居候の分際で文句など言える立場ではないということならば骨身にしみるほど理解しているつもりだ。
だが、どう考えても家主である男は横暴に過ぎるだろう。
銀髪の、悪魔的な美貌を持つあの男はを馬鹿にしているとしか思えない。いや、確実に馬鹿にしている。
たとえば外が凍るように寒くとも、轟音を伴う大雨であっても、たとえ街が寝静まった夜でも、何か欲しいものがあればに買いに行かせる。
店が開いてない、と抗議したって聞いてもくれない。買えるまで戻るなと言われ、仕方なく店の前で夜を明かしたこともあった。
ある時は、夜中だというのになんと森にきのこ採りに行かされた。
特に理由もなく徹夜させられたこともあった。
思い返せば理不尽な要求の数々。改めて、ここを出て行かなかった自分に拍手を贈りたい気分だった。
だが最早我慢も限界だった。
「申し訳ありませんが、実家に帰らせて頂きます」
今までどうも有難うございました、と口先ばかりの礼を言った。
目の前で悠々と脚を組んで、優雅なティータイムを楽しむ男は口の端を歪め、鼻で笑う。
「帰る家がないと行って転がりこんできたのはどこのどいつだ」
「…わたしだけど」
「犬並みの記憶力はあったようだな」
カップをソーサーに置いて足を組みかえるその仕草が嫌にきまっていて、は苛々と眉間に皺を寄せた。
侮辱するような言葉にもすっかり慣れてしまった。
「とにかく、もうこんな家出てってやるんだから」
もううんざり、と大袈裟に手を広げる。
そう、うんざりという言葉が最も合っている。
理不尽な要求も、横柄な態度も、全てがだ!
「さよーなら、今までお世話になりま」
「コーヒーを淹れろ」
別れの句を遮って、バージルがテーブルの上から一冊の本を手に取りながら言ったその意味を一瞬理解できなかった。
「え…あのさ、わたしの話聞いてた?」
「ああ。早く淹れろ」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
はこめかみを押さえた。
今紅茶を飲んだばかりだろうとか、最後の最後まで使うつもりかとか、言いたいことは沢山あるがそれより何より。
「ずっと思ってたんだけどさ!確かにわたしは居候の分際であなたの言うことを何でも聞くって言ったけど一応ひとにものを頼むときには最低限の礼儀ってもんがあるんじゃないの」
息継ぎもせずに一気に捲くし立てる。それにどれほどの効果があるかは解らないが、腹の虫が納まらなかったのだ。
案の定、バージルはこちらを見もしない。
絶対に淹れてなんかやるもんか、と踵を返そうとしたその時。
「誰が頼みごとなどした。これは命令だ」
自分勝手もここまでくると感動ものだ。眩暈がする。
恐らく彼にはどんな抗議も無駄だろう。
一体どうやったらこんな風に育つのか、不思議でならない。
呆然とバージルを見つめていると、その碧眼がこちらをちらりと見遣った。
「それに、お前の淹れたコーヒーは美味いからな」
思わぬ告白に、は目を丸くした。
今までそんなこと、一言だって言ったことはなかったのに。
絶対に聞いてやるもんかと思っていたのに、早くしろ、と急かすように言われて思わずキッチンに足が向いてしまうわたしは、彼と過ごした何ヶ月間でとことん従者気質になってしまったようだ。
ちょっとだけバージルの耳がいつもより赤い気がしたが、そのことに触れればきっとあの厚い本の角で殴られるに違いない。
我儘なこころの内側
(やっぱりコーヒーよりも緑茶にしろ)
(淹れてから言うなよ!!)