「……」


綺麗にラッピングされた箱を凝視しながら、はおおいに迷っていた。
3月14日はホワイトデー!
と、かかれた垂れ幕のようなものと、白と水色のリボンに溢れる店の中で、眉間に皺を寄せながら阿修羅のような顔でチョコレートを凝視しているのは、およそくらいのものだろう。

佐助が、バレンタインデーと称してマシュマロ入りのあたたかくて甘いココアを入れてくれたのが、丁度1ヶ月前のことである。
チョコレートなんかない、と言い捨てたに拗ねることも文句をいうこともなく、ただ優しい味のココアを入れてくれた。
あの時は、悪いことをしたと思っている。本当に。
佐助はいつだって、のささくれだった心をやわらかく撫でて滑らかにしてくれる。
口では出さないけれども、本当はすごく感謝しているのだ。


(でも、だからって…)


これは、やりすぎかしら。
有名なブランドのチョコレート。お洒落な箱。
いや、佐助が自分の生活にもたらしてくれた安息というか、そういうものへの感謝の気持ちを表すには正直このチョコレートでも全く足りないくらいだ。
だが、下手にものすごく高いチョコレートを買っていって、
「うっわ、あんなココアひとつでこんなマジなお返しがくるとは思わなかった」
と嘲笑交じりに言われたら立ち直れない。
むしろココアをいれてくれたことすら覚えていないという可能性もありうる。
佐助に限ってそんなことを言う筈などないのだが、それでも嫌な妄想というのは尽きないものなのだ。


(やっぱりやめ!)


ヒールの音を高らかに響かせて、はまるで軍隊のようにそこを回れ右で立ち去った。
代わりに食品売り場のお菓子のコーナーに行って、適当なチョコレートを探す。
ふと、筒型の入れ物に入ったマーブルチョコレートが目に入った。
(懐かしい…)
この色とりどりのチョコレートが、綺麗で大好きだったことを思い出す。
佐助にお土産だよ、と言って渡して、ついでにいくつか貰っちゃおう。
そう思いついて、昔よりも小さくなったような気がするマーブルチョコレートの筒を手に取った。

















「おかえり、遅かったねー」


今日も、バッグの中の鍵を探している間に、内側から家の扉が開いた。
オレンジ色の近い茶色の頭が、風に揺れる。
その頭をじいと見つめていると、「ちょっとはやく中入ろうぜ、俺様寒い!」と佐助が身体を震わせた。
近頃ではすっかり暖かくなってきたような気がするけれども、夜はやっぱり寒い。
ごめんごめんと謝りながら中に入る。
寒いならさっさと部屋に戻ればいいのに、佐助がにこにこ笑ったままこちらを見ているから、「なによ」とちょっぴり尖った声で睨めつけた。
それでも、佐助は相変わらずにやけ顔のまま。
無言の要求に、「しょうがないなー」と言いながら応えてしまうのだからも相当参っているのだろう。

首に腕を回して、頭ひとつ分高いところにあるオレンジ色を引き寄せる。
ただいま、といいながら佐助の使っているワックスのにおいのする頭に頬を寄せると、「へへー」と満足そうな声を出して佐助が腰に腕を回してきた。



「ほら、寒いんでしょ。部屋のなかに入ろ」

「んー」

「は・な・せ」



いつまでも巻きついて離れない腕をべりっと引き剥がし、ついでに容赦の無いでこぴんを食らわせて部屋に入る。
ソファの上に無造作にバッグを置くと、中のマーブルチョコレートがじゃら、という音を立てた。
佐助がそれを察知して、「なになに、何入ってんの」と尋ねてくる。
バッグの中から筒を取り出して、じゃらじゃらと鳴らしてみせると、佐助はちょっときょとんとした顔をした。
はい、と手渡すと素直にそれを受け取る。



「うっわ、なつかしー!昔食べたわこれ」

「そうでしょー。わたしも昔食べた」

「どしたの、こういうの食べないでしょ」

「お土産、ホワイトデー」



それ、お返しね。
と言って台所に向かうと、佐助が「えっ、ちょお、この子供のお菓子が!?」と抗議する声が後ろから聞こえた。



「十分でしょ、ココアのお返しなんだから」

「ひっでぇ!」

「嫌なら返しなさいよ、わたし食べるから」

「それもお断り」



なんだかんだと文句をつけながらも、佐助は「地味にこれ剥くの失敗するんだよな」とか言いながら、透明なセロファンをぴりぴりと剥がしている。
筒を動かす度に、じゃらじゃらとチョコレートが動く音がした。

その音を聞きながらエプロンをつけて手を洗う。
駄菓子みたいなチョコレートにして、良かった。
これが一番丁度良い気がする。
どこにでもありそうな、適当で、それでいて誰もの心に残っているお菓子。
お高いブランドもののチョコレートよりも、家で作れる安っぽいココアとか、100円あれば買えてしまいそうなお菓子の方が、この関係には合っているのだろう。



「ねー、ちょっと」

「なに?」

「手ェ出して」



佐助に言われるままに片手を差し出すと、佐助がその上にじゃらじゃらとマーブルチョコレートを降らせた。
「わ!」と言いながら焦って両手で受け止める。
両手いっぱいに色とりどりのマーブルチョコレートが広がった。



「なにするの!」

「半分にあげる」

「半分どころかほとんど全部じゃない!こんなにいらないわよ、もー」



これだけ派手にたくさん出されては、とてもじゃなが一口では食べられないし、筒の中に戻すのもなんだかアレだ。
一度お皿の上に乗せようと思って、佐助に「お皿出してお皿」と言うが、佐助はの両手に乗ったマーブルチョコレートをころころと弄っている。



「溶けちゃうから、お皿!それかテイッシュ広げてそこに置いて」

「俺さ、昔マーブルチョコレートって女の子みたいだなって思ったことあるんだよね」

「は?いいからお皿…」

「色とりどりで綺麗でさ、ころころ小さくてなんか可愛い」



佐助が含み笑いを浮かべながら、手の上のマーブルチョコレートを弄う。



「赤は大人っぽいお姉さん、ピンクは可愛いお嬢さん、水色はさばさばした女の子」

「そんなこと思いながらチョコ食べてるなんて、佐助変態」

「想像力豊かって言えよなー。…で、はこれ」



この色。そう言いながら、佐助が指につまんだのはオレンジ色のマーブルチョコレート。
それを目の前に持って来て、「っぽいでしょ?」と言う。
どこが自分っぽいのかよくわからないが、はいはいと適当に返事をして、自分でティッシュを取りに行こうと足を踏み出した。
が、まるで子供が通せんぼするみたいに、が足を踏み出した方向に佐助も身体を移動させる。



「似てると思わない?」

「はいはいそうですね、ちょっとそこどいて」

「他の女の子みたいに素直になりたいけどなれない、熟しきれてないオレンジ色」

「詩人ですこと。ほら、そこどく」

「そんでもって、齧ってその殻を割ると」



佐助が、手に持ったオレンジ色のチョコレートを、ゆっくりと口元に持っていく。
どうしてだか、その動きから目が離せなくなって、魅入られたようにその手を見つめた。
かり、とチョコレートの割れる音。



「甘い」



佐助の赤い舌がちろりと蛇のように覗いた。
に似てるでしょ」と佐助が囁くように言う。
瞬間、どきんと心臓が跳ねた。
佐助がうっすらと笑んで、今度は緑色のマーブルチョコレートをつまんでの口元に運ぶ。
ほとんど条件反射的にが口を開くと、口の中にころりとしたチョコレートが転がり込んだ。
かり、と噛み砕くと、一拍おいて、チョコレートの甘さが口に広がった。



「美味しいでしょ、チョコレート」

「…知ってるよ」



ちょっとだけ顔を熱くさせながら口を尖らせて呟くように答えると、佐助が肩をつかんでごく弱い力で引き寄せた。
その力に抗うように身を引こうとしたが、佐助が「ほら、こぼれちゃうよ」と両手に乗ったマーブルチョコレートの山を指すものだから、仕方なく引き寄せられるままに一歩歩み寄った。

大きな手が背中に回って、先程玄関でが佐助にしてやったように、佐助がの頭に頬を寄せた。
そしてまるで愛おしいひとにするように、ことさらゆっくりと、頭のてっぺんに口付ける。
くすぐったくて、嬉しくて、でもちょっと恥ずかしくて、それを隠すようにはまた「チョコが溶ける」と文句を言った。

佐助は暫くの頭に口付けたまま背を撫でていたが、やがてようやく気が済んだのか、小さく「ありがとね」と言ってを放した。



「お皿!」

「はいはい」

「もう、下のほうちょっと溶けちゃったじゃない」

「冷やせば食べれるって」

「折角洗ったのに、また手洗わなきゃなんないし」

「俺様が洗ってあげよっか」

「結構です」

「それとも、舐めたほうがいい?」

「ばか!」



佐助はくすくすと笑いながら「冗談だよ。でもご希望でしたらやっちゃいますぜ、ご主人様」とおどけたように言った。
「いらないわよ変態ペット!」と罵りながら、ようやく出された皿に、掌のチョコレートをざらっと移し変える。

口の中には、まだすこし、緑色のマーブルチョコレートの甘さが残っていた。













(080314)