謝罪の言葉はその唇と




はまさに鬼の形相とも言うべきバージルの顔を見上げながら、どうしてこういう事態に陥ったのか考えた。
とは言ってもその理由など火を見るより明らかであったのだけれど。


「そんなに怒るなよ。こいつ怖がってるぜ?」


の隣には、目の前で眉間に皺を寄せているバージルと同じ顔をした男がひとり。
バージルの青いコートとは対照的に赤いコートに身を包み、不遜な笑みを浮かべている。
話し方や身のこなし、髪形、服装は違うが、その顔は本当に同じだった。
ただその纏う雰囲気が、二人が全くの別人であることを如実に物語っていた。

バージルは静かに、だが怒りを湛えた眼でと男を見下ろしている。
口では何も言わないが、それがより一層怖かった。


「…弟が居るだなんて、知らなかったんだもん」


俯き、口を尖らせながら小さく抗議する。そう、知らなかったのだ、双子の弟が居るなどとは。
まさかバージルと同じ顔をした人間(悪魔?)が他にも存在するだなんて思いも寄らなかった。
だからこそ、この家への侵入を許したのだ。


「別にそんなに気にすることでもないだろ?ちょっと抱きしめてキスしただけじゃねえか」


赤いコートの男―ダンテと名乗っていた―は、大仰に手を広げ、肩をすくめてみせた。
本当に違う、バージルとは。よく見れば、考えればわかる筈なのに、思い込みとは恐ろしい。


ほんの何分か前の出来事。
玄関のドアが乱暴に開いて、バージルと同じ顔の男が入ってきた。の知っている世界の中で、銀髪碧眼の美しい悪魔はバージルだけだったから、当然その男が別人だなんて気付かなかった。
いつもと違うコートを着て髪が無造作に額に落ちていたが、そんなことにも構わず抱きついてキスを強請ったのだ。
バージルと同じ顔の男は、少し、いやかなり驚いた顔をしたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべての腰に腕を回し優しいキスを落とした。
おかえり、と声を掛けるとただいまと返してきた。
そんな状況でどうやって見破れというのだ。その男がバージルではなかったなどと!

そこへ、まるで謀ったかのようなタイミングでバージルが帰宅したのだ。実際ダンテがそう仕向けたのかもしれないが。



「しかし驚いたな!何を隠してんのかと思ったら、」


ダンテがの顎に手をかけて、無理矢理に顔を上げさせられる。
面白そうに細められた、バージルと同じグレイッシュブルーと目が合った。


「随分と可愛がってるみたいだな」


俺のことも黙っているなんてな、と喉の奥で笑うダンテを睨み返す。
わたしがバージルと間違えて抱きついた事に気付いていながら、遊んだのだ。
確かに気付かないこちらも悪いが騙したダンテにも非は十二分にある。


「その手を離せ」


バージルの不快さを隠そうともしない低い声が響いた。
右手が閻魔刀の柄へと、ゆっくり上がっていく。その様子を見て、もう一度鼻だけで笑ってダンテはから手を離した。
やれやれと首を振るダンテに、バージルの片眉がぴくりと動いた。


「じゃ、オニイチャンの怒りが爆発する前に邪魔者は退散するか。…と、その前に、」
「…!な、なに!」


ダンテは素早くの手を取り、まるでどこかの紳士のように恭しくその甲に口付けた。
咄嗟に手を退いて逃れようとするが、ダンテはそれを許さなかった。
逆にぐい、と手を引かれて耳元に唇が寄せられる。


「あんたとのキス、良かったぜ」


囁かれるように言われて、音がしそうな勢いでの顔が紅潮した。
いくらバージルではないと解っていても、その顔と声は女性を蕩けさせるには十分過ぎるほどの威力を持っている。
な、な、なにを、と言う自分の声がひっくり返っているのがわかった。


「失せろ」


びゅん、と耳元を何かが掠めた音がした。見ると、バージルの周りに青白い剣が浮かび上がっている。
続け様にその剣がダンテに向かって飛んでいく。
突き刺さる、と思って顔を手で覆ったが、ダンテはそれをひらりとかわしながらドアへと向かった。


「じゃあな!今度はちゃんと"俺"にキスを強請ってくれよ」


そう言って乱暴にドアが閉められる。閉じられたドアに、何本も青白い剣が突き刺さった。
振動で、がしゃんと床に掛けられた絵画が落ちた。

嵐のように去っていったその後を呆然と見遣る。
双子とは多かれ少なかれ性格や仕種が似るとよく聞くが、ここまで似ていないとは…と思いを馳せていると、ごつ、という重い靴音が響いた。
ぎくり、と肩を震わせて硬直する。





先程とは打って変わって、なんの感情も読み取れない声色。
ぎちぎちと音がしそうな動きで振り返ると、眉を釣り上げたバージルがこちらを見ていた。


「………ごめ、ん」
「…」
「や、でもね、バージルも悪いと思うの」
「だって弟が居るだなんて一言も、ってうわ!」


言葉が終わらない内に腕をひかれ、突然担ぎ上げられた。
なにすんのという抗議の言葉も無視して、を担ぎ上げたままバージルの足は二階へと進んでいく。


「ちょ、ちょっと!なに!」


足をばたつかせて抵抗するがバージルの歩みは止まらない。
そのうちに寝室の前へと辿りつき、バージルはその扉を蹴り開けた。
一抹の不安が過ぎり、が口を開く。


「あの、さ。まさかとは思うけど、」
「そのまさかだ」


素っ気無い言葉と共に、の身体が寝台へと投げられる。
スプリングで身体が跳ね上がる前に、バージルによってそのまま縫いとめられた。
は焦って声を荒げる。


「ごめん、ごめん本当にごめん、もう間違えないから止そうよ!」
「黙っていろ」


有無を言わさぬ強い口調に口を噤む。
バージルの舌がの耳をなぞって、思わず喉がひくりとなった。



「刻み付けてやる」



二度と俺を誰かと見誤ったりしないように、身体にも、魂にも。

続く言葉が耳朶を打って、そのまま覆いかぶさってくる悪魔に抵抗など出来る筈もなかった。




甘い身体で贖う罪と


(次に間違えたら容赦はしない)
(今だって容赦してない癖に!)