|
午後の最後の授業。その終わりごろに、真田君と目が合った。 じいと意味ありげにこちらを見てくる視線に向かって、小さく頷く。 大丈夫、今日でしょ分かってるよ、って。 それを確認して満足したらしく、真田君は小さく笑って前に向き直った。 なんだかその秘密めいたやり取りが楽しくて、口元がにやける。 真田君が本気で気にするだろうから、は親友にさえこのことを言っていないのだ。 どうしてそこまで秘密にする必要があったのか自分でも分からないけど、今はまだこのささやかな二人だけの秘密を守りたいような気がした。 ホームルームも終わって、ばいばい、ってどんどん人が帰っていく。 のろのろと鞄に教科書を仕舞っていると、真田君達の一行がの机の脇を通り抜けた。 視線だけを上げて、背の高い前田君、ちょっと悪そうな顔の伊達君、いつも飄々としている猿飛君を見る。 真田君がいつも一緒につるんでいるこの男子達は、とにかく全員顔が良い。勿論真田君も含めて。 「ばいばいー」 「うん、じゃーね」 前田君が視線に気付いてにこやかに挨拶してくれたのを筆頭に、伊達君とか猿飛君も「じゃあな」と声をかけてきた。でも、真田君だけは無言のままだった。 そこまで無視か、と思ったのも束の間。 一番後ろを歩いていた真田君が通り過ぎる時に、コツリとの机を指でこっそり叩いていった。 ちらりと見上げてみたけれど、真田君は前を見て猿飛君とおしゃべりしていて、こちらを見てはいない。 この小さな合図に、誰も気が付いていない。真田君と、以外には。 小さな秘密。それがまた、この共同戦線を楽しむための重要なスパイスになっていた。 真田君が出て行ってから暫くして、も席を立ち上がる。 向かう先は、勿論ふたりの戦場だ。 「やーごめん遅くなりまして」「いや、俺も今着いたばかりだ」 なんてべったべたな会話を交わして店に入り、ケーキのショーウィンドウへと向かう。 二人で背を屈めながら中を覗いていると、店員さんからこんな一言が降ってきた。 「本日カップルデーになっておりまして、お二人様でお得なケーキセットをご用意できますが、如何致しましょうか?」 店員さんからの思わぬ申し出に、二人共一瞬言葉を失った。 一体なんと返せばいいんだろう。 「えーと…」と言葉を濁しながら真田君の方を見ると、彼は未だ飲み込めていないらしく、口を半開きにしたまま呆然としていた。 機能していない真田君を横目に、とりあえず話を聞いてみる。 「ケーキは選べるんですか?」 「いえ、そのセットに致しますとケーキは選べません。本日はセット限定のカシスムースになります」 「限定…」 なんだか甘美な響きに、少し迷う。 どうする?と言いながら真田君の方に向き直ると、ようやく話が飲み込めたらしい真田君は顔を真っ赤にしながら拳を震わせていた。 そうして、すうと息を吸い込むと、 「お、お、俺と殿は恋仲ではござらん!!」 と力の限りに叫んだ。 そりゃ、恋人じゃないにしてもそんなに全力で否定されるとちょっとへこむ。 いやでも、そんな真っ赤な顔で必死に否定されたら逆の意味に取られかねないぞ、とも思った。 全力で否定したがる真田君に苦笑しつつ、店員さんが「男女ペアでしたらカップルじゃなくてもセットは可能ですよ」とやんわり勧める。この状況でも動じない店員さんの強さにちょっと驚いた。 「いえでも結構です。どうも有難うございました」 「あ…しかし…!」 「なに?」 「限定のケーキというのは、そのセット以外では食べられぬのか…?」 「そりゃそうでしょ、限定だもん」 真田君があまりにも必死で首を振るからセットは断ろうと思ったのに、限定ケーキがやっぱり気になるのだろうか。 眉間に深い皺を刻みながら、真田君はすごく悩んでいるみたいだった。 カップルセットを頼む恥かしさと、限定のケーキを天秤にかけているのだろう。 うんうん呻って考えた末、ようやく彼が重い口を開いた。 「殿」 「ん?」 「…セットを、頼んでも宜しいか」 「はいはい」 ありがとう、と俯き気味に言った彼の顔は、綺麗に並ぶケーキの上の苺くらい真っ赤だった。 そうして店員さんの笑いを買いながら注文したカップルセットの全貌が明らかになったとき、真田君に第二の衝撃が走ったようだった。 現れた限定ケーキ、真っ赤なカシスとキルシュのムースの形が、カップルセットの名前に恥じぬものだったのだ。すなわち。 「ハート型…」 「な、なんと…」 二人して、絶句してしまう。 ベリーとチョコレートのバラまで飾られたケーキは、どう贔屓目に見てもやりすぎな感があった。 ひとりで食べるには大きすぎるけれども二人で食べるには少し小さいサイズのそのケーキは、どうやら二人でつついて食べる仕様らしい。取り分け用のナイフも皿さえも付いていなかった。 「後悔してる?」 「いや!後悔などせぬ!さあ殿、いざ!」 覚悟を決めたらしい真田君は、まるでこれから試合でも始まるかのように勢い勇んでフォークを握り締めた。 どうみても、これからケーキを食べる人には見えない気迫だ。 「さあ!」と促されて、恥かしいからやめてくれと思いつつも、さらに大声を出されては敵わない、ともフォークを持つ。 頂きます、という言葉のゴングが鳴らされ、あたしと真田君はその恥かしいムースに取り掛かった。 ネタとして笑いながら食べれば平気だったんだろうけど、真田君があまりにも恥かしそうに必死に食べるものだから、こっちまで恥かしくなってしまう。 なんて言葉を発していいのかもわからず、ふたりともとにかく無言でそれを食べ進めた。 まさしく其処は、真田君とあたしにとって、戦場だった。 「…あのさ」 「うむ」 「これ、正直相当恥かしいね」 「…言うな!」 (090328) |