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「今日は何がいい?」 明かりを落とした寝室、ふかふかのベッドの上。 二人でうつ伏せに布団にもぐりこみながら、そこに広げられた『世界の御伽噺』というタイトルの本を覗き込んで、ゆきむらは小さな指で「ヘンゼルとグレーテル」を指した。 「これ少し長いかもしれないよ。違うのにしない?幸村途中で寝ちゃうでしょ」 「この前はとちゅうで眠ってしまったが、今夜は眠ったりはせぬ!」 「そ?じゃあこれにしよっか」 ゆきむらは、うむ、と顔を輝かせて小さな身体を寄せてきた。ゆきむらの身体はとっても温かい。御伽噺なんてぽいっと放り出して、ぎゅうと抱きしめたい気持ちを抑えながらはページをめくった。 「むかしむかし、あるところに…」 お決まりの常套句から始まる御伽噺。ゆきむらが来る前は、自分がこんな、まるで保育園の先生みたいなことをすることになるなんて夢にも思わなかった。きっとゆきむらは今日も途中で寝てしまうんだろうなと思いながら、抑揚をつけてゆったりと、ときには切羽詰ったように話を読み上げる。 最初のうちは目を輝かせてシーツを握り締めていたゆきむらだが、そのうちにやはり眠くなってしまったようで、うとうとと瞼が揺れ始めた。 「続き、明日にする?眠いでしょ?」 「それがし、ねむくなどない…」 「……じゃ、続き読むよ」 ゆきむらを寝付かせるために、今度はささやくように、ゆったりとした調子では続きを読み始めた。抑揚をつけることもやめた。 案の定、の声が子守唄代わりになったのか、ゆきむらはあっという間に眠りのなかに落ちていった。うつ伏せになったまま、ちょっとだけ開いた唇から、すうすうと寝息が漏れる。頭を撫でても、起きる素振りすら見せない。 ちょっと早いけど、今日はもう寝ちゃおうかな…とゆきむらの横で同じように伏せたとき、かちゃ、と寝室のドアが開く音がした。 「寝ちゃった?」 ひょい、と顔を現したのは佐助だ。 「ゆきむらもう寝たよ」 「ちょっと遅かったかー」 「なんか寂しそうだったよ」 ゆきむらを起こさないようにひそひそ声を交わす。今日は仕事がある、とかで佐助は部屋にこもったきりで、佐助に構ってもらえなかったゆきむらは、それと言葉に出さずともちょっぴり寂しそうにしていた。 「寝る前に声かけようと思ってたんだけど」「残念、一足遅かったね」 ついさっき寝たんだよ、と伝えて、はまたゆきむらの頭を撫でた。やわらかい子供の髪は、さらさらしていてとても気持ちがいい。 佐助は足音を立てないように部屋の中に入ってきて、眠るゆきむらを覗き込んだ。 「よだれ垂れそうになってるよ」と、サイドボード上のティッシュを取ってゆきむらの口元を拭う。ゆきむらはふにゃふにゃと何事か言ったようだが、起きる様子はなかった。 「、もう寝る?」 「佐助は?」 「俺はもうちょっと」 「じゃ起きようかな」 「いいよ、旦那と一緒に寝てて」 え、でも、と言いさしたの口元に、佐助が手を当てた。 「ごそごそ動いたら、このこが起きちゃうでしょ」と言われて、起こしかけた身体をまた戻す。 「先寝て」 「…ほんとに寝ちゃうよ?」 「いいよ」 佐助が、ぽんぽんとあやすようにの頭を撫でて、前髪を上げて額にちゅ、とキスしてくれた。なんだか小さな子供になったような気持ちだ。そう言うと、佐助は目を細めて笑い、今度はにしたのと同じように、ゆきむらの頭を優しく撫でてぷくっとしたほっぺたにキスした。 「ほんとの、家族みたいね」 「ほんとの家族でしょ」 そういう佐助がとてもとても優しい目をしていて、なんだかすごくあったかい気持ちになった。 幸せって、きっとこういうことを言うんだろう。 「おやすみ」 心の中で何かが溢れてきそうなほどに優しい佐助の声に、ゆきむらがまた、ふにゃふにゃと意味のわからない声を出した。 (「猫騙し」のみのむしさんが考えた、「彼と彼女と少年のままごと」のネタが素敵すぎて突発的に…。) (080617) |