「幸村様!膝枕してあげる!」

そういって、が自分の膝をぱんぱんと音がするほど叩いたのは、日差しの気持ち良い午のこと。
自室の前の縁に腰掛けた彼女は、足をぷらぷら揺らしながら楽しそうにしていた。
の言動はいつも突然で唐突で、そして少し可笑しい。
それがおなごというものなのか、それともが(他の世界だか異国だか知らぬが)外から来た人間だからなのか、幸村には良くわからない。比ぶる対象も居なかった。

勿論、このような白昼に女子の膝に横になるなど、破廉恥な行いが出来る筈が無い。
俺はの申し出を断り、そして「そのように軽々しく男が触れることを許してはならぬ」と嗜めた。
しかし彼女は何が悪いのかわからぬという顔をして、また「膝枕、したいんだってば」と言い張る。
そんなを無視して、彼女が陣取るその場所の後ろを通り過ぎようとすれば、今度は袴の裾を握られた。


「お願いお願い!」


下をちらりと見遣れば、が眉を下げて懇願するようにこちらを見上げていた。
ぐらりと揺らぎそうになるのをなんとか耐え抜き心を鬼にしてその場を離れようとしたが、袴を掴む手は離れず、仕舞いには「幸村様、お願い…」と揺れた声で言われて、とうとう折れた。
いつもは、礼など糞食らえ、というような不遜な態度をとる癖に、こういう時ばかり哀れっぽく頼むのだから始末が悪い。
…それを聞いてしまう己にも問題はあるのだが。


「はい、遠慮しないでどうぞどうぞ」
「…」
「幸村様、お願い」
「…御免」


儘よ、と勢いよくの膝に頭を乗せる。
枕とは違う、どこか優しい柔らかさに少しだけ驚いた。
何が楽しいのか、「いかがでしょう!」と声を弾ませるに対し、幸村はひたすら早く起き上がることだけを考えていた。
の些細な動きさえもが伝わってくる。己が頭を乗せているその温かく柔らかいものが、お、おなごの腿かと思うと頭が破裂しそうだった。


「幸村様って、頭もあっついね」
「知らぬ」
「拗ねないでよ」


もうよかろう!と言って浮かせかけた頭を、また腿に押し付けられる。着物に焚き込められた香のかおりが鼻腔を擽った。どく、と心臓がひとつ大きく打つ。


「ねえねえ幸村様、もしかして膝枕初めて?」
「…」
「幸村様の初めて、頂き!」
「破廉恥な言い回しをするな!」


自分の言葉の意味を分かっているのか居ないのか、はいつもこうやってわざわざ破廉恥な言い回しを選んで口に出す。己をからかっているのかと思えば、本気で気付いておらぬこともあった。
「前々から思っておったのだが、おぬし、その後先考えぬ破廉恥な言動を…」と言い掛けたのを、「はいはいおやすみー」と遮られてしまう。


「俺は眠らぬぞ」
「えーどうして!」
「如何してもだ」
「ねーんねーん、ころりよ〜」
「俺は童ではござらん!」


なにやら子守唄らしきものを唄い始めたを一喝する。
早く気が済めばいいと思いながら暫くそのままにしていると、今度は髪を梳かれる感触。
が、静かな唄を口ずさみながら、俺の髪を梳いていた。
小さく柔らかい手に撫でられ、するりと耳の後ろを滑る。ぞく、と背が粟立った。


「やめぬか!」
「でもほら、髪の毛弄られると気持ちよくて寝ちゃうでしょ?」


あたしは眠くなるよ、といってがへらりと笑った。
抵抗を試みたものの、に「膝の上でそんなにごろごろされるとくすぐったいよ」と言われ、観念する。
が髪を梳くたびに、耳の近くで髪の毛束が落ちる音が聞こえる。
後ろで結わえた髪も梳きながら、「ごわごわ」とが感想を述べた。


「触っても気持ちの良いものではあるまい」
「幸村様は気持ちいいでしょ」
「…慣れぬ」


髪を撫でられながら、ぽつりと本音を零す。
事実、いつ首を取られるとも分からぬこの世で、無防備に背を向けて頭を預けているということ自体が落ち着かない。触れられることにも慣れていない。
だが確かに、の言うように気持ち良くはあった。
幸村にはついぞ、母にこうして膝に上げて貰った記憶は無かったが、もしもあれば、きっとこういう感覚なのだろうと思う。

の手はただただ優しく、上から降ってくる声は柔らかく心地よい。
破廉恥極まりない行為ではあるが、膝枕というものも然程悪いものではないのやもしれぬ。
そう思った時だった。


ちゅ。


顔の横で、そのような音がした。
何をされたのか、理解するまでに一呼吸ほどの間があった。

頬に口付けられたのだと気が付いた次の瞬間には、顔が火のように熱くなった。
起き上がることも忘れて、頬を押さえながら口をはくはくと動かすが、言葉が出てこない。
見上げた先のは、優しい表情であったが、その頬が少しだけ、ほんのりと色づいている。


「な、な、なにを…!」
「なにって、ほっぺたにキスしちゃったの」
「きす?きすとは何だ。いやそれは如何でも良い!!」
「なんか、幸村様見てたらきゅんとして堪んなくなって」
「な…!だからといって口付ける奴があるか!」
「ちゅってしただけじゃん」


もう我慢ならん、俺は起きる!ともがいたが、それを阻止するようにが俺の頭を抱え込んできた。
近い。幾らなんでも、近すぎる距離だ。
の顔と首と胸とが有り得ない程近くに見え、混乱した。
かといって女子を突き飛ばすことも出来ず、ただ囚われたまま目の前の少女を凝視する。
の髪がさらりと掛かり落ちて、まるで檻の中に居るようだ。
彼女は「旅の恥はかき捨てって言うし、どうせだから言っちゃうね」と悪戯っぽく笑った。


「あのね、あたし幸村様のこと、好きだよ」
「は、はれん…」
「破廉恥って言ってもいいよ。終わったらね」
「っん…!!」


目の前いっぱいにの顔が広がり、息が吸えなくなった。
温かく柔らかいものが、ちゅう、と一度俺の唇を吸って、離れる。そしてまた、二度三度と啄ばむように離れたりくっついたりを繰り返した。
引き離そうとしていた己の手から、力が抜けていくのが分かった。
最後に「だいすき」と呟いたの吐息が唇にかかって、少しだけ長く息が塞がれる。

「幸村様のはじめて、いただき」という囁き声にも、反応すら出来なかった。
の頬は、薄い桜色をしている。離れた唇は、先程よりも熟れたような色をしているように見えた。

心臓が耳元で鳴っているかのように煩い。
頬が燃えるように熱い。
がゆっくりと離れていこうとするのを無意識に止めて、ぐいと小さな頭をこちらに寄せると、彼女の顔がふわりと赤くなった。



「幸村様、破廉恥って言わないの?」



それ以上俺に不利な口を利かぬよう塞いでやったあとは、は最早何も言わなかった。













(090414)