真田君との共同戦線が、最悪の終幕を迎えてしまって早1週間。
あたしと真田君はあれ以降、結局一言も言葉を交わしていない。
これなら、彼との接点が全く無かった頃の方がまだましだったかもしれない。
共同戦線を敷く前であれば、少なくとも朝の挨拶くらいは出来ていたのだ。それが今では、まさに絶縁状態。

(どうしてこうなっちゃったんだろうなー)

頬杖を付きながら、横目でちらりと例の集団を見る。
今日もあの男子達は騒がしい。前田君を筆頭に、なにやら楽しげにふざけあっている。
真田君も、いつも通りに笑ったり怒ったりと忙しそうだ。
こんなに色々考えて悩んでいるのはだけだということだ。

全部、無かったことになればいいのに、と思う。
あの時、真田君が差し出した右手を握らなければ、こんな思いなんてしなくて済んだのだろうか。
でも、最後はアレだったものの、それまでは凄く良い関係を築けていたのだ。
それを無かったことにはしたくない。

考えれば考えるほどに、ぐるぐるとネガティブな思考ばかりが頭を巡る。

少なくとも今言えるのは、こうなったのは絶対にの所為ではないということだけだ。
だって、何にもしてない。
真田君が急に不機嫌になって、全部ぶち壊してくれちゃったのだ。絶対に、自分の所為ではない。
自分の所為じゃないと信じたい。

(…あーあ、なんて)

往生際の悪い。



そうしてやってきた放課後。
予定の無い火曜日は、久し振りだった。
なんだかすごく、不思議な気分になる。虚しいというか、なんというか。
用事が無いから、荷物を詰める作業もいつもよりも2割増しに遅くなる。
のろのろと立ち上がると、隣から声がかかった。
見れば、いつも一緒に居る2人が並んで立っている。


「ね、今日の放課後暇?」
「え?」
「カラオケ行こうかって話してたんだけど」
「あ…」


言葉を濁したあたしを見て、何かを勘付いたらしい1人が「あ、今日火曜日だから無理か」と言ってきた。
胸の中に、暗雲が立ち込めたような気持ちになる。
もう、火曜日に特別な用事が入ることは無いのだ。
真田君と、あのパティスリーで会うことだって。

少しだけ迷って、「行く」って返事をしようと顔を上げたときだった。


がし、


と手首を強く掴まれた感覚。
驚いて振り返ると、後ろにはなんと、今一番話したくて、でも一番話したくない人の姿があった。



「え…なんで…」



痛いくらいに手首を掴んできたのは、真田君だった。
びっくりして、それ以上声も出せずにその場に固まる。
の目の前に居た友人達も驚いたようで、真田君の姿を呆然と見ていた。


「すまぬが、殿をお借りする」


真田君は一言それだけを言って、握った手首をぐいぐい引っ張って歩き始める。
友達が「あ、…どうぞ…」と言った声が聞こえた。

あまりにも驚きすぎて暫く引っ張られるままに付いて行っただったが、玄関に差し掛かったところあたりで我に返った。


「ちょ、ちょっと待って!」
「なんだ」
「なんだ、じゃないでしょ!」


相変わらず引き摺られながらも、手を振り解こうと抵抗する。
でも真田君の手は全然離れる気配が無く、それどころか振り解こうとすればするほど、強く握り締めてくる。
本気で、痛い。


「てっ、手首折れるよ!」
「ならば、黙ってついてきて頂きたい」
「ほんと、ふざけるのもいい加減に…」
「ふざけてなどおらぬ!」


強い声がして、思わず口を噤んでしまう。
振り返った真田君の顔はどこまでも真剣で、どこか必死だった。
あの、「嬉しくない!」って言ったときみたいに。

抵抗をやめると、真田君の掴む力が少しだけ緩んだ。
もうそれ以上は抗うのはやめて、ただ黙って真田君の後についてゆく。
何処に向かっているのかは、なんとなく分かった。
きっとあのパティスリーだ。

真田君は振り返らない。どんな表情をしているのかも見えなかった。




「俺は」
「…」
「俺は、このまま終わってしまうのは嫌なのだ」



呟くように真田君が言った言葉に、「え」と聞き返す。
けれど真田君はそれ以上何も言わずに、ただあたしの手首を引いて歩いた。


二人とも無言で歩いて、着いた先は予想通りの場所だった。
そういえば、二人で一緒に此処まで歩いたのは初めてのことだった。
いつも、恥かしがる真田君の為に現地集合にしていたのだから。
すっかり馴染みになってしまったパティスリー。店員さんだって、ほとんどが顔馴染みになってしまった。

「入るぞ」

と有無を言わさぬ声で真田君が言って、そのまま手首を引かれて店内に入った。
ショーウィンドウのなか、眩しい位に綺麗に並んだケーキの味は、全部知っている。
真田君と二人で、全部一緒に食べたのだから。

何か注文するのかと思いきや、真田君は何も注文せずに、あたしを連れてさっさといつもの席に座ってしまった。
店員さんに何か言われるんじゃないか、と思ったんだけど、特に何も言ってこない。
なんだか今の真田君に逆らうことが出来なくて、彼に続いてそのまま席に座る。

真田君は何か思いつめているような表情をしていた。
その頬が、ちょっとだけ赤い。
そこに、いつもの真田君を見つけたような気がして、すこしだけほっとした。
ほんとにキレちゃったんじゃないかと思った。

真田君は無言のままに、息を整えるようにして呼吸している。
すごく緊張しているみたいだ。
なんなんだろう、もう。緊張してるのはこっちだっていうのに…



殿!」
「はっ、はい!」



大きく息を吸い込んだ真田君が、急に大声で名前を呼ぶものだから、驚いて身体が跳ね上がった。
心臓がばくばくと大きく鳴る。
「俺は、そ、の…」と、何かを言いかけた真田君の語尾がどんどん小さくなった。
さっきまでの威勢が嘘みたいで、ちょっと拍子抜けする。
ほんのり赤い、という程度だった顔が今や真っ赤だ。


「…先日は、すまなかった」
「うん…」
「嬉しくないわけではなかったのだ、だが」
「うん」
「これで終いなのかと思うと、平生では居られなかった」


真田君は、ぽつりぽつりと、でも迷いの無い言葉で話す。
口を挟める様子でも、おどけて茶化す雰囲気でもなかったから、も黙って真田君の独白に頷く。



「そなたともう、このように共に会えぬ様になるのかと思うと堪らなかった」
「う、うん」
殿と、一緒に居る時間が楽しくて、終いになどしとうは無かったのだ」
「そ、うですか」
殿、俺は学校でもそれ以外の場所でも、もっとそなたと沢山話したい」



真田君はどうやら何かを吹っ切ったようで、真っ直ぐにこちらを見つめて、真っ直ぐな言葉を紡いでいく。
彼の顔から赤みがだんだんに引けていく代わりに、こちらの頬がどんどん熱くなっていくのがわかった。
だって、これって、これってどう考えても…
急上昇する心拍数と、沸騰しそうな体温に眩暈がしてくる。

すると、まるで図ったかのように、店員さんがひとつのケーキを運んできた。
「こちら、本日のスペシャルケーキとなっております」
という言葉と一緒に、目の前に差し出されたケーキ。



真白なクリーム、飾られた苺、一人で食べるには大きいけれど、二人で食べるには小さいくらいの大きさのホールケーキ。

その中央に飾られているチョコレートプレートに書かれた、綺麗なケーキとは似つかわしくない不恰好なメッセージ。

それを見て、は恥かしさとかそれを上回るくらいの感じたことも無い高揚感に、その場から逃げ出したいような、うずくまって消えてしまいたいような激しい衝動に駆られた。




殿、俺とこれからも一緒に居てくださらぬか!!」




真田君の大声は、きっと店内中どころか店外にすら聞こえていたかもしれない。
頬をうっすら染めながら、かつてないくらい真剣な顔をして吐き出された言葉に、頭が本当に沸騰したかと思った。
あまりの事態に、理由も分からずちょっとだけ涙が滲む。
これは恥かしさによる涙だろうか、それともそれ以外のものだろうか。


「…よ、宜しく、お願いします…」


蚊の鳴くよりまだ小さいであろう声で、答えることが出来たのはそれだけだった。
心臓が、煩い。手が顔が、熱い。
少しの沈黙の後、目線だけで真田君の方を見てみると、彼も俯いて、拳を握り締めながら体を震わせているようだった。
な、なんなのよ、こっちがせっかく勇気を振り絞って…!



殿!!」
「はいい!」



がたん、と勢い良く真田君が立ち上がって、テーブル越しに身を乗り出してきた。
驚いて身体を反らせるも、あっけなく彼の腕に捕まってしまう。
そのまま強引に引っ張られて、気が付けば真田君にぎゅうと抱きしめられてしまっていた。

無理な体勢だから身体が痛いんだけど、真田君の力が強すぎて引き離すことも出来ない。
店員さんがこっちを見ている。
窓際に面した席だから、外の人もこっちを見ている。
の中の恥かしさのメーターが、マックスを振り切った。


「ちょ、ほ、ほんともう駄目無理無理!」
「無理ではない!」
「〜っ、もー無理だって…!」


なんだかほんとに涙が出てきた。か、かんべんして…!


そんなあたしの悲痛な叫びも何もかもお構い無しに、真田君はあたしをぎゅうっと強く抱きしめつつ、世間様の大注目を浴びながら、


殿、好きだ!」


と、あのパティシエが書いたとは思えない不恰好で不器用な、チョコレートプレートのメッセージと同じ言葉を大音量で叫んだのだった。











(090401)