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窓際でぎゃあぎゃあ騒いでいる男子諸君をちらりと横目で睨みながら、「うるさいなあ」と呟いたのはの友達のひとりだった。 「いつものことじゃん」と別の子が言うのにも同意する。 その、うるさい彼らのうちの一人に目を留めて、なんだか不思議な気持ちになった。 一際背の高い前田君に何事かをからかわれ、憤慨している様子の男の子。 今までほとんど話したことも無かった彼、真田君と、一週間前とある同盟を結成した。 ひとつのお店のケーキ全種を、二人で制覇しようというものだ。 改めてその時のことを思い出して、ほんとにどうしてあんなことになったんだろう、と今でもちょっと不思議に思う。別に嫌なわけではないけれど。 しかし、そんな約束をしたはいいものの、今後の予定なんて全く立っていない。 幸村君は剣道部で放課後は毎日部活みたいだし、今度はいつあのパティスリーに行くのか全くわからない。 こういう突発的な試みは、勢いのあるうちに一気に片付けてしまわないと、途中で熱が冷めてしまう可能性がある。 真田君からはその後全く連絡は無いし、もしかしたら本人は忘れてしまっているのかもしれないなあと思った。だとしたら、こんなにあの約束を気にしている自分が馬鹿みたいに思えてくる。 「佐助、お前謀ったな!」 真田君の声が大きく響く。お前こそ、まさかわたしを謀ったんじゃないだろうな、なんて心の中で突っ込みを入れる。 頬杖をつきながらじいとそっちを見ていると、視線に気が付いたらしい猿飛君が「なーに、さん」と声をかけてきた。まったく目敏いことだ。 それに気が付いた真田君もこちらを見て、目が合った。 が、すぐに焦ったように視線を逸らされてしまった。…ちょっと、なによそれ! 「なに、旦那に用?」 「べつにーなんでもないよ」 「ふーん」 猿飛君は、真田君の顔とわたしの顔を交互に見比べている。 彼は聡い印象があるから、もしかしたら何か勘付いたのかもしれない。隠しているわけじゃないから別にいいんだけど。 真田君はちらっと視線を寄越しては、やっぱり逸らすという行動を繰り返している。これで顔が赤くなっていたりでもしたら、あらぬ誤解をされてしまいそうだ。 と、なんだかんだ言いつつやっぱりとしても何となく気になってしまうわけで、それから昼休みの間、ちらちらと視線を寄越す真田君と何度も何度も目が合ってしまった。 放課後、帰ろうと鞄の中に教科書を詰め込んでいるところで、真田君が声をかけてきた。 なんとなんと、あの日以来、一週間ぶりの会話だ。 周りにはの友達もおらず、真田君がいつも一緒にいるメンツの姿も見当たらない。 もしかしたら、彼はこの状況をずっと待ってたのかもしれない、と思った。なぜなら、彼はすごく周りを気にして、挙動不審にしていたからだ。 「殿、今日はお暇か」 「うん」 「俺も、火曜は部活が休みなのだ」 「剣道部休みあったんだ」 「うむ。それでな、殿さえ良ければ…」 「今日行くの?」 「ああ」 真田君は早くこの会話を終らせたいらしく、しきりに周りを気にしている。そうとは見せないように取り繕っているみたいだけど、分かり易すぎる。 そんなにあたしと話しているところを人に見られたくないんだったら、そもそもあたしを誘わなきゃいいんじゃないの、とちょっとひねくれた考えさえ沸いて来た。 「だめか?」 …でも、真田君のおねだりみたいなその言葉に負けて、結局首を縦に振ることになった。 学校から一緒に店に行くのかと思いきや、彼が提案してきたのはなんと現地集合だった。 どうせ行き先が同じなんだから一緒に行こうよめんどくさい、って言おうかと思ったけど、真田君は本気で人の目を気にしているみたいだからやめておいた。だってそこまで意地悪じゃない。 例のお店の前へ向かっていると、一足先に着いていた真田君が嬉しそうに手を振ってきた。 学校の外だと違うのか、今度は他人の目を気にせず大きな声で「殿!」なんて呼ぶもんだから、真田君のことがちょっと分からなくなった。 こんな往来で、にこにこ嬉しそうに手を振って大声で呼ぶのは良いのに、どうして学校では目を合わせることすら避けるんだろう。はっきり言って気にしすぎだ。 中に入ると、真田君の目がまた輝きを増す。 今日はは宇治抹茶のムース、真田君は迷わずモンブランを選んだ。 「先日から、次はモンブランを食べようと決めておったのだ!」と満面と笑みだ。 先日と同じ場所に席を取り、運ばれてきたケーキを見て素直な感想を述べる。 「すごいね…」 「そうだな…」 真田君のモンブランは、マロンクリームがどっさり、というかほぼマロンクリームの塊といって良いほどどっしりとしたモンブランだった。クリームがはみ出まくっている。豪快だ。 いただきます、とまるでお昼ご飯でも食べるときのように手をぱんと合わせて、各自お菓子に取り掛かる。 相変わらず彼は幸せそうな表情だ。美味しい?と聞くと、首を縦に何度も降った。 「殿も」 そう言って、モンブランの乗ったお皿をずずっとこちらへ寄せてくる。 今日は、あの「あーん」ってやつはやらないみたいだ。 「あれ、食べさせてくれるんじゃないの?」 「そっ、そのようなことはせぬ!」 「えー残念、あーんってやって欲しかったのにさ」 「な…」 「うそうそ、そんな赤くなんないでよ冗談だよ」 「殿!からかうのはお止めくだされ!」 ちょっとからかっただけで、彼は本当に真っ赤になってしまった。 今時こんな男子なんて滅多にいない、天然記念物クラスだ。 反応が初々しいというか面白いというか、楽しくてついついからかってしまう。 「真田君って女の子苦手でしょ」 「苦手ではない!」 「うそ。だって教室であんなにあたしのこと避けてたじゃない」 「それは…」 「それとも女の子じゃなくてあたしが苦手なの?ちょっとショック」 「違う!!」 冗談交じりに言った言葉に、噛み付くように否定されてちょっとだけ驚く。 「そなたのことは苦手ではない!」と真田君は物凄く力強く言い放った。 「あ、そうなんだ、ごめん」 「…慶次殿が」 「前田君が?」 「慶次殿が、からかうのだ」 口を尖らせて真田君は俯いてしまう。 慶次君といえば、人の恋愛話に首を突っ込むのが大好きだってことで有名な人だ。 きっと真田君が誰か女の人と話したり、話題に上らせたりするだけですぐにからかってくるのだろう。 彼はそれが嫌なのだ。 「ふーん、そっか。てっきり避けられてるのかと思ってたよ」 「そのようなことはない。今日とて…」 彼はすこし言い澱んでから、大きく息を吸い込む。 「今日とて…いや先日よりずっと、俺は殿に声をかけたかったのだ」 「あ、うん」 「それで、いつ声を掛けようかとずっとそなたを見ておった」 「そ、そうなの」 「だが、それに気が付いた慶次殿や佐助や政宗殿がまたからかってきおって」 その時の事を思い出しているのか、拳を握り締めながら真田君は忌々しそうに眉を歪めた。 まあいいじゃん、と適当に宥めてみるも、良くない!と憤慨された。彼にとっては大問題みたいだ。 とにかく、話を総合するに、どうやら学校ではあまり真田君には話しかけないほうがいいということだろう。 「じゃあ、どうしようか」 「?」 「や、次はいつ来ようかってお話。学校じゃ話せないでしょ?」 「そうだ、そのことなのだが。俺は、毎週火曜は部活が休みなのだ」 「それ以外は毎日部活だもんね。じゃ、毎週火曜にする?」 「うむ。…殿さえ良ければ、なのだが」 「いいよいいよ」 ひらひらとスプーンを左右に揺らしながら、じゃあ来週もまた火曜日ね、と言う。 真田君はほっとしたようにはにかんだ。ほんと、全部顔に出る正直者だ。 「…ところで殿」 「んー?」 「俺にもそのムースを一口くれぬか」 「ああ、ごめんごめん」 器ごと彼に渡そうと思ったけど、そこで悪戯心が沸いた。 にや、と口が意地悪く歪んでしまう。 そんなあたしの顔を見て、何かを予感したのか真田君が少し怯んだような様子を見せた。 持っていたムースをスプーンですくって、ずい、と真田君の目の前に差し出す。 彼は「やはりか!」みたいな顔をして、スプーンを奪い取ろうと抗った。 「はい、あーん!」 「い、いらぬ!自分で取る!」 「あー手がプルプルする、落としちゃうはやくはやく」 「な、あ、」 はい、ともう一度目の前に突き出すと、諦めの表情で彼はムースを食べた。 唇をつけるのが躊躇われるのか、歯でスプーンの上のムースをこそげとる。 「そんなに恥かしがんなくたっていいじゃん」 と言いつつ真田君がスプーンに残したムースを食べると、真田君はまた顔を真っ赤にしながら「か、からかうな!」と怒った。 (090328) |