たまに、実家から宅急便が送られてくる。中身はほとんどいつも同じ。お父さんが好きな焼酎(わたし別に好きじゃないのに)、お母さんの漬けたお漬物、あと冷凍された煮物とか、そういうもの。これが地味に嬉しい。お母さんから習って同じ味付けのものを作れるようにはなったけれど、どうしてだかやっぱり母親のご飯というのは美味しいものだ。今回は高菜漬けに挑戦してみたとかで、数日前に随分美味しいものができたと嬉しそうに電話をかけてきていた。送ってあげるから、楽しみにしていてねと言っていたから、多分それだろう。ジップロックにつつまれた漬物が、ダンボールの中でひんやりとしている。



「なーに、それ」



ダンボールの中身を順番に外に出していると、佐助が隣にしゃがんで覗き込んできた。
「実家からきたの」
たぶん、お歳暮か何かで貰ったんだろう、ハムやらサラダ油やらも入っていた。嬉しい。



「ずっと前食べたあの沢庵さ、のお母さんが漬けたんだよね。あれ美味しかった」
「今回は高菜漬けつくったんだってさ。送ってきた」
「今日夕飯に出す?俺食べたい」
「いーよ」



やった、と佐助も嬉しそうだ。前に、母親が漬けた沢庵を出したらいたく気に入ったようで、佐助がほとんどひとりで食べてしまっていた。自分がつくったものじゃないけれど、なんだかすごく誇らしかったのを覚えている。
佐助のお母さんは漬物とか作らないの?と聞いたら、佐助はちょっと困ったような顔をして言葉を濁したから、それ以上は聞かなかった。
佐助は自分のことはあまり喋らない。だから、わたしはペットとしてこの家に居る佐助しか知らない。
外で何をやっているのか、以前までどこにいたのか、何にも知らない。
でもそれでいいと思っている。佐助が言いたくないんなら別にそれでいい。

「それ何?」

佐助が、ダンボール箱の端にあった、紙袋を指した。なんだろうね、と言いながら紙袋を取り出し中身を確認して、



「…」
「…」



二人で絶句した。
そこに入っていたのは、緑色の首輪だった。犬用の。
ご丁寧にセットでリードまで付いている。

(そういえば…)

以前、電話で犬を飼っていると嘘をついたことを思い出した。電話越しに「人の気配がするわよ。あんた、そこに誰かいるの」と母親に言われたのだ。そのときはさすがにぎくりとした。女の勘ってすごい。
慌てて、「いや、最近犬飼い始めて」と言い訳をしてしまったのだ。いま友達が来ているの、とか言っておけば良かった。

紙袋の裏側には、母親の字でこう書かれていた。いわく。
『犬はちゃんと繋いでおかないと、ふらっと逃げたりするんだから』と。



「佐助、付ける?」
「…いや、いらない」



首輪を揺らしながら佐助の方を見ると、佐助は両手を振って拒否した。
















「あ、俺明日たぶん帰るの遅くなると思うけど、心配しないでね」
「はいはい」



夕飯時、母の漬けた高菜を食べながら佐助が言った。
なんで遅くなるの?って聞こうと思ったけれどもやめた。言う必要があるなら佐助が自分から言うだろう。

(でも)

たまに、すごく聞きたくなることがある。佐助、あんたいつも何してるの?昔どこに住んでたの?家族は?友達は?
それと相反して、聞きたくない気持ちもある。外の佐助を知りたくない。わたしのペットじゃない佐助を知りたくない。
一番怖いのは、佐助に他の場所があるっていう事実を知ることだ。佐助には他に友達だって家族だっているだろう。別に、帰って来る場所は此処じゃなくてもいいのだ。今日も昨日も一昨日も、佐助はこの家でわたしの帰りを待っていてくれたけど、明日そうであるとは限らない。眠る場所と食べ物があれば、明日帰って来る場所は、この家じゃなくったっていいのだから。

外の佐助を知ったら、もう戻ってこない気がするのだ。
このふわふわして気楽で歪んだ生活が。

佐助はペット。わたしはその主人。それ以上でもそれ以下でもない。ペットなんだから、何かの拍子に明日には居なくなってしまうかもしれない。
だから踏み込んじゃいけない。それは、が己に科したルールのひとつ。



さ、犬逃がしたことあるの?」
「へ、何で」
「お母さんのメモ」



ふらっと逃げたりするんだからって書いてたじゃん。
と、味噌汁をすすりながら、佐助が聞いてきた。



「あーおばあちゃん家の犬がね、外で飼ってたんだけど。繋いでなかったから、逃げたの」
「意地悪したんじゃないの」
「えー可愛がってたと思うんだけど」
「盗まれたとか」
「雑種だったし、ないでしょ」



ふーん、となんとも適当な相槌が返ってくる。佐助は高菜が気に入ったらしく、高菜の減少スピードの速さといったら無い。この分だとまた佐助に全部食べられる危険性アリと判断して、わたしも高菜に箸を伸ばした。



「つけてもいいよ」
「んー?何を?」
「首輪」



佐助の突然の申し出に、高菜を噴出しそうになってしまった。
が付けたかったら、それでもいいよ。
佐助はちょっぴり咳き込むわたしにもう一度言った。

「じゃないと、ふらっと逃げちゃうかもしれないんでしょ?」

ふらっと逃げる?佐助が?
そうかもしれない。明日居なくなってしまう可能性もあるのだと、分かっている。
止める術はない。悲しいことに。

今は想像も出来ないけれど、どんな物語にも終わりが存在するように、いつかこの生活は終わりを迎えるのだ。
佐助だっていつまでもペットなんてやってられないだろうし、わたしだってこんな人間の男の子を飼うだなんて遊びを続けられるとは思わない。
佐助を繋いで、この生活を僅かばかり引き伸ばしたからといって一体何になるだろう。
ああでも、それ以上に、今は理由が欲しいのかもしれない。
佐助が突然居なくなった時、『あのこは繋いでなかったから出て行ったんだ』っていう、理由が。

そこまで考えて、急に胸が詰まった。

佐助が居なくなる。

今じゃないけど、いつか。多分、そんなに遠くない未来に。
そのことが、急に現実味を帯びてわたしを襲ってきた。
居なくなって当然だって、頭では理解していても、やっぱり心はそう簡単にはいかないらしい。



「付けない」
「いいの?」
「いーの」



目の奥がつーんと痛くなった。
佐助が居なくなったときのことを想像するだけで泣きそうになるだなんて、重症だ。馬鹿みたい。
とっとと忘れてしまおう。なるようになる。未だ見えない未来のために塞ぎこむなんて非生産的だ。
そう思って、頭をぐるぐると巡る考えを振り切るように、ご飯を食べた。

がた、と椅子の動く音がして、向かいに座る佐助が立ち上がった。
「どうしたの」
と尋ねるも佐助は答えず、テーブルを回ってわたしの後ろに立つ。







もう食べないの、と聞こうと口を開いたが、その言葉が出る前に、佐助に後ろから緩く抱きしめられた。
あたたかい腕が肩に回り、佐助がわたしの首筋に顔をうずめる。



「俺、別に逃げないよ」
「へ?」
が追い出すまで、出て行く気とかないよ」
「…」
「だからさ、それまで居てもいい?」



お願い、と耳元で甘えた声が聞こえてくる。

佐助は優しい。
きっとこの聡いペットには、わたしの考えていること全部お見通しなんだろう。
喉につかえていた何かが、ゆっくりと溶けて流れ出す。



「イイコにしてるんだったら、置いてあげてもいいよ」
「俺はいつでもイイコでしょ」



佐助、佐助。
君との生活はいつか終わる。
だからこそ、この生活が、君が愛おしくて大切でたまらない。

佐助の腕の力が強くなる。あったかくて気持ち良い腕。
ねえ、そんなことされたらわたし、この腕を離したくなくなっちゃうよ。













(080104)