「みてみて、おとうさんスイッチ貰っちゃった」

学童保育のアルバイトで小さな男の子から貰ったお土産、四角いダンボールに、あいうえおと書かれた紙が張られただけのそれを見せると、幸村は「ああ」とすごくどうでも良さそうな返事をした。
珍しく本なんて読んでいるみたいだ。二人用のソファでゆったりくつろぎながら本を読む様子はなかなか様になっているけれど、普段は本なんてあまり読まない人間だから違和感の方が大きい。
カバーがかけられていて、本の題名は見えない。


「反応薄っ」
「…」
「え、さらに無視?」


幸村の指はページをめくり、幸村の目はページに注がれ、こちらのことなんて全く気にもしていない。
面白くない。口を尖らせながら、それでも傍に居たいから幸村の隣に腰掛けた。
本に熱中しているくせに、ちゃんとわたしが座りやすいように避けてくれる。でも、別にもっとくっついてたってこっちは全然構わないのにな、なんて思ったりする。


「ねえ、何読んでるの」
「うむ…」
「もしもしー聞いてる?」
「ああ」


構って構ってオーラを出しつつちょっかいをかけてみるも、惨敗。どうやら幸村の心はこのハードカバーの彼女に奪われてしまったようだ。別にいいけど!


「ゆきむらスイッチ、オーン」


なんて言いながら、例の小さく歪なダンボール箱をつつく。幸村の反応はなかった。
幸村が何かに熱中したときの集中力は賞賛に値するけれど、こんな集中力は別に発揮して欲しくなかった!


「幸村スイッチ、『あ』!」
「…」
「はい、無視ー」
「…」
「別にいいですよ、どうせべたべたしたいのはあたしだけですよ」


完全無視の幸村に対しとうとうわたしも不貞腐れた。
そうです、どうせ告白したのもわたしなら好きなのもわたしで、いっつも一緒に居たいと我儘言うのもわたし、べたべたするのも一方的、二人で居ても話すのはわたしで、好きって言うのもわたしばっかりで、しようと誘うのもわたしなんです。そんなもんですよ。
そこまで考えて、あれ、なんで幸村はわたしと付き合ってんだろ、という当然の疑問が沸いてきた。
必死に考えたが、背も高くて男前でかっこよくて頼りになって頭もそれなりに良くて育ちも良くて、といいとこずくめなこの男が、わざわざ自分と付き合うことのメリットも理由も見出すことが出来なかった。
正直、落ち込む。

何が幸村スイッチだ。あほらしい。あーあ、なんか考えるのも馬鹿らしくなってきた。ついでに悲しくなってきた。
こつ、こつ、こつ。
きちんと切られた爪が、ダンボールに貼られた『あ』の文字を叩く。
スイッチ、『あ』。あたしの独りよがりな恋です、なーんて。…。
自分で考えてさらに落ち込んで、先にお風呂にでも入ってしまおうと思ってソファから立ち上がった。



「愛しているぞ、



突然、そんな声が聞こえてきて、一瞬これは幻聴かと思った。
振り返ると幸村はいつのまにか本を閉じて、ソファの背に腕をかけてこちらを見ている。その表情はなんだかいたずらっこみたいで、昼間に遊んだ子供を思い出した。

あ、あ、あいしてるなんてそんな…

顔ががんがん赤くなっていくのが自分でも分かった。
気恥ずかしくて幸村の顔を見ていられなくて思わず俯くと、視界に入るのは歪なダンボール箱。おとうさん、スイッチ『あいうえお』。
まさか、と思いながらこつん、とそのダンボールの文字を叩く。


「……幸村スイッチ、『い』」
「いつもそなたを想うておる」
「『う』…」
「美しいそなたから目が離せぬ」
「ば、馬鹿じゃないの………『え』」
「え…は思いつかぬな」
「なにそれ!頑張ってよ!…『お』」


こつ、と最後の一文字を叩く。ダンボールから顔を上げて幸村の方を見ると、彼は凄く凄くかっこいい顔を甘く緩めてこっちを見ていた。
どうせ幸村はこうやってわたしを適当に宥め賺そうとしているのだ。こうすれば、わたしがあっという間に機嫌を直すとわかっているから。真田幸村、なんて酷いやつ!
でも今日はそんな手には乗ってやらないのだ。
ほんとに、ほんとに…



「おいで、



結局のところどんなに言い訳してみたって、わたしは幸村に心底惚れてしまっているのだからどうしようもない。わたしはダンボールの玩具をぽいっと投げ出し、最後のスイッチで開かれた幸村の腕の中に飛び込んだ。












「さて、ところで俺のスイッチが入ってしまったんだが…どうする」
「え、どゆこと?……え?ちょ、ちょっと待って待って!」
の所為だ、如何にかしろ」




(090127)