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「幸村…わたし、死ぬかもしれない…」 「な!突然何を申される!如何したのだ、どこか具合でも悪いのか」 「なんかもう死にそう」 「待っておれ、いま薬師を呼ぼう」 「なんかもう…あたしね…」 恋はいつでも 次にあたしが口にした言葉を聞いて、幸村は一瞬ぽかんと口を開いてから、今度は酷く落胆したような呆れたような表情をした。いや、ような、ではない。呆れていた。 床の上にころりと横になって天井を見上げているあたしに向かって、呆れているというよりも可哀想な人に向ける目線を寄越して、それからこれ見よがしに溜息をつく。 「…心配をして、損をしたぞ」 「ひどい」 「おぬしのほうが酷い」 「こんなに苦しいのに」 胸を押さえて苦しそうなポーズをとると、彼はさらに呆れの色を濃くした。 まあ、死ぬなんていうのは嘘にしても、苦しいのは本当だ。息が重く、胸がぎゅうぎゅうと締め付けられて痛い。それが朝も昼も夜も寝る前も、ずっと続くのだ。 恋の病とはよくいったものだ。これが病で無ければ一体なんだというのか。 ちなみに、をその恋の病に陥らせてくれた張本人はといえば、の横で可哀想なものを見る目をしている。 「…そんなに苦しいものならば、はやく想いを伝えて来れば良いではないか」 「今のところ勝算がないのでまだ勝負に出るわけにはいかない」 「今後勝ちの目が出る可能性はあるのか」 「……正直結構厳しい」 そう、正直ほぼ勝ちの目はないといってもいい。 なんといっても勝負をかけたい相手は現在、を哀れみの目で見下ろしているのだから。 こんな、彼に惚れてしまうという事態、過去のには知ることが出来る筈もなかった。煩くて無駄に熱血でお館様と鍛錬馬鹿で、場の空気もいまいち読むことができない、童貞男。 一体どうしてこんなことになってしまったのだろう。 気が付いたときには、既には恋の真っ只中に放り出されていた。 惚れると分かっていたら、もう少し自分を隠してイイコを演じることだって出来たかもしれない。けれど最初に会ったときには、絶対こいつとは仲良くなれないと思ったのだ。うるさいし男臭いし。 「あーあ。過去の自分を殴りたいよ」 「今の自分は良いのか」 「良くないけどそんな自虐の趣味はないの」 嗚呼、神様仏様。この病を治すことのできる唯一の人間は、まったくわたしに興味を示してくれません。どうすれば良いのでしょうか。そして、恋する相手が傍にいるのに可愛くできないわたしを何とかしてください。 「誰かを好きすぎて悶絶する羽目になるなんて、思ってなかった…」 「…一体誰なのだ、それは」 あんただよ、あんた。 という突っ込みは心の中にしまっておく。 怪訝そうにこちらを見つめる顔もかっこいい。格好良すぎて、胸がぎゅうと締め付けられる。頭がふわふわして、手足をじたばたと暴れさせたくなってしまう。 苦しい、苦しい。やっぱりこれは、病気だ。 「ぎゅってしたいぎゅってされたい!」 「…」 「ぎゅってされたら多分、あたし浮かれ死ぬ」 「そうか」 「ぎゅってされなかったら、焦がれ死にする」 「どちらにしても死ぬのではないか」 幸村がまた溜息を付く。 ああだめだ。此処にいると、幸村への愛おしさと、それから幸村に相手にされていないという現実への苦しさとの二重苦で、頭がおかしくなってしまいそうだ。 胸が苦しくて、このままだと本当に死んでしまいそう。 そう、死因は焦がれ死にだ。 身体をゆっくりと起こして、膝をかかえる。幸村が立ち去る気配はない。 どうして彼はここにいるんだろう。そんな目で見つめるくらいなら、さっさと立ち去ってくれればいいのに。 暫くそのまま沈黙が続いて、はとうとう耐えられなくなった。 幸村がここを去らないのなら、自分が去ろう。なんだかもう、ここに居ることに耐えられない。 そう思って、手を床について腰を浮かせたときだ。 「…某も、気に食わぬ」 立ち上がろうとした腕を、幸村が引っ張った。 その顔はどう贔屓目に見ても、…とても不機嫌というかむしろ怒っている顔だった。 なぜかわからないけれど、とても怒っているらしい。精悍な眉が釣りあがっている。 こわい。 「え、なに」 「いつもいつもそなたはそう言って、誰ぞ名も分からぬ男の話ばかりだ!」 「なに逆ぎれて…」 「今、そなたと共に居るのは某であろう!」 「え、すいませ…」 なんだかよくわからないが、怒る幸村の勢いに負けて口にしようとした謝罪の言葉は、最後まで出て来ることはなかった。 ぐいと引かれて、背中に腕が回る。 あっ。 そう思ったときには目の前に赤い肩があって、鼻が潰れた。 「そんなに苦しいのならばその男を想うのを止めよ」 「え、え、え」 「苦しいのはそなたばかりと思うたら大間違いだ!」 ぎゅううう、と骨が軋むくらいに抱きしめられて、混乱と痛みで呻き声しか上げられない。 「俺とて苦しい…!」 耳元で、幸村が搾り出すようにそう言ったのが聞こえた。 混乱から覚めて、その言葉の意味が頭に染み込んで来る。 もしかしてこれは、この流れは…! ゆきむら、と名前を呼ぼうとした瞬間に、彼がバッと勢い良く身体を離した。そうして、が止める間もなく「失礼致す!!」と鼻息も荒く立ち上がり、早足で部屋から出て行ってしまった。 なんという早業だ。止める隙もない。 「え…ええっ!え!?え!!?」 心臓がばくんばくんと鳴っている。驚きで言葉が出ない。 まさかの逆転ホームランの予感に、胸が痛くて苦しくて、ああこれはもうあたし死ぬな、と本気で考える。 追いかけることも忘れて、その場に取り残されたの頭上から 「おめでとー」 と呆れた色を含んだ忍びの声が、ひっそりと響いた。 ハリケーン!! (090908:某雑誌の某OPというコミック53巻の最後のコマの台詞から) |