吐息の狭間で、がまた、一言だけでいいのだと呟く。
だが彼女が望むその言葉が解らずに、もどかしさを誤魔化すようにしてバージルはの身体をきつく抱き締めた。





(たった一言、私を想っていると言ってくれれば)