「あ」

ショーウィンドウに並ぶケーキからいつものように1つを選んで、真田君が小さく声を上げた。
どうしたのかと覗き込むと、彼は少しばかり呆然とした様子で、こちらを振り向く。
その口から、沈んだ吐息と共に吐き出されたのは、


「これで、最後のようだ」


という一言だった。

何のことか分からずもう一度聞き返すと、今度はもう少しだけしっかりした声色で、真田君が「このケーキで、最後でござる」と言った。
最後って、何のことだろう。少しだけ考えてから、はっと気が付いた。
最後のケーキ。つまり、この店で扱われているケーキは、今日で全部食べ終わる、ということだ。


「そ…っか、もうそんなに食べたんだ」
「そのようだ」


注文を終えて、すっかり二人の指定席となってしまった窓際の席に腰を下ろす。
カウンターから持ってきた、これまたすっかり馴染みとなってしまった何の変哲も無いアイスティーを一口飲んだ。


「真田君は、何を頼んだの?」
「紅茶のロールケーキを。殿は?」
「マンゴープリン」
「そうか」


それだけ言って、二人してずずっと飲み物を啜る。
そろそろ、季節限定のものも含めて食べたことの無いケーキも減ってきたなあって思っていたけれど、まさか今日で終わりだなんて思ってもみなかった。
驚いたというよりは、呆然としてしまって全然実感が無い。
から、とアイスティーの中の氷が立てる音が大きく聞こえる。


「そういえば、これ始めてから結構経ったんだね」
「そうだな」
「なんかでも、早いねー」
「そうだな」


真田君は、どこか暗い様子で自分のアイスティーをぼうっと見つめているみたいだ。
もしもーし、と目の前で手を振ってみると、少しだけ笑って視線を上げる。「ちゃんと聞いておる」って。


「良かったね」
「そうだな」
「念願叶って、制覇できちゃうんだよ、今日」
「…そうだな」
「元気ないね」


何を言っても「そうだな」しか返さない真田君にちょっとだけむっとしながら、アイスティーをぐるぐると掻き回す。からからと、軽くて涼しい音がした。
真田君は、俯き加減でテーブルの上の手を握り締めたまま、押し黙っている。話しかけ辛くて、も一緒に黙ってしまった。重い沈黙が流れる。
そのうちに、店員さんがお待たせしましたーって二人分のプレートを持ってきてくれた。
真田君のロールケーキと、あたしのプリン。
それに助けられて、なんとか真田君と会話しようと口を開く。


「美味しそうだね!」
「そうだな」
「ケーキ屋のメニューをさ、全部食べたことがある人ってそうそう居ないよね」
「そうだな」
「…あのさ、もちょっと嬉しそうにしない?」


あまりにも話をしてくれない真田君に苛々して、「最後なんだからさー」とこっちも不貞腐れて椅子に寄りかかった。
最後、という言葉を聞いて、真田君の肩がぴくりと揺れる。


「そう、だな」
「そうですよー」
「…では、頂こう」


いつもだったら「頂きます!」と恥かしいくらい嬉しそうに手を合わせるのに、今日はそれをしなかった。やっぱり、どこか元気が無い。
かちゃかちゃと、フォークと皿がぶつかる音だけが虚しく響く。すごく、気まずい。
プレートを交換した時も、真田君はどこかうわの空だった。


「ロールケーキ、美味しいね」
「…殿は、嬉しいのか」
「へ?」


苦し紛れに発したケーキの感想をさらりと流して、真田君はすごく思い詰めた様子で、交換したプリンに手も付けずに呻くように言った。
嬉しいのかって、そんなことを聞かれても困る。
嬉しいって、それ以外に何を言えばいいんだろう。


「嬉しいよ」
「…」
「真田君は嬉しくないの?」


だって、一緒に全制覇しようって言ったの、真田君だよ。
唇を尖らせながら、ケーキをつつく。ちょっとだけ責めるような口調になってしまった。
そりゃあ、だって「嬉しい」だけが全部じゃない。
今日限りで真田君との火曜日の秘密が無くなってしまうんだから、正直言ってすごく寂しい。
でも、それを伝えることなんて出来るわけがない。
言って、どうなるわけでもあるまいし。


真田君はそれから全然しゃべってくれなくて、そんな真田君に何も言うことも出来ず、結局二人して無言で食べ進めた。
せっかく、最後なのに。
真田君とは学校じゃ全然喋らないから、これがほんとに、ほんとに最後かもしれないのに。

ちら、と目線を上げて彼の方を見る。でも、真田君は俯いたままこっちを見なかった。











結局ほとんど無言で全部食べ終えて、あたしたちは無言のままに店から出てきた。
いつもならばここで、「ではまた来週」なんて言いながら笑ってサヨナラなんだけど、生憎ともう「来週」は無い。
記念すべき完全制覇の日だというのに、今までで最悪の終わり方になってしまいそうだ。
このまま終わってしまったら、今までの全部が台無しになってしまうような気がする。

(そんなの嫌過ぎる…)

この、楽しかった火曜日の共同戦線を、こんな終わりで締め括りたくない。
頭の中で一生懸命、言葉を探す。
良かったね!やーほんと、いい経験になりました。こんなに毎週毎週ケーキ食べることなんてたぶんもう一生無いよ。真田君のおかげだよ、誘ってくれてほんとに有難う!なんだかんだで結構楽しかったよ。また新作が出たら、一緒に食べに来ようよ。
よし、これで行こう。

考えた言葉達を外へ出すため、すうと息を吸い込んだときだった。


「…俺は!」


真田君が、勢い良く顔を上げた。
その必死な表情と声に気圧される。
彼の胸が大きく上下して、息を吸い込む。
その様子になぜか声を出すことが出来なくて、ただ黙って次の言葉を待った。

胸がどきどきする。なんだろう、何を言おうとしているんだろう。
…でも、次に発せられた真田君の言葉は、の予想し得ないものだった。



「俺は、嬉しくない!」



思わず、「は?」と声が出てしまった。
何を言われたのか一瞬理解出来ず、口を半開きにして真田君を見つめる。
嬉しくないって、どういうこと?
せっかく、二人でこのお店のお菓子を、完全制覇したっていうのに!


「ちょ、え、なんで?」
「分からぬ!」
「分からぬって、そんな」
「分からぬが、俺は全く嬉しくない!」


わけの分からない真田君に対し、もう呆然とする以外何が出来ただろう。
えー…、と弱々しい溜息にも似た声しか出ない。
真田君は苦い顔をして俯いている。
あたしも、どう返答して良いのかわからず、その場に立ち尽くした。

真田君が「帰る」と短く一言それだけ言って背を向けた後も。
その姿が角を曲がって見えなくなった後も。
悲しいとかむかつくとかそんな気持ちも出てこないまま、とにかく呆然と立ち尽くした。



パティスリー完全制覇、共同戦線。
あたしと真田君の火曜日の秘密は、こうして意味不明かつ最悪の結末を迎えてしまったのだった。












(090331)