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真田君のことを考えると、どうにも調子が狂う。 なんていうか、もやもやするのだ。嫌なもやもやではないのだけれども、落ち着かない。 せっかく二人で美味しいケーキを食べても、それに集中出来ない。 真田君の、大きくてごつごつした手だとか、下を向いた時にぱさりと落ちる前髪だとか、横を向くと現れる首の筋だとか、そういうものばかりに目が行ってしまうのだ。 教室に居ても、目がそっちに向いてしまう。 があんまり見ているものだから、真田君と良く目が合う。まずいと思ってすぐ逸らすんだけど、気が付けばやっぱり真田君の方を見てしまって、また目が合う。その繰り返しだった。 耳だって真田君の声ばっかり拾ってしまって、友達とお喋りしてても聞き逃してしまったり。 ああ、もうやだ! 頭を抱えてみても、悩みは消えることなくに付きまとう。 猿飛君に話しかけられたのは、そんな火曜日の昼休みだった。 廊下で、猿飛君と真田君の前を通り過ぎた時のことだ。 「ねー、さんと旦那ってさ、駅の方のケーキ屋によく二人で行ってるでしょ」 思わず息を飲んで、足を止めてしまった。 猿飛君は、にやにや笑いながらこちらを見ている。 真田君は真田君で、突然の猿飛君の言葉に驚いているようで、同じく声も無く目を剥いていた。 つう、と背中を冷たい汗が流れる。 「えー、と」 「隠さなくても良いよ、俺様知ってるから」 にっこりと完璧な笑顔でそう言われてしまったら、弁明のしようも無い。 はっと正気に戻ったらしい真田君が、酷く焦った様子で猿飛君に詰め寄った。 「何処で知った、佐助!」 「いや、どこもなにも、店で二人で居るとこ見ただけだし」 「他の者も知っておるのか!?」 「知らないと思うけど」 そんなに頑張って隠すことでもないでしょー、と言う猿飛君の顔は、意地が悪いとしか言い様が無い。 この人、完全に真田君をからかって楽しんでいる。 まあ、真田君みたいにリアクションが大きい人をからかう楽しさはちょっと理解出来るけれども、それに自分が関わっているとなると、笑って見てもいられない。 「他言はするなよ、佐助…」 じろりと猿飛君を睨みつける真田君の声色は、結構真剣に怖かった。 そうまでして秘密にされると、なんだかとしても複雑な気持ちになる。 「それにしても、なんか意外だよね」 「な、何が?」 「さんと旦那なんてさ、全然接点無かったじゃん。どうして一緒に?」 「偶々だ!余計な詮索は無用!」 噛み付くように言う真田君に、少し驚く。が見たことがあるのは、幸せそうにケーキを食べてる姿や、皆にからかわれて赤くなっている姿くらいのものだったから、こういう真田君は初めてだった。 猿飛君は慣れているのか、そんな真田君をのらりくらりと交わしながら、にやにや笑いを顔に貼り付けたままだ。 「はいはい、詮索も他言もしませんよ」 「そうしろ」 「でも、あそこって美味しいって噂だよね。いーな、俺様も行きたいな」 「…!」 静観していたあたしも、猿飛君のこの一言には思わず「えっ」と声を上げてしまった。 言ってしまってから手で口元を抑えてみるも、もうどうしようもない。 猿飛君はにっこり笑って、「俺様も一緒に良い?さん」なんて言ってくる。 言葉を濁しながら、どうやってこの場を切り抜けようか考える。 猿飛君のことは別に嫌いじゃない。 でも、正直に言うと、一緒には行きたくない。 だってあの店は、真田君とふたりで… 「駄目だ!」 ぐるぐると考えを巡らせていると、隣から大きな声が上がった。 びっくりして顔を上げると、声の主である真田君は、顔を少し赤くしながら憤慨しているようだった。 「なーんで駄目なのよ」 「駄目だ!」 「ちょっと横暴じゃないそれ。良いよね、さん」 「え、えーと」 「ともかく、駄目だと言ったら駄目なのだ!」 なんだよ仲間はずれかよ、と悪態をつきながらも、猿飛君はただ面白そうに目を細めている。真田君の剣幕に驚いている様子も、怒っている様子も無かった。 なんだかんだで、結局真田君はまたもからかわれているだけなのだろう。 …とか思いながら傍観していると、 「さんもさ、やっぱ旦那と二人きりじゃなきゃ嫌なの?」 とこれまた凄く答え難いことを猿飛君が聞いてきた。その顔には、やっぱりにやにや笑いが張り付いている。…彼は、真田君だけでは飽き足らずこのあたしまでからかうつもりなんだ! だというのに、分かってない真田君がはっとした様子でこちらを見てくる。 「さあね!」 午後の授業の予鈴に助けられ、それだけを言い残してあたしは教室に舞い戻った。 「今日は、佐助が迷惑をかけたな」 昼間には色々あったけれども、結局いつもと同じ席に二人で座りアイスティーを啜りながら真田君が謝ってきた。本気で申し訳無さそうに頭を垂れるものだから、こっちが逆に焦ってしまう。 「真田君が謝ることじゃないじゃない」 「そうなのだが…すまぬ」 「いえいえ」 「俺も、つい取り乱してしまった」 ほんとにね、と笑いながら、運ばれてきたケーキをつつく。 真田君はガトーショコラ、あたしはクレームブリュレだ。 「それにしてもさー、まさかバレてたとは思わなかったよね」 「佐助は神出鬼没なのだ。今も何処からか見張っておるやも知れぬぞ」 「えっ!!」 「冗談だ」 悪戯っぽい顔をした真田君を睨みつける。すまぬ、なんて言いながら彼は笑った。 最近気付いたんだけど、真田君の笑顔って、実は相当可愛い。可愛いなんて言ったら失礼だけど、でもやっぱり可愛いのだ。見ているこっちが、にやけてしまうくらい。 (まずい) 緩みかけた頬を、意識的に締める。気を抜くと、顔がでれっと崩れてしまいそうだ。 「でも、ちょっとかわいそうだったかもね」 「何がだ?」 「猿飛君。一回くらい連れてきてあげても良かったかも」 なんてねー、と続けようとした言葉は、真田君の意外にもしゅんとした顔によって遮られた。 え、なんでそんな落ち込んだ顔を…。 「殿は…」 「う、うん」 「殿は、佐助と、来たかったか」 こちらを真っ直ぐ見つめてくる真田君は、少し寂しそうで、そしてとても真剣だった。 彼があまりにも真剣な表情をしているものだから、誤魔化すことすら躊躇われる。 「えっと、あたしは…」 「うむ」 「真田君と二人で来れて良かった、かな」 「…!まことか!!」 「うん、まことまこと」 先程まで寂しそうだった真田君の顔が、まるで花でも咲いたみたいに明るくなった。 そ、そんなに嬉しそうな顔されると、逆に反応に困る。 「そうか」と満足げに呟いて、真田君はまたガトーショコラを大きく切って口に運んだ。 幸せそうに口を動かす姿、飲み込むのと同時に動く喉仏を見て、言葉では上手く言い表せない感情が込みあがって来る。 「俺も、そなたと二人が良かったのだ」 …込み上がる、良く分からない感情と一緒に、喉を通って奥の方へクレームブリュレが落ちていく。 焦がした表面が少しだけ苦くて、その後にとろける甘さがやってくる。 頬がじんわりと熱くなってきて、それを冷やすようには殆ど氷だけになったアイスティーを啜った。 (090331) |