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その日、めずらしく朝からずっと真田君がそわそわしていた。 ちらちらとこちらに視線を寄越しては、何か言いたげな素振りを見せる。 けれどやっぱり学校内で話しかけるのは躊躇われるのか、何も言ってこようとしなかった。 一体何なんだろうと思いながらも、どうせ今日は火曜日、後から聞けばいいかと迎えた放課後。 下駄箱の前で、「殿!」と真田君には珍しく大声で話しかけられた。 急いで追いかけてきたのか、少し息を切らせている。 いつもの面子は居らず、玄関には真田君とのふたりだけだった。 「どしたの?」 「すまぬが、俺は今日店には行けぬ」 へ?と聞き返すと、真田君はすごく申し訳無さそうに「朝からずっと言おうと思っておったのだが」と俯いた。 「試合が近いのだ。それで、今週は火曜も部活をすることになった」 「あ、そうなんだ」 「故に、すまぬが…」 「わかった、今日はキャンセルねー」 急な話ですまぬ、と謝る真田君に、手をひらひらと振って別にいいよと伝える。 正直言ってちょっとだけ残念だけど、彼は剣道部のエース?らしいし、仕方が無い。 うちの高校の運動部はどこも結構成績優秀みたいだが、中でも剣道部はすごいらしい。 何がどうすごいのかは、部活をやっていないはよく分からないけれども。 「来週は?」 「大丈夫だ」 「じゃ、来週にしましょっか」 「うむ」 じゃーね、部活頑張って。 そう言うと、真田君は爽やかに笑って「ああ」って答えた。 本当に、眩しいくらい爽やかな笑顔で、すこしだけどきっとした。 そんなわけで、今日の予定が無くなってしまった。 いつもの道を歩きながら、なんだか寂しいなーと思いつつ、あのパティスリーを覗く。 すると、店の中から誰かが手を振っているのが見えた。 目を細めながらその人影を確認して、それがクラスの友達だということに気付く。 手を振り返すと、今度は彼女がおいでおいでと手招きしているのが見えた。 無視するのもなんとなく気が引けたから、その手招きに答えて店の中に入る。 「、今帰りー?」 「うん、そう」 先に帰った筈の2人の友達が、いつも真田君とが座っていた席に座りながら、ケーキを食べていた。こっちこっち、と隣の席を勧められて、なんとなく気まずいなと思いながら彼女達の隣に座る。 今日は来ない予定だったのに、結局この店の同じ席に座っているだなんて不思議な感じだ。 「今日は用事無いの?」 「なにが?」 「だっていつも、火曜日はなんかひとりでどっか行ってるじゃん」 「あー…」 どこ行ってんの?と聞かれ、ちょっとだけ迷う。言ってしまおうか。でも、どうしよう。 そんなことを考えながら、結局口から出た言葉は「まあちょっとそのへんブラブラしてるだけ」だった。 「ふーんまあいいけど。それよりさ、ここ結構新しくできたとこだよね」 「うん、そうだね」 「うちら今日知ったんだよねー。は知ってた?来たことあった?」 「うん、まあ」 えー知ってたんなら早く教えてよ、と頬を膨らます彼女に、ごめんごめんと笑う。 彼女に合わせて適当にケーキを頼む。新しいケーキに挑戦しようと思ったけど、考え直して前頼んだことのあるものにした。 新しいケーキに挑戦するのは、やっぱり真田君が居るときでないと、ていう気がしたからだ。 それは使命感に近いかもしれない。 それにしても、今日剣道部が部活あって良かった。そうじゃなければ、彼女達と鉢合わせてしまうところだった。危ない危ない。 それから、3人で他愛も無いことを話して、ケーキを食べ終わった後も紅茶一杯で結構粘った。 いつも一緒に居るのに話題が尽きないって、どういうことだろう。女が3人集まれば姦しい、とはよく言ったもので、正直かなり煩かったと思う。 一通りしゃべって疲れてきたころに、誰からともなく「そろそろ帰ろうか」と言葉があった。 がら、と音を鳴らしながら椅子を引き摺り立ち上がる。 ちらりと横目でショーウィンドウを見て、真田君のことを思い出した。 今頃彼も、部活を頑張っているのだろうか。それとも、もうそろそろ終わりだろうか。 ショーウィンドウの脇の棚には、マドレーヌやクッキーが可愛らしくラッピングされて並んでいた。 「あたし、学校に忘れ物したからちょっと戻るわ」 と真っ赤な嘘をついて、やってきたのは道場の前だ。 もう暗くなりかけた学校は、少しだけ怖い。ちら、と中を覗こうとしたけれども、生憎と扉は閉まっていて見ることが出来なかった。ただ、竹刀を打ち合う音と、大きな掛け声、それから踏み出す足音がひっきりなしに響いてくる。 (やっぱりやめとこっかな…) 手の中の、小さな紙袋が音を立てる。中に入っているのは、あのパティスリーのクッキーだ。 なんとなく真田君のことが思い出されて、部活頑張ってるだろうし差し入れなんてしてあげようかな…と思い立って買ってみたはいいものの、は差し入れなんてしたことがない。 部活をやっている間に差し入れなんてする隙があるのかどうかわからないし、だいたい学校では真田君はのことを避けているのだし、渡すなんて不可能なんじゃないか?と気付いたのは、学校に着いてからだった。 それに、マネージャーでもなんでもない、一応ほとんど交流も無いということになっているただのクラスメイトが、急に差し入れに来たなんて、あらぬ噂を立てられても文句は言えないだろう。 絶対次の日あたりから「さんって真田君のこと好きらしいよ」「えーまじで!」「ほんとほんと、なんか部活にわざわざ差し入れに来てたらしいよ!」みたいな会話が、に聞こえないところでヒソヒソと交わされることになるのだ。 でも、せっかく学校に戻ってきたのに、このまま引き下がるのも微妙だ。 靴箱の中に入れようかと思ったけれど、おそらく彼は全ての荷物を道場に持っていってるだろうから、校舎には戻らない。すると、気付くのは明日の朝になってしまうだろう。それでは意図しているところと違う結果になる。 うんうんと呻りながら、道場のあたりをうろうろすること5分程。 なんだかすごい大きな声が響いて、中がしんとなった。暫く後に、有難うございました!!と大人数の声がして、がちゃがちゃと物音が戻ってきた。 どうやら、部活が終わってしまったみたいだ。 どうしよう!と焦りが強くなる。このまま逃げ帰ってしまおうか、と悩む。 もうこの際、クッキーは自分で食べてしまって、全部無かったことにしてしまおう、そうしよう。 やっぱり怖気づいてしまって、部員が出て来る前にさっさと帰ってしまおうと踵を返したところで、なんと間の悪いというか運の悪いことに、その道場の扉がすぱーんと空いてしまった。 しかも… 「……殿?」 さらにさらに運の悪いことに、その扉を開けたのが、なんと真田君だったのだ。 彼の顔には、どうしてあたしが此処に居るのかわけがわからない、とでっかく書いてあった。 真田君は頭にタオルみたいなのを巻いて防具を着けて、扉を開いた体勢のまま固まっている。 も、あまりの出来事に何て言ったらいいのかわからずに固まった。 お互いに、視線を外すことも出来ないままに見つめ合う。 たっぷり20拍分心臓が打ったところで、沈黙を破ったのはのほうだった。 出てきた言葉は、「お疲れ!何してるの?」 …ああ、なんて馬鹿な質問。地面に埋まりたかった。 「俺は、練習が終わったので、空気を入れるために戸を開けようと…」 「そっかあー」 「殿は、なにゆえ此処に…」 「あーえーとその、なんていうかね」 冷や汗が出てくる。心臓がばくばく鳴る。うう、こんな筈じゃなかったのに! 全身の血がさーっと引いて、緊張に指先が冷たくなるのが分かった。 ああどうしよう、変な奴だと思われて引かれてるかもしれない。 正直言って自分でも相当不審者っぽいなと思うのだから、きっと真田君だってそう思っているに違いない。 早く、早くこの地獄みたいな状況から抜け出したい。 「こ、これあげる!」 「これは?」 「差し入れっていうかお土産!」 ぼん、と持っていた紙袋を真田君に押し付ける。 混乱のままにそれを受け取った真田君は、「土産…?」と不思議そうに紙袋を見つめ、それからそれが何処の店のものかを理解したようで、あっ、と小さく声を上げた。 「部活お疲れ様、それじゃあたし帰るから!」 「あ…殿!!!」 押し付けるだけ押し付けて、逃げ帰ろうとした背中に真田君の大声がかかった。 空気がびりびり震えるくらいの大声だった。 思わずびくっとして足を止めてしまう。 うう、これ以上引きとめないでーと祈るような気持ちで振り返ると、真田君が紙袋を片手で握り締めているのが見えた。 あんなに強く握り締めてたら、クッキーが粉々になっちゃうんじゃないだろうか、と思う。 「あ、有難く、頂戴致す!」 そう言って真田君が、はにかんだ。 耳まで赤くなりながら、それでもすごく、嬉しそうに。 心臓が、一層高く強く鳴った。 顔がじわーっと熱くなったのが自分でも分かって、やばい!と思い「どういたしましてじゃあね!」と逃げるように彼に背を向ける。 その足が駆け出すまでにそう時間はかからなかった。 どきどきって、心臓が跳ねる。耳までじんわり熱くなって、すごく焦った。 ああもう、どうしてしまったのだろう自分は! これじゃまるで、まるで。 (そんなばかな!) 頭の中に浮かび上がりかけた言葉を、必死になって否定する。 そうじゃない、そうじゃないはずだ。 きっと、真田君がいつもと違う格好をしていたからだ。 胴着とか防具とか、そういうのに惑わされているだけだ。 試合の時の野球部がすごく格好良く見えるのと同じ原理だ。 心臓がばくばくいってるのは、慣れないことをした緊張から、もしくは今まさに走っているからだ。 だって、そうじゃなきゃ、おかしいじゃない! (090330) |