電車ごっこ!
〜真田幸村の場合〜




最近、少し気になるひとが居る。
そのひとは幸村のひとつ上の学年で、名前はといった。
と幸村の接点は、朝に乗る電車が一緒であるということ以外に何も無い。
無いはずなのだが、どうしてだか近頃、やたらと彼女からの視線を感じるのだ。

幸村は朝が苦手で寝起きがとても悪く、毎日電車の時刻ぎりぎりに駅へ駆け込むのだが、その様子を彼女はじいっと見つめてくるのだ。あまりに見つめられるものだから、最初は自分の顔に何かがついているのかと思った。しかしどうやらそういうことではないらしい。
それが酷く気になって、最近では「また彼女が俺を見ているのではないか」と思いながら自分からの姿を探すようになってしまった。

お互いに話したことも無い。おまけに、の方は幸村の名前すら知らないに違いない。学年も違うし接点など無いに等しいのだから。
それなのに、毎日のように駅のホームでを探し、電車の中で眠りこけるを見て、ついには学校の中でまでの姿を探すようになり…
俺はおかしいのだろうかと、佐助にそのことを話してみると、

「旦那。それは恋だよ」

ときっぱり断定されてしまった。違う!こ、恋などと!と全力で否定してはみたものの、佐助が言うのだからそうなのだろうか、とどうしても意識してしまう。そのうちに、の姿を見つける度に胸が高鳴り、苦しくなるようになってしまった。
こうなると、流石の幸村も認めざるを得ない。
幸村は、あの話したことも無い女子を好きになってしまったのだった。

だが、気付いたところで幸村との間が何か変化するわけもなく、接点を作ろうにも色恋沙汰に免疫の無い幸村では声をかけることすら出来ない。そもそも機会も無い。
佐助や政宗殿にけしかけられ近付いたことも何度かあったが、結局声もかけられず目の前を素通りして戻ってしまった。なんと意気地の無い。



そんな状況が一変したのは、とある冬の朝のことだった。








#01「そのように逸らさずとも」

その日はたまたま早起きをした。
おかげで全力で走らずとも楽に電車に間に合う時間に着き、寒さに身を竦ませながら電車待ちの列へ向かって歩いていたのだが
ふと、足元から目を上げたその瞬間に、を見つけた。
彼女はまたこちらを見ていて、ほとんど正面からがっちりと、視線が合ってしまった。
驚いて足を止めると、の方は思い切り、それはもう気持ちよいくらい思い切り視線を振り解いて目を逸らしてくれた。
初めて視線が合った喜びよりも(いつもは視線が合わぬように気をつけているのだ)、思い切り逸らしてくれたことに対する落胆が強い。
そこまで、嫌だったのか…。

が並んでいるところとは別の列に並び、電車が来るのを待つ。
横目でちらりとを見ると、彼女は手を擦り合わせて白い息を吐いていた。
少し赤くなった鼻が可愛らしいと思う自分は、病気だ。








#02「やりましたぞ!」

そうこうしている内に、電車がやってきた。

そこで幸村にかつてない試練が訪れる。
中に乗り込み座れる席は無いかと目を見回すと、入り口のすぐ傍にひとつ席が空いていた。
の、だが。

(こ、これは…)

これは神仏が己に与えたもうた幸運か。その空いている席の隣に座っていたのは、件の女子、であった。
鞄を膝の上に置き、眠そうに欠伸を噛み殺している。
幸村は大いに迷った。ここに、座るべきか、否か。
先程、思い切り目を逸らされてしまったことが心に引っかかる。
だがしかし、これはまたとない好機ではないか?

なんてことを考えている内に、幸村の後ろに立っていた男が、その席に座りたそうな素振りを見せた。
それを見て、ええい儘よ!とばかりにの隣に座り込む。
触れ合いそうな肩から、暖かさが伝わってくるようだった。

やり遂げた達成感が身を包む。ここが電車の中でなければ、拳を握り締めて叫び出したいところだ。
ただ隣に座っただけだというのに、心臓が狂ったように鳴っていた。








#03「某が見つめたいのだが」

(ど、どうすればいいのだろうか…)

意を決して隣に座ったはいいものの、新たな試練が幸村の前に立ちはだかった。
が、こちらを見ている。
それも、物凄く見ている。
顔をこちらに向けているわけではないのだが、視線を感じる。横目で確認したいが、そうすると十中八九目が合ってしまうだろう。また視線を逸らされ、今度こそ気まずい雰囲気になる事態だけは避けたい。
せっかく隣に座ったのだ、幸村とてこの際近くから見てみたいという気持ちはあるのだが、こうも見つめられているとそれも出来ない。

どうしてこんなに見つめられるのか。己の顔はそこまで珍しいのかそれとも面白いのか…。
気を紛らわせるために、普段ならば絶対に見ないのに、鞄の中から単語帳を取り出す。
しかし、当然の如く頭になど全く入ってこない。
その間も、ずっと隣からの視線を感じていた。

暫くしてやはりどうにも耐え切れなくなり、目を瞑り寝た振りをすることにした。
が、それがまた裏目に出てしまう。
幸村が寝たと思い込んだのか、今度はがこちらを覗き込む気配がした。

(い、一体なんなのだ…!)

そんなに見つめてくれるな、と心の中で叫びながらも目を瞑り続ける。
こうなったら、自分が目覚めていると悟られるわけにはいかない。
どきどきと胸が高鳴るが、気取られてはいけない。
ずる、と手から単語帳が落ちかかるのが分かったが、それを直すことも出来ない。

と、その時。

一瞬、暖かい温度が幸村の手に触れ、
何者かが落ちかかった単語帳を元の場所に戻した。
確実に、だ。絶対にそうだ。
羞恥だか嬉しさだかよくわからないが、兎に角気持ちが異様に高まり、幸村はその場で蹲りたい衝動に駆られた。








#04「言葉も無い」

―幸村君って、呼んでいい?
勿論です。あの、では、お、俺も、殿と呼ばせて頂いても宜しいだろうか。
―うん、嬉しいよ、幸村君!

可愛らしい笑顔を向けて、が幸村の名を呼ぶ。
彼女の柔らかい手を握りながら、幸村の心の中はときめかしい思いでいっぱいであった。
この時間がいつまでも続けばいいのに。



肩を揺すられて、幸せな夢がはじけ飛ぶ。
うとうとと霞む頭で、ああ俺は夢を見ていたのか、と理解した。
それにしても良い夢であった。が俺の名を…

「真田君、終点だよ」

そう、その声で俺の名を…

……
…………

目を開き周りを見回し、そして横に座るの姿を確認して一気に青ざめる。
いつの間に眠ってしまっていたのか。先程まで周りを埋めていた生徒の姿がどこにもない。
そして、今この手に感じる、この暖かさは!
(て、手が!繋がれて…!?)
いつの間にか、の手を握っている。
これは夢ではないのか。いったい、いったい…


「な……っ、何故!?」


予想外の展開に全くついてゆくことが出来ず、幸村は思わず大きな声で叫びながら、彼女の手を思いきり振り解いてしまったのであった。
やってしまった。
そう思った時にはもう遅く、手を振り払われたは少し驚いたように、しかし少しの苛立ちを滲ませた目でこちらを見ていた。

ああ、終わった。








#05「夢か」


「申し訳ございませぬ!」


電車から降り、次の電車を待ちながら幸村はひたすらに謝った。
の話によると、どうやら目を瞑っている内に本当に眠ってしまった幸村がに思いきり寄りかかった挙句、高校前の駅での必死の呼びかけにも目を覚まさず、おまけに起こしにかかった彼女の手を握り締めて放さなかったらしい。

なんということだ。もはや言葉も出ない。
なぜ、寝てしまったのだ。どうせならば起きている時に…あ、いや。

との初めての接触がこれとは、己の不運を嘆きたくなる。
確かに、いつかはどうにかして話くらいは、とは思っていたがこれは予想の範疇になかった。
彼女は苦笑しながら「いいよ、別に」と言ってくれてはいるが、良い筈がない。
遅刻させた挙句、終点まで連れてきて…己の情けなさに、地面に埋まってしまいたくなる。


「お詫びにもなりませぬが、某に出来ることならば何でも致します!」
「や、いいです」
「しかしそれでは某の気が治まりませぬ!どうか!」
「えー…じゃあ、えーっと…」


はい!と言いながらを見つめる。
この埋め合わせが出来るのならば何だって構わない。
こちらの勢いに圧されて、彼女は少し身を反らせながら視線を泳がせた。
少しだけ考える素振りを見せて、がこちらを向く。
そしてその表情がふんわりと緩められて。


「幸村君って、呼んでいい?」


にこりと笑いながら告げられた内容は、夢の中のものと同じ言葉だった。
一瞬息が止まった。
これは、夢か。








#06「え?」

夢のようだ。本当に。
まさか、このようにと二人で登校出来るなど思いも寄らなかった。(遅刻ではあるが)
は、幸村が思っていたよりもずっと、優しくて可愛らしい女子であった。
あまり女子が得意ではない幸村を気遣ってか、話題が耐えぬように色々と気を回してくれる。
二人で電車に揺られながら、隣同士で座って話をしていた時間は、幸村にとってかつてない至福の時であった。
まるで、恋人同士のような図ではないか。
自分で思った内容に自分で照れてしまう。


校門に向かって歩きながら、この時間が終わってしまうのが酷く寂しいような気がした。
だが、他人からは昇格した。今後は朝に声をかけても何の問題もないだろう。
それを思うと、頬が自然と緩んでしまう。
このことを佐助や政宗殿に伝えたらどうなるだろう。きっとあの二人は目を見開いて仰天するに違いない。
そんなことを思っていると、が「そういえば」と何か気が付いたように話を始めた。


「幸村君はさ、なんでわたしの名前知ってたの?」


思わず「え?」と聞き返す。
「寝惚けて呼んだんだよ、って」と続けられて、心臓が跳ね上がった。
ま、まずい。そのような寝言を言ってしまったとは。寝ていた己の横面を張ってやりたい。
以前からずっと見ておりました、などと言える度胸はない。だがしかし上手い言い訳も思いつかない。
こういう時、舌の回るあの二人ならばうまく切り抜けられるのだろうが、元々口下手な幸村には土台無理な話であった。
あ、いや、その、などと言葉を濁し視線を泳がせる。
それだけでも伏してしまいたいほどに動揺しているというのに、更にが追い討ちをかけた。


「もしかして前からわたしに惚れてたとか?」


言葉を失う。
顔が赤くなり、「あ………」と言葉にもならない上擦った声が出た。
他に何も言うことができず、口をぱくぱくと動かしながらの顔を見る。

足を止めた彼女の顔も、同じようにみるみると赤くなっていくのが見えた。
頬を赤らめた彼女は、幸村からすっと視線を外す。
まるで、最初に目が合ったときのように。
それを見ながら、ぼうと熱くなった頭でふと疑問が生じる。



そういえば、は何故、俺の名前を知っていたのだ?










(081213)