|
不審者がいる。 最初に見た時、は本気でそう思った。 学校からの帰り道、先日オープンしたばかりのパティスリーの前で、こそこそと中を覗き込んでいる男が居た。 中に入ろうともせず、離れたかと思えばやっぱり店の前に戻り、中を覗き、暫く何か悩んでいるような様子を見せながらウロウロと落ち着きなく歩き回っている。 関わり合いになりたくないから、道路を渡って反対側の道を進もうかとも思ったけれど、よくよく見るとその不審者はどこかで見た背格好をしている。 もっと近付いたとき、はようやくその不審者の正体に気が付いた。 「あれ、真田君じゃん」 声をかけると、不審者もとい同じクラスの真田君は、びくりと肩を震わせ勢い良くこちらに振り向いた。彼は、しまった、と顔一杯に書かれたような表情で、口を半開きにしていた。 どうやら驚きで言葉も出ないみたいだ。 真田君は視線をあっちこっちに彷徨わせながら、首の後ろに手を当ててようやく最初の言葉を発した。 「、殿か…」 「そう、殿です。何してたの?」 たぶん真田君は聞かれたくなかったんだろうなと分かっていながらも、好奇心を抑えきれずさっきの怪しい行動について尋ねる。 本当に不審者みたいだったんだもの。 真田君は案の定、すごく困った表情で、あー、とか、うー、とか呻っている。 真田君が覗いていた店をちらりと見遣る。 すっきりとした店内に、まるで宝石みたいにお菓子が並んでいた。 「お菓子買うとこだったの?」 何気無くそう聞いてみると、真田君は物凄い勢いで首を振った。 「お、俺は菓子など好きではない!!」 「そっか」 あまりにも激しく否定するものだから、思わず後退ってしまった。 そ、そんなに頑張って否定しなくてもいいのに。 「じゃあ何してたの?」 更につっこむと、彼はまた凄く困った顔で焦り始めた。視線がちらちらと例のパティスリーに向かっている。 その様子を見て、真田君がこうも焦っている理由になんとなく察しがついた。 多分だけど、真田君はこのパティスリーに入りたいんじゃないだろうか。だけど、男一人じゃ恥かしくて入れなくて悩んでいた。そんなところだろう。 「いやその、は、初めて見た店であった故、一体何の店なのかと…」 「あーそっか。こないだ出来たばっかりだもんね、ここ」 「あ、ああ」 「でもお菓子好きじゃない真田君には関係ないね」 「それは…そうなのだが…」 彼は少し気落ちしたように俯いてしまった。 その様子がなんだかしゅんとした仔犬みたいで、胸がざわざわする。ちょっと可愛いなんて思ってしまったら失礼だろうか。 ちょっとした意地悪の気持ちで、しゅんとしちゃった真田君を更に追い詰めてみる。 「ほんとにお菓子好きじゃないの?」 「好き、ではない」 だんだん言葉に力が無くなってきた。その表情も声の調子も、お菓子が好きだって言ってるのに、真田君はそれを認めたくないみたいだ。 でも視線はばっちり店の中、ケーキの並ぶショーウィンドウに注がれている。視線は物凄く正直者みたいだ。 「そっかー残念。真田君も好きなら一緒に入ってケーキ買ってこっかなって思ってたけど、また今度にするよ」 「!!」 調子に乗ってそう言った時の真田君の反応ときたら傑作だった。 ばっと勢い良く顔を上げた顔が輝いている。こんなに分かりやすいひともそんなに居ないだろう。 内心で笑いを堪えながら、いやー残念残念、それじゃあまた明日ねー、と言って彼に背を向けた。 いいこと知ったわーなんて妙な満足感に浸りながらそのまま其処を立ち去ろうとしたのだけれども、 「殿!」 大声と共に手首をがっちりと掴まれて、それ以上進むことができなかった。 驚いて振り向くと、真田君がびっくりするくらいの真顔でこっちを見ていた。 睨みつけていた、といったほうが正しかったかもしれない。そのくらい真剣な顔だったのだ。 その表情にちょっとだけどきっとする。 「なに?」 「…あ…その…」 「手首痛いんですけどー」 「す、すまぬ」 すまぬと言いながらも彼が手を離す様子はない。 掴まれた手首が、じんじんと痺れるみたいだった。どれだけ強く握ってるんだろうこの人。 そろそろ本気で離して、って言おうとしたところで、真田君は意を決したように大きく息を吸った。 「俺と一緒に、ここで菓子を食べて行かぬか!」 きいん、と耳が痛くなりそうだ。 叫んだ真田君の声が思ったよりもずっと大きくて、道を通る人はおろか、お店の中の人までもが驚いてこちらを振り向いていた。 「ねー、まだ決まらないの?」 「もう少し待ってくれ!」 ショーウィンドウに張り付きそうな勢いで、高い背をかがめてケーキを覗き込む彼の表情は、きらきらと輝いていてまるで子供みたいだ。 うんうんと呻りながら指でケーキを辿っている。 わたしといえばもうとっくにチーズケーキとアイスティーを注文し終わって、アイスティーだけが乗ったプレートを手に、迷いに迷っている彼を待っている。 どうやらこのお店では中にケーキを食べられるスペースがあるみたいで、適当にひとつ買って帰ろうと思っていた予定を変更し店の中で食べていくことにしたのだ。 真田君があまりにも遅いものだから、途中で待つのをやめてひとりでとっとと席へ座ることにした。 「先に座ってるからねー」と声をかけると「わかった」って返ってきたけど、あれは絶対に空返事だ。 席に座って真田君を眺めながら、しみじみと思う。 まさか、彼とこんなふうにケーキを食べる機会があろうとは、人生分からないものだ。 真田君は確かにのクラスメイトだけれども、同じクラスになってからこの方、それほど多く会話を交わしたわけではない。 彼とに共通点なんてなく、席も遠いし友達だって違うし、接点なんて全くといっていいほど無かったのだ。それが今、こうして新しいお店で一緒におやつだなんて。 アイスティーをストローでくるくる回していると、ようやく注文し終わったらしい真田君が席へやってきた。特に飲み物は頼んでいないようで、店員さんが持ってきてくれた水を一気に半分くらい飲んでしまう。 「結局何頼んだの?」 「ショートケーキだ」 「あんなに迷ってたのに、それ?」 「その店の味を見るには、基本のケーキが一番なのだ」 真田君はなんだか得意そうにそんなことを言った。 さっきまで、お菓子なんて好きじゃない!って言ってたくせに、そんなことはもう覚えていないみたいだ。 にこにこと満足そうな真田君を見ながら、アイスティーを飲む。彼は得意げに店の評価についての独自論を展開していた。 「真田君って、甘い物相当好きなんだね」 「そんなことは…、いや、その」 「いいじゃん今更隠さなくても」 「…そうだな」 ようやく観念したらしく、真田君は自分が甘い物好きなことを認めた。 なんで隠すのかって聞いてみたら、「男だから」という予想通りの返答が返って来る。 別に男だって何だって関係ないじゃん、って思うけれども真田君の中では男が甘い物に興味があるということは大いに問題があるらしい。よくわからない。 それにしても、この店に入れたことが余程嬉しかったのか、真田君の顔は始終緩みっぱなしだ。 つられてこっちも緩んでしまいそう。毒気を抜かれるって、こんな感じなのかもしれない。 真田君のテンションは「苺のショートケーキと、チーズケーキをお持ち致しました」って店員がケーキを運んできた時に最高潮に達したみたいで、もうその顔に咲いた満面の笑みといったらなかった。 「おお!」 ショートケーキは思っていたよりもどっしり大容量だった。 そのふわふわしたケーキを前に、真田君が上げた感嘆の声に、店員さんまでもがくすくすと笑う。 なんだかこっちが恥かしくなってしまった。なんでもいいけどやめてほしい。 「いただきまーす」 「いただきます!」 チーズケーキをひとくち食べて、期待通りの美味しさにちょっと頬が緩む。どっしり濃厚なケーキだ。 真田君のほうを見ると、彼は彼でショートケーキに感動しているらしく、もう感無量といった様子だ。 ケーキひとつでこんなに喜べるなんて、彼の人生はきっと幸せだろう。 「うまい!」 「そうだね」 「ふわふわと柔らかく、甘すぎず、かといってあっさりしているわけでもなく…」 まるで料理漫画みたいなリアクションを始める真田君に、ちょっと本気で恥かしくなる。 やめてーと思いながらアイスティーを啜ると、彼がフォークで大きく切ったショートケーキをずいっとこちらに向けてきた。 びっくりして、こちらに向けられたフォークに乗ったケーキを見ていると、真田君がにこにこと幸せそうな顔で「殿も食べてみればよい!」と言う。 「あ、うん。…ありがと」 断るのもアレな気がして、真田君が差し出すケーキをぱくりと食べる。 彼の切ったケーキが大きすぎて、口の端にクリームがついてしまった。 「はい、あーん」なんて状況は予想していなかったからちょっと恥かしい。 真田君といえば、そんなことは全く気にしていないようで、「どうだ?」なんて無邪気に聞いてくる。 意識している自分が馬鹿みたいだ。 「美味しい」 「そうであろう!」 真田君が作ったわけでもないのに、彼は凄く得意げに頷いている。 さっき、ちょっとだけ恥かしい思いをさせられた仕返しになればいいと思って、「こっちのチーズケーキも美味しいよ」とフォークに取ったチーズケーキを彼の前に突きつける。 すると彼はちょっと焦ったように身を引いた。 「なに?食べないの?」 「あの…じ、自分で」 「さっき自分もやったじゃん。はい、どーぞー」 真田君は先程の自分の行動を思い返したのか、ちょっとだけ顔を赤くして悩んだ後、大人しく口を開いた。 その中にチーズケーキをぽいっと置いてくる。 恥かしそうにチーズケーキを食べて、彼はひとこと「うまい」と呟いた。 学校のこと、部活のこと、他愛も無い話題を交わしつつケーキを堪能した後、わたしたちは店を出た。 どうやら真田君の家はこことは反対の方向らしく、よくもそんな遠回りしてまで…と感心してしまった。 「そんじゃ、あたしはこっちだから」 「ああ。今日はその、有難う」 「んー?」 「付き合わせてしまいすまなかった」 「いいよいいよ。あたしも気になってたからさ、この店」 そうか、と真田君はちょっと安心したみたいだ。全く分かりやすい人だ。 なんでもかんでもすぐ顔に出ちゃうって、大変だ。 「そんじゃまたねー」と踵を返そうとした時、真田君が少し緊張した声で「殿!」と名前を呼んできた。 「なに?まだ食べるの?」 「いや、そうではなく」 彼はまた、言おうか言うまいか、ってすごく悩んでいる表情で俯いている。 だけど次の瞬間には顔を上げて、少しだけ顔を赤くしながらこんなことを聞いてきた。 「殿は、甘い物はお好きでござるか」 「そりゃ、嫌いだったら今日だって食べなかったよ」 「では、ひとつ提案があるのだが」 真剣な表情でひとつ息を吸ったあと、彼は意を決して、という様子で拳を握った。 「また、一緒にこの店で食べませぬか」 「え?」 「この店の甘味はまこと美味でござった。俺は出来れば、この店の甘味を全部味わってみたい」 「はあ」 「だが一人では来れぬし、殿とふたりで分け合えば、その分早く全種類を食べられる!」 拳を握って熱く語る彼は、どうだ、名案だろうとでも言いたげだ。 ひとつの店のケーキを全部食べようなんて、普通誰も考えない。…のだけれども、彼の感覚はちょっと普通とは違うみたいだ。 だけど、その試み自体はちょっと面白そうだなと思った。 「いいよ」 「っ!ま、まことか!」 「うん、まことまこと」 真田君は拳を握り締めて、ガッツポーズを取った。 余程嬉しかったみたいだ。そんなに喜ばれると、こちらとしても悪い気はしない。 「殿!」 「んー?」 「これから、宜しくお願い致す!」 差し出された右手を、ちょっと戸惑いながら握る。 握り返してきた真田君の力が凄く強くて、本気で痛かった。 こうして、真田君とわたしの間で、パティスリー完全制覇共同戦線が敷かれたのであった! (090323) |