「ねえ、どこにいくの?」


幸村の背で揺られながらは尋ねた。幸村は何も答えず、ただ山の中の石段を登る。


「わたしの家、そっちじゃないよ」
「知っておる」
「送ってくれるんじゃなかったの」


幸村はやっぱり何も答えない。彼が何も言わないから、も何も言わずに目を瞑った。
幸村は、を背負ったままゆっくりと石段を登り続ける。

数日前、の結婚が決まった。相手はどこかのお武家様。名前は、父に聞いたけれどもよく覚えていない。どうでも良かったからだ。大事なのは、それが幸村ではないということ。幸村でなければ、誰と結婚したってにとっては一緒だった。

最初から、幸村と結ばれるなんて思っていなかった。覚悟していたことだ。仕方が無い。は幸村のことが幼いころから大好きで、幸村ものことを好いてくれていたが、どうしようもなかった。これが運命なのだ。
もう一月もすれば、は家を出る。どこか遠くの国に行く。そこには幸村は居なくて、は誰か他の男に抱かれてその子を産み、一生をその男とその家とその子供のために過ごすのだ。別に悲しくは無い。仕方の無いことだからだ。幸村に抱かれて幸村の子を産んで真田の家のために生きるのが、本当は一番幸せなことだと思うけれど、もうどうしようもない。

ざり、ざり、と石段を踏みしめる音ばかりが耳を占める。


「幸村、この先には捨てられたお寺しかないよ」
「知っておる」
「何も無いんだよ」
「知っておる」
「なら、どうして行くの?そろそろ帰らないと、父上に叱られてしまうわ」


黙ったままの幸村に「下ろして」と声をかける。返事は「下ろさぬ」であった。
本当に下ろしてくれる気配も、戻る気配もないので、はそのまま幸村の背に揺られながら捉まるしかなかった。


「何か用事でもあるの?」
「御座らぬ」
「じゃあ、何をしに行くの?」
「さて」


石段が終わり、打ち捨てられた寺が見えてきた。寂しい場所だ。もう誰も訪れる人間が居なくなった古寺は、朽ちながらもまだそこにあった。落ちかかった陽に照らし出される朽ちかけた寺には、何か不吉なものを感じさせる。


「如何、致そうか」


不意に幸村が口を開く。は幸村の首に腕を回しながら「何?」と問うた。


「如何致そうか、
「なにを?」
「俺とそなたを」


幸村が何を言っているのか分からず、は首を傾げた。いかがいたす、て何のことなのだろう。答えられずに黙っていると、幸村が喉の奥で笑った。


「この寺には誰もおらぬ」
「そうだね」
「さて、俺とそなたしか居らぬこの寺で、何を致そうか、
「昔みたいに、隠れ鬼でもする?」


隠れ鬼でも良いが、と幸村が言葉を紡ぐ。彼の様子がいつもとちょっと違うから、どんな表情をしているのかとても気になったけれど、負ぶさった状態ではあまり良く見えなかった。


「俺は、もっと違うことをしたい」
「何をしたいの?」
「何だと思う」
「……分からないわ」


幸村が、を背負いなおして、石畳の上を歩く。古寺が近付く。


「幸村、わたし本当にもう帰らないと、父上に叱られるわ」
「……帰ったら、もう二度ととは会えぬであろうな」
「どうして?」
「そなたの父は、俺がを恋うておることを知っておる」


それが一体どうして幸村に会えないことと繋がるのか、にはよく分からなかった。嫁に出るまでまだ日がある。それまではいつだって幸村と会えるはずだ。なぜ、ともう一度問うと、幸村はまた喉の奥で笑った。


「俺はを死ぬほど恋うておる」
「わたしも好きよ」
「だが、そなたは他の男の元へゆくのだろう」
「…」


それはそう。仕方ないわ。だって、どうしようも無いんだもの。幸村の首元に顔を埋めながら、は小さく首を縦に振った。


は知らぬので御座ろう」
「なにを?」
「こういう時、男が一体何を為出かそうとするのか」


ぎし、と寺の床に足を上げる。
「済まぬ、
閉ざされた扉に手をかけながら、幸村は小さな声でに謝った。一体何を謝ることがあるというのだろう。わたし、何も怒ってないわ。



「俺はどんな手を使うてでも、そなたを手放したくは無いのだ…



ぎぎ、と耳障りな音がして、打ち捨てられた古寺の、その扉が開いた。










恋  愛
 濃藍 










(080706)