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窓を開けると風がどっと流れこんできた。その予想以上の冷たさと勢いに身体が震える。 季節はもう秋の終わり。考えればこの冷たさとて当然のことだったが、部屋に差し込む光は暖かくて、つい外も暖かいものと錯覚してしまっていた。 もう一度風が髪を撫でると、格好悪いくしゃみが出て鼻をすすった。 「何を考えている。窓を閉めろ」 不愉快そうな声がすぐ後ろで聞こえたかと思うと、脇から長い腕が現れて窓が乱暴に閉められた。振り返るとバージルが眉間に皺を寄せて立っている。 先程の風のせいだろう、いつもは後ろに撫で付けられている髪が少しだけ乱れていた。 ついでに、テーブルの上の紙が飛ばされてばらばらと床に落ちてしまっているのが目に入る。 それらは数日前からバージルが整理していたもので、随分と重要な文献であるらしかった。 見慣れない文字がずらりと並んだそれは、には到底理解できるものではない。 「うわ」 昨日までは書斎で整理していたそれを居間に持ってきたということは、大分完成が近かったという事であろう。 バージルの所有する文献の中には本として綴じられていないものも多数あり、彼は数日かけてそれを修復整理して綴じた後、居間のソファで時には睡眠もとらずに読むということを繰り返していた。 窓を開けて風が入れば、薄い紙など簡単に飛ぶ。分かりきったことだというのに。 「ご、ごめん…」 バージルの片手が上がった。その動作に思わずは肩をすくめてぎゅっと目を瞑った。 思い切り叱られる、叩かれる。 身構えて衝撃を待ったが、しかしバージルの手はの横を素通りして窓の錠をかけた。 首を傾げてバージルを見るが、彼は窓辺を離れて何も言わず散らばった紙を集め始めた。 も慌てて駆け寄り、一緒にそれを拾い集める。 集めたものをバージルへと差し出すと、またも無言で受け取り、ソファーに座って作業へと戻った。 年月を経て薄茶に染まった紙を見つめるバージルの顔は無表情で、何の感情も読み取れない。 「…」 普段は些細なことで遠慮なく怒ってくるバージルが口を開かない。 それは予想以上に怖いもので、むしろ大声で叱られて殴られた方がまだましだと思えた。 「…バージル」 「なんだ」 「怒らないの?」 意を決して問いかける。自ら地獄の窯に身を投げるような行為だ、と頭の片隅で思う。 「何をだ」 「その……文献」 バージルは答えない。 かさかさと、バージルが紙を並べ替える音と風の音だけが響く。 はバージルの座っているソファーとは別の、一人掛け用のソファーに座って膝を抱えた。 本気で怒らせてしまったかも。どうしよう。どうしよう。 そんな事を考えていると、先程冷たい風に当たった所為か、また大きなくしゃみが出た。 「わ、なに!」 ごそ、とバージルが動く気配がして、頭から何かを被せられた。 何かと思ってみると、それはが愛用している藤色のブランケット。 「寒いなら掛けろ」 驚いてバージルを見るが、彼の目は整理している文献に向かったままそれ以上の声をかけてくることはなかった。 は少し悲しく思いながらも小さく、ありがとう、と言ってブランケットにくるまった。 「ごめんね」 やっぱりバージルは答えない。そうしてまた部屋の中に沈黙が訪れた。 ふいに背筋に悪寒が走って、は今日3度目のくしゃみをした。沈黙の中で、それはなんとも間抜けに聞こえた。 バージルが小さく息を吐いて、ようやく沈黙を破った。 「窓は開けるな」 「はい…」 鼻をすすりながら答える。そんなの姿を見て、バージルは先程よりも深い溜息をついた。 「本の整理などすぐに出来る。だがお前に風邪をひかれると面倒だ」 だから開けるな、と続けるバージルの顔をまじまじと見つめる。 分かり難いことこの上ないが、それはつまりの身体を気遣う言葉だった。 バージルがそれを意図して言ったのかどうかは分からないが。 「ねえ、わたしが風邪ひいたらバージルが看病してくれるの?」 他に誰がやるんだ、と返って来た言葉が嬉しくて、染まった頬を隠すようにはブランケットに頭まで潜り込んだ。 ばらの香りの風 (じゃあ今度は薄着で外に出てわざと風邪でもひいてみようかな) (…お前は馬鹿か) |