Side:Princess

疲れた!と言ってが駄々を捏ね始めたのは丁度午後2時を回った頃。ベンチに座り込んで、足をぶらつかせながら口を尖らせて溜息をつく。
「最初に買っておけば良かったね」
隣で佐助が苦笑いを浮かべている。
だって、そんなことは分かっている。でも、ぐるりと店を一回りするまでに売り切れてしまうとは思っていなかったのだ。
逃がした魚は大きい。手に入らないとわかると、あのシフォンワンピースがますます可愛いものに思えてきて、どうしてあの時買っておかなかったのだろうと地団駄を踏みたくなってしまう。
佐助に「他のとこにも同じ店があるから」と宥められて一緒に探し回ったけれど、あのワンピースは結局見付からなかった。



「さっきのとこにあった花柄のでいいんじゃない?」

「いや。最初に見たワンピがいいの」

「はいはい」



「俺様には同じに見えるんだけどね」
肩をすくめる佐助に、眉を吊り上げてさっきの花柄のワンピースと最初に見たワンピースの違いを説明した。
佐助は適当に流すように聞いている。
「ちゃんと聞いてる!?」と佐助の服を引っ張ると、少し困ったような顔をして「はいはい」とまた適当な返事を返してきた。



「ああもう!疲れて足痛いし喉渇いたし何か冷たいもの食べたい!」



苛々と足を投げ出す。
そこのタリーズ入ろっか、て佐助が提案してきたけど疲れと苛立ちからぷいと顔を背けて「行かない」と返事をした。



「喉渇いたんじゃないの」

「渇いた。でも疲れたからもう帰る」

「あ、そ」



わかった、と言って佐助がこちらに背を向け、そのままに声もかけずに歩き始めた。
いつもなら「じゃ、帰ろっか」と手を差し伸べてくれる筈なのに。
もしかして、怒ったかな。
急に、さっきまでの苛々が消えて不安が湧き上がってきた。
せっかくの休日に、朝早くから買い物に付き合わされて振り回されたらそりゃあ怒りもするだろう。
むしろ、怒らないほうが不思議だ。
遠ざかる佐助はこちらを振り向きもしない。

(なによ…)

は心の中で悪態をついた。
そもそも、こんなにあのワンピースに拘った最初の理由は、あのワンピースを前に当てて佐助に見せたときの、彼のひとことなのだ。

「似合うよ」

いつも「どれも可愛いよ」とか「が好きなほうでいいんじゃない」とか、どっちつかずの返答しかしない佐助が、それがいい、似合う、と言ったワンピースなのだ。売り切れという状況も、あのワンピースに対する執着を湧き上がらせたひとつの要因ではあったが、その根底にあったのは佐助だった。
佐助が、似合うって言ったから。
佐助が気に入ってくれたものを着たい、そう思ってとった行動が、結局は佐助を怒らせるという真逆の結果に結びついてしまうなんて皮肉な話だ。

わがまま。そう思われているかもしれない。実際にその通りだから弁解のしようもない。
いつもいつもそうなのだ。
は小さいころからずっと我儘ばかりで、佐助は小さいころからずっとの我儘に振り回されてきた。
佐助だから大丈夫だと思っていたけれど、世間一般に考えると、いい加減愛想が尽きてきてもいい頃だ。
でもやめられない。もっと、可愛くて良い子になれたらどんなにいいだろう。



「なに、そんなに口尖らせて」



ふと、頬に冷たいものが押し付けられた。見上げると、さっき離れていった筈の佐助が微笑みながらこちらを見下ろしている。はい、と佐助がミルクティーを差し出してきた。先程頬に押し付けられた冷たいものは、この缶だったようだ。を置いて帰ったわけじゃなくて、これを買いに行っていたのだ。どっと安堵が押し寄せる。
「喉渇いてんでしょ」と言って佐助が隣に腰を下ろした。

(怒ってなかったんだ…)

ぷしゅ、という音をさせて缶コーヒーを開ける佐助を見つめた。その視線に気付いた佐助が、なに、コーヒーのほうが良かった?と聞いてきたから、慌てて首を振って貰ったミルクティーを開けた。



「ワンピースならそのうち入荷するでしょ。また買いにくればいいよ」

「…もう、いい」

「へ?なんで」

「いらない」



もういらない。もう我儘言わない。佐助に嫌われたくないから、もういらない。
先程までとの態度の変化を訝しんでか、へえ、と言って佐助がこちらをじいと見つめてきた。心の奥まで覗かれてしまいそうで、は佐助から視線を外す。
暫く、といってもほんの数秒だろうけれども、佐助はを覗き込むように見つめたあと、ベンチの背にもたれて缶コーヒーをぐいと飲んだ。



「俺様はあれ着た見たいなー可愛かった」

「さっき、全部同じに見えるって言ったくせに」

「そうだっけ?」



とぼけたように佐助は肩をすくめたあと、の顔をまた覗き込んで「ほんとにいいの?」と言ってくる。
その顔がにやにやと笑っているものだから、こっちの気も知らないで、とまたちょっとだけイラッとした。
「あれはに似合うと思うんだけどな」と、まるで独り言のように佐助が言う。
なによ今更、と口を尖らせながらも、正直満更でもない気持ちになってきてしまった。



「…佐助が、どうしてもっていうなら、買いに来てあげても良いよ」



「どうしても」
佐助は膝に肘をついてこちらを見遣りながら、にこにことそう言った。ぽんぽん、と頭の上に手を置かれる。
ああ、この男にはきっと全部筒抜けなのだ。の頭の中は全て読まれてしまっているに違いない。
我儘だらけで、いつも困らせてばかりいるのに、佐助はいつだっての良いように動いてくれる。
悔しい。悔しいけど、でも。



「そんじゃ、今日のところは帰りますかね、お姫様」



まるで王子様のようにこちらに手を差し伸べる彼に、甘えずにはいられないのだ。
















Side:Prince

「手」


駅からの帰り道、夕暮れ前の閑静な住宅街。
すぐ隣を歩いていたが、ただ一言そう言った。
顔を見ると、口を尖らせながら耳を赤くしている。

(やれやれ)

には気付かれぬように、ひっそりと笑いながら、差し出されたその小さな手を握る。
すると彼女は、それはそれは満足そうににこりと笑った。

このお姫様はとても我儘だ。どう贔屓目に見ても、ちょっと弁護しきれないほどに。
おそらく、佐助ではなく他の男であればとっくに愛想をつかされてしまっているだろう。

だが、佐助はわかっている。は信じられないほどに強がりで不器用で、実はとんでもなく甘えたがりだということを。素直に甘えるということが出来ず、きつい言葉と傲慢な態度で気持ちを覆い隠そうとするのだ。
手を繋いで欲しい。今も、素直にそう言えば良かったのに、その一言が言えない。



「疲れた。早く帰りたい」

「もうすぐ着くでしょ」



ぶうぶうと文句を言いながらも、の足取りが今にもスキップでもしてしまいそうに軽やかで、まったくこのお姫様は、と口が自然と笑みの形をとる。
この、傲慢できつい仮面の裏に隠されたの本当の姿を知っているのは佐助だけだ。
ただ手を繋いだだけだというのに、こんなにも嬉しそうにはしゃぐ彼女の姿を知っているのは、自分だけ。
そのことに優越感すら覚える。

他のやつらからは「よくあんな我儘な女と付き合えるな」と言われるが、あいつらは知らないのだ。がどんなに可愛らしいのかを。
の我儘には、いつだって裏の意味がある。
例えば「買い物の荷物持ちをして」というご要望。それはつまり、佐助の服の好みを知りたい、佐助が気に入る服を買いたいということ。今日もそうだった。があのワンピースに拘った理由にも、ちゃんと気付いている。
そうして、自分で言った我儘に自分で傷ついて、嫌いにならないで、という瞳でこちらを見上げてくる彼女。
あの不器用な我儘を、嫌いになるわけがない。



「なんか甘いもの食べたいな」

「もうすぐの家だから我慢しなさい」

「今すぐ食べたい」



の家と佐助の家との帰り道を分ける分岐点のあたりで、お姫様は急にそんな我儘を言い出した。
さて、今度は一体何をお求めなのかね。
甘いものが食べたい、という言葉の裏側を探る。
が足を止めて、こちらを見上げてくる。そうしてほんの少しだけ、握った手に力を込めてきた。



「…俺んちの冷蔵庫に、プリン入ってるけど」



ここからなら俺の家の方が近いし、うち来る?
そう言うと、ぱあ、と花が綻ぶように、の顔に笑顔が咲いた。


ほら、この可愛らしい彼女の一体どこに愛想を尽かせばいいのだろう。
行くよ、と手を引けば嬉しそうに笑ってついてくる。
過保護?盲目的?
言いたい奴には言わせておけばいいさ。仮面の裏に気付かせてやる必要もない。
世界で一番の可愛らしいお姫様の我儘をきくのは、俺だけの特権なのだから。












(080607)