「人参が入っておる…」


器の中を覗き込みながら、幸村が嫌そうに呟いた。


「そりゃ入れますよ。シチューだもん」
「…」


幸村はスプーンを握りながら眉根を寄せて何事かを考えている様子の幸村に向かって、「残しちゃだめだよ」と釘を刺す。
とろとろのシチューは我ながらなかなかに美味しい。いつもはルーを買ってきて済ませるのだけれど、今日は時間があったから小麦粉からちゃんと自分で作ったのだ。
鶏肉とじゃがいもと玉葱と、そして人参がたっぷり入った具沢山シチューだ。

目の前の男、真田幸村はなかなかの偏食家だ。
一見すると好き嫌いせず何でも食べそうな感じがするけれど、実は人参だのピーマンだの、小学生の嫌いな野菜ランキングに入りそうなものが食べられないのだ。
勿論、外で食べるときにはそのような様子は微塵も見せない。
彼は変なところで意地っ張りで、格好つけだからだ。
だから幸村が意外に偏食だということを知っているのは、と、そうして幸村にとても近い数人だけだ。


「む…」


嫌そうにスプーンで人参をつついているところを見ると、なんだかちょっと可愛らしくてついつい「残していいよ」って言ってあげたくなるけれど、そんなふうに甘やかしていたら調子に乗ってこれ以降手を付けなくなってしまうだろう。
ここは心を鬼にしなくてはならない。


「食べないの?」
「うむ…」
「幸村が食べたいって言ったんだよ」
「そうだが…」


ごはん何にするって電話で聞いたとき、シチューって言ったの幸村でしょ。
と更に追い討ちをかけると、しぶしぶといった体で幸村がそれを口に運んだ。
幸村はなんともいえない顔をしながら、数回も噛まずに飲み込んでしまった。


「なーんかショック。そんな美味しくない顔されるとさ」
「そういうわけでは…シチューは美味いが、…人参が」
「いいよ、無理しなくて。…ラーメンつくる?」
「いや、食べる!」


のシチューが良い!と言って食べ始める幸村を見て、にやり笑いが込み上げた。
こうやってこっちが引き下がれば、必ず食べてくれると思ってた。


「おいしい?」
「美味い」
「人参も?」
「……」


正直な幸村は、やっぱり人参は嫌いだと言って首を振った。
やれやれ。肩をすくめて食事を再開しながら、テレビに視線を向ける。
夜のニュースを見ていると、視界の端で幸村がなにやら怪しげな動きをしていることに気が付いた。
見れば、幸村がこっそり人参だけを小皿によけているところだった。


「こら!」
「!」
「ちゃんと食べる!」


人参の乗った小皿を奪い取り、スプーンにのせて幸村の口に運ぶ。
オレンジ色のそれを前に、彼は怯んだような表情を見せた。
まったくもう、小学生じゃないんだから!


「はい、あーん!」
「う…」
「あーん!」
「ぐ…!」


とうとう観念した幸村の口がぱかりと薄く開いた。
そこにすかさず、人参を詰め込む。
幸村は暫く、口の中に人参を入れたまま噛もうとせずに溜め込んでいたが、その状況にも耐えられなくなったのか、数回噛んで無理矢理水で飲み込んでいた。
はい、あーん。だなんてちょっと恥かしくてにやにやしちゃいそうなシチュエーションであるはずなのに、と幸村のこの一連の流れの中には甘さなんてひとかけらもありはしなかった。


「もーなんで好き嫌いするかなー」
「仕方なかろう…口の中が気持ち悪い」
「あたし、幸村の恋人であるうちに絶対その人参嫌いだけは直してやるんだから」
「一生かかっても無理だと思うぞ」
「一生かけたら絶対出来る自信あるね」
「ならば一生かけて頑張ってみろ」


絶対食べさせてやる!と思いながら、頭の中で幸村が食べられそうな人参を使った料理を考える。
人参のケーキ?いや、それじゃあ人参が食べられるようになったとは言えない。
じゃあ、砂糖多めのグラッセならどうだろう。甘くすれば食べられるかもしれない。

そうやって考えながら、先程の会話を思い出して、ふと気付いた。


「………一生?」
「そうだな」


幸村はテレビを見ながら当然のようにそう言った。
なんだか急に恥かしくなって、そっか、と小さく返事をしながら俯く。
どうしたのだ、なんて首を傾げる幸村がちょっとだけ憎たらしい。
このひと、何言ってるのかわかってるのかなあ。

口に運んだほかほかの人参は、いつもより少しだけ甘かった。








(090226)